その5
私はこの至近距離にどうすればいいか分からない。
「リコちゃんに接近するのはやめろ。嫌がってるじゃないか」
メルタは立ち上がって、ラカーレの前に立った。それでもラカーレはネズミ捕りに引っ掛かったかのように動かない。
「気持ち悪いぞ、ラカーレ」
何を言っても無駄だと思ったのか、メルタはラカーレの手を押し潰すように触り、二人は消え、メルタだけ戻ってきた。
「転移術が無かったら危険だったよ」
「ラカーレ君は……?」
「捨ててきた」
「そう……」
「モテる女は大変だな」
ラカーレは私のことが好きなのか。こんな私のことが。
「油断は禁物。無視するんだぞ」
「でも……」
「だから変な男がくっついてくるんだ。時には嫌いとアピールすることも大切だぜ」
「……はい」
メルタに叱られた。やっぱり怖い。
「それじゃあ、この辺にしとく?」
「そうですね……」
「じゃあ、また。気を付けてな」
そう言うと、メルタはスタスタと去っていった。
私は叱られた気分でいっぱいだ。なんとも思っていなかったのに。
(だから変な男がくっついてくるんだ)
やっぱり、地球だけじゃなくて、サーベスティアでも話さない方がいいのかな……。
そういえば、ミシェンの家はどっちだっただろう。確かこの位置から前に左側だった筈。歩いてみると、家が見えてきた。ホッと一安心したが、どこまで話せばいいのか分からなくなって、帰るのが怖くなってきた。けれど、帰らなければおばさんが心配する。私は玄関のドアを開けて、「戻りました」と言った。
「おかえり、リコちゃん。楽しかった?」
キッチンからおばさんが出てきた。
「は、はい……」
「そう。自由にしてていいわよ」
おばさんはそう言って、ルンルンとキッチンに戻っていった。
私は学校――といっても聖堂――に行っているカシェンの部屋に入った。そして、ベッドの上で横になった。
間もなく、カシェンが帰ってきた。私は慌ててベッドから降りて、部屋を出た。
「おかえり」
「ただいま」
カシェンが私の挨拶を返すと、すぐにおばさんと話すカシェン。私は邪魔をしたのだろうか。楽しそうに話す二人を見て、私は面白くも何ともない人間なんだ、と思った。
「それでね、私が間違った答えを言っちゃって」
「あらまあ。そんな風に訊かれたら間違っちゃうわよねえ」
学校での話をしている。私が出る幕はない。私の学校生活を話したら、雰囲気が悪くなるばかり。
さっさと変わりたい。こんな私でいるのが待てない。
ふと思い出した。あの六色の実。人々にエネルギーを与えているってミシェンが言っていた。食べたらどうなるか分からないけど、一番下にあった実――何色か忘れたけれど――でも食べたら、きっと大きな変化が出るに違いない。そうしたら、新しい私になれる筈。
私はすがる思いで、今晩皆が寝静まった後、こっそり抜け出して六色の樹の一番下の実を食べに行くことを決心した。道は大体覚えた。この際迷子になってもいいから、その実に賭けることにした。
そして、夜。
「ああ、眠い。おやすみー」
「お兄ちゃん、おやすみ」
先にミシェンが自分の部屋に寝に行った。残業で疲れたらしい。おばさんは家計簿をつけている。
「今月はこれ位ねえ。まあいいわ。どれ、私も寝ようかしら」
おばさんは立ち上がって家計簿を棚に仕舞い、洗面所へ行った。
「私達もそろそろ寝る時間だね」
「そうだね」
緊張していることを絶対に秘密にしたいが、心臓の音が外まで響いてしまいそうだ。
おばさんが洗面所から出てきて、
「それじゃあ、お母さんも寝るからね」
「おやすみなさい」
と言って、寝室へ入った。おじさんは中で仕事の残りをしているらしい。
「私達も寝る準備をしよう」
私とカシェンは洗面所に行き、顔を洗って、歯を磨いた。そのまま部屋に入った。
「今日も疲れたなあ」
「学校だもんね」
「うん。でも、チキュウの学校って、もっと大変なんでしょ?」
「まあ、ね」
そんな会話をしているうちに、眠くなってきた。だが、私は寝てはいけない。
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
カシェンは目を瞑り、やがてスースーと寝息を立てた。
あとはおじさんが寝るまで待たないと。
私は頑張って目を開いていたが、なかなかおじさんが洗面所へ向かう音が聞こえない。
一時間位経った頃、やっと物音が聞こえた。ドアの音が一度、二度とあり、少しして三度、四度と続いた後、音は消えた。
念の為もう少し待って、物音がしないことを確認し、そうっとベッドから下りて部屋のドアを開けた。
すると、まだおじさんとおばさんの寝室のドアの隙間から明かりが漏れているではないか。でも、私は素早く部屋を出て、玄関のドアを開けて外に出た。
先程の音は、誰かがトイレに行った音だったのだろうか。
でも、とりあえず抜け出せたので、良しとした。
あとは六色の樹の下に行くだけ。
私は歩き始めた。




