その2
しばらくして、おばさんが帰ってきた声が聞こえた。カシェンの声も聞こえた。二人で何か話している。
会話が途切れたところで、私は部屋のドアを開けた。
「あらリコちゃん、寝てなかったの? ラカーレ君に変なことされなかった?」
「あ、いえ、別に……」
「そう。今日も美味しい夕食作るからね」
おばさんは張り切ってキッチンへ向かった。
最初の話、サーベスティアにやってきた理由や、希望の種を植えた事を言ったら、あとは日常の会話になる。今後、話す自信が持てない。今日のように、答えることが何も無くなってしまうだろう。そうとなれば、友達になるなんて、出来っこない。
「ねえ、やっぱり何かあったの」
カシェンが心配そうな面持ちで話し掛けてきた。
「ううん」
「良かったら話そうよ、私の部屋で」
そう言って、カシェンは自分の部屋のドアを開けた。私は何て言ったらいいか分からないまま、一緒に部屋に入っていった。
彼女は机の椅子に座り、私はベッドの上に座った。年下の子に心配される私って、何なんだろう。
「サーベスティアって、どう思う? 正直に言ってみて」
私はその問いに、深呼吸してから答えた。
「いい世界だよ。地球なんかよりは」
「そっかあ。チキュウは怖そうだもんね」
「うん」
カシェンが別の問いを考えている。私はここに緊迫感があるように思えた。
「リコちゃんって、みんなと喋るのが好きなタイプ? それとも、今のように控えめなの?」
「控えめ……だね」
「そうなんだ。ほら、ラカーレ君やメルタさんって、べらべら喋って本当は嫌なんじゃないのかなって思って」
「うん……。ちょっと苦手かな。緊張もしちゃうし」
なるほど、とカシェンは二度首を縦に振った。
「苦手な人とはあんまり一緒にいたくないよね。でも、今のリコちゃんは希望の実を生らせなくちゃいけないから、『関わること』が努力だと思うんだ」
「そっか……」
私の努力すべきことは、苦手な人からも逃げないこと。でも……。
「でも、もう話し掛けられても、答えることがないんだ」
私は思い切って言ってみた。
「どうして」
「趣味もないし、将来なりたいものだってないし……」
「うーん、確かに返事には困るね。でも、正直に答えればいいだけだと思う。仕方ないけど、何もないって」
「そうかなあ」
会話の難しさを実感した今日。カシェンのアドバイス通りで上手くいくなら最高だけれど。
「チキュウなら、何て言われる?」
「殆ど独りだったからよく分からないけど、多分『変なの』って言われて無視されると思う」
「……」
カシェンが黙り込んでしまった。やっぱり、不味かったのだろうか。自分で自分を責める私。
「友達、いなかったの……?」
意外なことを言われた。彼女は今にも泣き出しそうな顔をしている。
「いなかったよ」
「辛かったね」
「……」
私はこんなことで同情してくれている少女を見て、一緒に泣き出しそうになった。
「……ありがとう」
精一杯の返事をした。
「ど、どういたしまして」
カシェンは頭を下げた。それを見て、私も頭を下げれば良かった、と思った。
「話題、変えよう」
彼女は開き直って言った。
「私のお兄ちゃんのこと、どう思う」
意外な質問だった。昨日本人に言われたことだ。ただ、違うところは、カシェンの顔が真面目だというところだ。
「難しいなあ」
「難しいか。五月蝿い、とかでもいいんだよ」
笑い出しそうになった。
「五月蝿いっていうのもあるけど、こんないい世界に連れてきてくれたし……」
「ほうほう。確かにそうだよね、お兄ちゃんが仕事抜け出さなかったら、リコちゃん死んでたかもしれないんだよね……」
また雰囲気が暗くなってしまった。
私は慌てて、
「し、しつこいところもあるかな」
と半分笑いながら言ってみせた。
「そうだね。特にリコちゃんにはしつこくしてるね。可愛いからなんじゃない」
サーベスティアの人は、何故私のことを可愛いとか、美人とか言うのだろう。
「可愛くなんかないよ」
「えーっ、可愛いよお。特にその細い目がいいんだよ」
細い目が可愛く見えるのか。謎が解けた。
「ラカーレ君が無理矢理連れていったのも、もしかしたらリコちゃんのこと……」
「えっ!?」
「かもしれないよ」
カシェンはニヤニヤしている。
「ただいまー」
「キャッ!」
ミシェンが突然現れた。転移術を使って帰ってきたのだろう。
「ちょっとー、急に現れないでよ。靴も玄関で払ってから来てよ」
「二人で何か話してたのか? 後で俺にも教えろよ」
「いいから早く出ていって!」
カシェンが兄の背中を押して部屋から退場させた。そして、部屋の外から母に叱られる声が聞こえてきた。
「ホントにもう、なんなのって感じだよね」
「あはは、そうだね」
私は軽く笑った。
「そろそろリビングに戻ろうか」
「うん」
私達はドアを開け、部屋を出た。




