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勝者と敗者

ダークヒーローの誕生。たけし、お菓子屋を始めるの巻。

 

 ザラザラとした触感、それでいて、つるりとしたぶぶんもある。そんな舌触り。


 フォークで、つついていると、いやなことの一つや二つ忘れることのできる、そんな、遊び心にあふれた形状のケーキ。


 たけしは、まず一つ目のケーキの試食を終えた。


 たけしの前に並べられた試作のケーキには、それぞれに、能書きが添えられていた。


『酸味があって、クリーミーな、……』


『芳醇な香りが、……』


『大人の味を演出する……』


 などなど。


「そして、形がたもたれ、型くずれしないように、移動しなければならなかった」

 と不完全な日本語で、パティシエは口上を述べた。


 しかし、来日間もないパティシエの日本語は非常に、ぎこちなく、意味が取りづらい。


「口にいったん入れてみても、入れていられるのは、ほんのほんの短い時間だけ。ここらにすむ人たちは、用心深かった。チョチヨイのブーンといったところだろうか……」


「一流のパティシエが、考えることはよくわからん」


 たけしが、つぶやいた。


「しかし、何か、ホクホク感がほしいね」


 と、たけしは、率直な意見を述べた。


「取り扱う商品には、穴がないのが、望ましい」

 

 たけしのアドバイスに、パティシエは、一瞬不快そうな表情を浮かべた。


 確かに、このパティシエは、日本語が、ダメであるが、自分のことが話題になっていたり、自分が呼ばれていたりすることは、いくらかハッキリ理解できるらしい。とくに、自分の作ったお菓子がどう評価されたか。言葉が分からなくとも非常に正確に推察した。


「パティシエ、思う。正しいチェックをお願いしたいことが……」


 パティシエは、意味のとりづらい日本語でなにやら主張し始めた。


 たけしとパティシエとの間に生まれた微妙な空気を感じた支配人が、パティシエを連れ去った。


 というのも、たけしは、お菓子・ケーキ業界の歴史上、最大のスポンサーと見なされていたからである。それゆえに、ヨーロッパから、ヘッドハンティングしてきた優秀パティシエとはいえ、たけしの機嫌を損なってもらっては困るのである。


 たけしは、その様子に、満足感を覚えた。自分の勝ち得た権力の大きさを実感した。


 そして、たけしは、笑った。


 最近たけしは、笑うことが多くなった。


 あの事件での戦い以来はとくに……


 *       *      

 先日の戦いで、ドレミヒーローが、最後を迎えたときたけしは、ガハハと笑った。


 しかし、たけしは、ドレミヒーローに対して、あるいは、たけしが企てたで勝利したとはとても言えない状態だった。


 たけしのゾンビ軍団の大半は、ドレミヒーローの『暴走』に巻き添えを食い、大半が失われた。


 援軍をよぶための、ベータミンDの消耗は激しくはやくも底をついてた。


 しかし、たけしの狙っていた第一の獲物はちゃんと確保できたのだ。そこに、たけしには、笑う理由があった。


 もはや、たけしの行く手を阻む存在が、消えてなくなったからである。

 たけしの前には、おびえきったカップル、滝クルミと一之条隼人がいるだけである。彼らは完全に孤立し、無力になってしまったのだ。一之条隼人は、TVドラマほど頼りがいのある男では、なかった。彼は急用を思いだして、滝クルミをおいて、駆けだしたのだ。

 

 たけしは、欲しかったものをてにいれた。


 つまり、たけしは、滝クルミのまえにたった。


 残ったゾンビ軍団の中から現れ、一歩一歩、たけしは滝クルミの方に近づいていった。


 たけしは、アイドル、滝クルミに迫ったった。だれも彼を止めることはできなかった。

 

「へ、へ、へ……」と、子供らしところのない薄笑いで、たけしは、自分の顔を滝クルミに近づいていった。


 つぎに、たけしは、滝クルミに指で触れてみようとした。

 

 ところが、たけしにはそれができなかった。良心の呵責とか、そう言う種類の問題があったわけではない。何かの力が、たけしにそれをさせることをじゃましていた。

 

 だから、たけしがどんなに望もうとも滝クルミに指で触れることはできなかった。ほんの目の前にいるというのに……。

 

「いったい何が起こったのだ?」


「ちくしょう、からだがぜんぜん動かないぜ」


「ああ、だれだ? 俺の邪魔をするヤツは? 手も伸ばせないぞ」


 たけしは、もがき苦しんだ。


 実は、それには、訳があった。

 

 たけしは、おびえて立ちすくんで、動けない滝クルミに近づこうとするが、どうにも、体が動かないまま、時間が過ぎていく。たけしは、ふと、なにかを感じた。


「シンメトリック! お前か?」


 たけしを縛る原因がはっきりした。


「しかし、なぜシンメトリックが?」


 それは、滝クルミは、シンメトリックの孫であるからであったのだ。しかし、たけしにはそれは思ってもいないことだった。


 つづいて、たけしの時、たけしは、シンメトリックの本当の強さを知った。


  たけしには、とても歯が立たない存在であった。たけしは、すべてをシンメトリックが奪い取ってしまうのかと思った。シンメトリックは、たけしからなにも奪うことはなかった。シンメトリックは、孫の滝クルミを連れて、立ち去っていった。


「負け犬になっちまった」


 たけしはつぶやいた。

 

 そのときに、パレードがこちらに向かってきているのが分かった。博士とたけしを歓迎し、その勝利を祝うという趣旨のものであった。そのパレードの先頭には、満面の笑みの市長が歩いていた。

 

 市長は、たけしと握手して、言った。


「これから、日本は、ゾンビテクノロジーをフル活用して、未来を切り開いていくことになります。その様な決定が下されたのです。おめでとう。私たちはあなたたちにいかなる協力も惜しみません」


 思わぬ巡り合わせというか、戦いの戦果は、すべてたけしが、手に入れることになった。


 こらから、ゾンビテクノロジーによってもたらされる厖大な富は、すべて、たけしのものとなることになった。たけしは、夢の第一歩を歩き出した。


 というのも、シンメトリックは、ベータミンに関して、なにも、権利を主張しなかったからである。


 権利を主張しうる本当の人間であり、たけしの双子の兄弟でもある博士は、戦いの直後から、姿を隠してしまった。これには、たけしも、参ってしまったのだ。


 しかし、先日、逃亡していた『博士』をついに捕まえた。

 

 博士は、まさかと思うようなところに隠れていたのだ。それは、かっての彼らの秘密基地の中であった。博士は日本を離れようと言う気持ちがあったので、手続きが整うまで、隠れ家に潜んでいることにしたのである。たけしの前に、姿を現した博士は、本当に浮かない顔をしていた。


「博士も、元のアジトに隠れていただなんて……。これこそ、『灯台もと暗し』というやつだな。しかし、ヨオ〜! せっかく、俺たちの大事な夢の一つが実現しようと言う時期に、よく家出なんてことが考えられたものだ。博士という奴は!『仲間』たちとも連絡が取れて、ベータミンでもうけた金で、お菓子を売り歩きながら、世界中を旅するっていう夢に、協力するって約束もしてくれたというのに……これからは、『仲間』といっしょだというのに……」

 

 しかし、たけしは、博士の不満の原因を、自分なりに考えている。


 というのも、今回の戦いは、なにもかもが、準備不十分で、適当で、勝利という結果には、とても見合わないものであった。しかし、たけしは、勝ってしまった。

 

 しかし、たけしの導き出したこの結果というのものは、博士にとっては納得のいかないものであるだろう。


 計算と結果がぜんぜん合っていない。これは、博士は、自分がとても侮辱されたような気持ちの原因となり得るだろう。


 このように、最初の一歩を踏み間違えた世界征服計画が、当初の目的を達成できるであろうか。博士は、断固ノーといいたいのだろう。


 しかし、たけしも、博士のそういう気持ちは十分にくみ取れたのだが、博士に対しても、甘い顔するわけには行かなかった。


「最後の仕上げに向かおうか」


 と、たけしは博士に言った。


 すると、博士は、ただ力なくうなずいた。たけしは、博士のこのような落ち込みように少し心配にもなった。


 たけしは、こういう状態の博士のあつかいは、よく心得ていた。


 たけしは、博士の耳元で、一言二言つぶやいた。すると、博士は、見る間に元気を取り戻し、それどころか、博士が、普段観られないようなくらい活気づいてきた。


 博士の家出の話は、大きな頭脳流出と、世間が騒ぎ出した。これは、良くないと考える人たちが多く出てきた。


 博士は、家出(留学)が決定していたのだが急遽中止されることになった。この頭脳流失は阻止しなければならない。どこぞのお偉方が演説をこいたせいである。そのひとつとして、博士をとめおくためにおいしい餌が用意された。某TV局の女子アナとの対談が企画されたのだ。せっかくだから、対談の面白そうな部分をのせておこう。

 

 * *


 女子アナウンサーと、たけしのインタビューでは、冒頭、ちょっとした緊張が、生じた。というのも、女子アナウンサーは、挨拶代わりに、博士に博士の家出の質問をしたからである。


 女子アナ「家出で世間を騒がしたこと、どう思っていますか」


 こうして、インタビューは、博士の自尊心を大いに傷つける形で始まった。


 博士は、ミスターシンメトリックの下した最も重要な命令について思い返していた。


『世界征服計画を開始するに当たっては、すべての資料を破壊せよ』


 ということだった。


 博士「 自分の前には、試験的にベータミンDを投与されたお気に入りのゾンビがいまた。そのゾンビは、完全服従の、飼い犬みたいに従順なゾンビであったのです。そのゾンビは、自分の運命を探るように、僕らのの目をのぞき込んでいました」


 女子アナ「ペットのことで家出というのは、私にも経験のあることなので、よくわかります。では、本題に入りましょう。その前に、たけしさんが、始められるお菓子会社から、お知らせが、あるようです」


 こうして、博士のインタビューは、スタートした。


 女子アナ「たけしとは、双子だそうですね」


 博士「たけしとは、ほとんどいっしょに暮らしたこともなかったし、お互いにまったく似ていないですよね。ぼくは、シンメトリックにつれられて日本に帰ってきました。ある研究をつづけるために、日本に帰る必要があったのです。そして、こちらの学校に通うことになりました。たけしは、転校してまもなく僕たちの前に姿を現しました。たけしは、僕たちの研究の儲けをよこすように言ってきたのです。『それが、転校生の仁義の通し方さ!』と、たけしは、言いました。ということで、僕らは、たけしの要求をのみ、仲間になったのです」


 博士の話は、続いた。


 博士「たけしは、風の中の魂を操る不思議な力を持つ少年でした。たけしは、自分のそのような能力には気づいてはいませんでした。しかし、シンメトリックと僕は、あらかじめ、知っていてこの町にやってきたということなのです。僕と、シンメトリックは、たけしのそのような能力がどうしても必要だったので、たけしの方から近づいてきてくれたのはありがたかったです」


 インタビューの中には、本当なら口が裂けても答えてはならない質問であったのだが、女子アナに調子に乗らされてしまったのか、非常に興味深い発言を行っている。


 女子アナ「たけし君の『恋の暴走』って止められなかったのかな。あれがなかったら、あなたたちの計画は正しい意味で決着がついたと思うけど……」

 

 博士「僕は、しょせん、転校生の身分で、たけしには逆らえませんでした。僕は、自分なりに最悪の事態に対応できるよう対策を進めておりましたが、あの週刊誌の滝クルミの熱愛報道ですべてが台無しになったのです。たけしは、滝クルミ、あのアイドルの熱狂的なファンでありまして、しばしば、書き慣れないファンレターを悩み苦しみながら滝クルミのために書いておりました。そして、やっと、滝クルミ本人から、返事が届いていたのです。返事といっても、文面のほとんどは、熱心なファンのファンレターに対応するために作られた印刷された返事でしたが、最後に一行『ずーっと、君のクルミでいるね』と、添え書きがされていました。これが、大きな誤解の始まりで、最後には熱愛報道からたけしの暴走を生み出した原因の一つであったのです」


 女子アナ「今後の予定について聞きたいのですが……」

 

 博士「それについて語るには、ミスターシンメトリックについて語るのが一番だと思うのです。ミスターシンメトリックは、若い頃、研究中に起こったとある事故に巻き込まれてしまって、彼の人生と研究が台無しになってしまったのです。彼は、その事故の責任をとらされて、家族を祖国においたまま、世界を放浪する旅にでました。そのたびの途中に、僕とシンメトリックは、出会ったのです。僕が、彼と会ったときには、彼は、研究のほとんどを完成していました。それは、風の中にいる死者の魂を呼び起こそうという研究でした。ある日、シンメトリックは、僕を連れて日本に帰ると言い出したのです。それには、二つの理由があったのです。ひとつは、シンメトリックは僕に、日本を見せたいと思ったということでした。もうひとつは、彼の孫に関することでした」


 たけしのお菓子会社のCM がここにはいる。


 開けで、博士、アナウンサーのインタビュー


 女子アナ「では、シンメトリックについて、続きのお話をお願いします」


 博士「日本にやってきて、日本でも同じように、研究が続けられると思いました。しかし、想定外というか、シンメトリックにも想定外の要素が存在していたのです。シンメトリックは、研究を僕たちに任せ、自分は、姿をくらましたのです。そのために、そのために、いろんな噂がたちました。しかし、正直なところ、真相は僕にもわかりません」


 女子アナ「それは、本当に謎ですね」


 博士「シンメトリックは、自分を苦しめた会社に対する復讐の当然考えていたでしょう。つまり、ヒーローアカデミーのパワースーツの動向については、いつも、気にしていましたし、シンメトリックが、特に、関心を持っていたのは、パワースーツと人とのインターフェースについてです。パワースーツ技術は、人の心とメカとのつながり、操縦者が望む動きをメカがどのようにして実現するのかという点に問題を抱えていました。この仕組みを完璧に完成させ、暴走を完全に取り去ることの難しさが、ドレミヒーローの自爆で明らかになったのです。そのために、より制御可能で、暴走といったものとは無縁のゾンビテクノロジーを人は選ぶことになったのです。かって、シンメトリック氏が、パワースーツの開発の中心にいたことはよくしられたはなしです。その頃から、パワースーツは、完全な制御が、出来ないという問題を抱えていたのです。シンメトリックは、僕に説明してくれました。例えば、ここに美味しそうなリンゴが、あって、それを手に取ろうとして、思わぬ力が入って、リンゴを握りつぶしてしまう。そういう不具合は、パワースーツの未来を完全に閉ざしてしまう。これが、絶対に起こらぬように、パワースーツは、二重、三重の安全策が取られているのですが、着用者とパワースーツとの間には、高速で、大量のデータ、命令が行き来することになります。そのひとつ、ひとつについて完全なチェックを行うことは、不可能です。パワースーツをコントロールする人の意志は、常に感情の変化に由来するノイズによって、意図しない影響を受けてしまうことがあるのです。さらに問題なのは、パワースーツと接続されることで、人の心の潜在的な知覚というか、能力を目覚めさせてしまう点です」


 女子アナ「それが『人間の意識の再奥にある神の王国』というやつデスネ。機械を人の心に接続する事によって、人の心は特別な体験をする」


 博士「それに、接続することは、『死ぬべき運命』の人間にとって、最大の苦痛なのです。そして、それは、暴走の原因と考えられています。それに、最初の接続者となったのが、シンメトリックその人なのです。彼は、その事故の後、精神科医の治療を受けることとなりました。


 以上、博士のインタビューからの抜粋である。


 *       * 


 お祭りのパレードがある日の朝、シンメトリックは、使いをやって、たけしの店から、チョコレートのタルトを買ってきてもらった。『仲間のお菓子』と言う店は、今日から全国的に開店になるわけだが、大評判で、並んでいてもなかなか番が回って来なかったという。


 テーブルの上に、お茶の準備ができている。たけしの店から、買ってきてもらったケーキも、テーブルに並べてある。


 しかし、シンメトリックは、お茶する前にすませておくべき仕事があった。


 シンメトリックは、仕事場として使っている廃ビルの病院、そこの手術室に向かった。外は、騒々しい。これから、お祭りが始まろうとしている。戦勝記念のお祭りだというのだ。パレードももちろんある。町中の人間が、広場に繰り出して、戦いに勝ったことを祝おうとしている。


 今日は、シンメトリックのとっても大事な記念日であった。シンメトリックが、精神病院から、脱走してちょうど20年になる。


 シンメトリック、ヒーローアカデミーでのパワースーツ暴走事故の後、精神治療施設に入っていた。滝フタバが、娘時代のことであるから、もう一世代も昔のことである。


 シンメトリックは、施設を脱走。エジプトへたどり着いたというところまでの足取りは分かっている。彼は、自分の病んだ精神の回復を図るために、エジプトという目的地を選んだ。シンメトリックは、エジプトにおいて『バベル文書』との出会いが自分の人生を変えたと、博士やたけしに話したことがある。

 

 シンメトリックは、つぎに、ヨーロッパの大学に現れた。そこには、シンメトリックのかつての同僚が研究員としていたのだ。


 三年前に、シンメトリックは、博士を通じて優秀な子供たちをあつめた。子供たちの秘密基地として、廃ビルを提供。子供たちは、その廃ビルで、ベータミンの研究にとりかかった。


 研究が軌道に乗り、ベータミンCにより、金が入り始めると、金の臭いをかぎつけたたけしが、現れた。たけしは、博士が、双子の兄弟だとわかっていても、博士を子分として扱った。

 

「不審な奴だ。しかし、今回だけは大目に見てやろう。とにかく、自分が転校生であるという立場をわすれないように、俺様を中心に、なかまたちには、敬意を払えよ」

 

 たけしは、この子供たちの研究組織の代表、支配者という立場で、居所を確保したのだ。


 * *


  シンメトリックは、博士の仕事ぶりに満足している。


 博士は、ミスター・シンメトリックが残した研究資料を解読し、『世界征服計画』について理解し、シンメトリックの考えをベータミンC、ベータミンDとして実用化し、大量生産にこぎ着けたのだ。

 

『世界征服計画』は、十分な高品位のベータミンDがそろわないうちに始動したために、完全な実現とはならなかったのだが、ベータミンとゾンビテクノロジーによって世界を経済学的に支配する道筋は出来たのである。


 博士たちに任せたことについて、口出しすることはなかった。百パーセント任してしまっていた。そして、シンメトリックは、ダークヒーローの研究に、没頭したのだ。その研究もすでに、最終秘術を使って、ダークヒーローを作り出そうとする段階に到達していたのだ。


 博士が、研究用のゾンビをペットとして飼い、未だに処分していないという報告は受けている。誰もが予感しているように、ゾンビを処分しなかったことはあとになって考えれば、大きな後悔とともに、考えることになるだろう。そのゾンビこそが、われわれ人類に襲いかかる厄災の元となるものなのである。しかし、シンメトリックは、それについては、今のところは意見を述べる気はない。シンメトリックには、ほかに大事な問題があった。


 それと、気になることと言えば、高見沢治美が、最近姿を消しているということがある。コーヒーパーラー『ライフ』のマスターもこのことを気にかけて情報を集めている。博士のところには、『あいつ等は、たけしのことを見捨てようとしている。だから、気をつけて』というメールが、あの事件の翌朝届いたと言う話だ。


 そうこうしているうちに、シンメトリックは、手術室に到達した。


 *       *      

 前にも言ったように、その病院の廃ビルのそばで、たけしをたたえて大きな祭りが開かれていた。それで、パレードの楽隊の音や、観衆の熱狂が、病院の中に直に響いてきた。


 シンメトリックが、廃ビルの病院の元手術室にやってきた。シンメトリックは、何ヶ月かの間にこの廃ビルの病院の機能を完全に回復していた。


 手術室の、手術台には、なんと、ドレミヒーローこと江上洸一が、寝間着姿で腰掛けていた。


 ミスター・シンメトリックが、ドレミヒーローこと江上洸一を死の混沌から呼び起こしていたのだ。


 シンメトリックは、ドレミヒーロー、江上洸一の死が犬死にであったことを告げた。


「私の死は、犬死に。しかし、シンメトリックが私を蘇らせた」


 ドレミヒーローはつぶやいた。


 たしかに、ドレミヒーローこと、江上洸一は、自分が死んだと思った。しかし、目を開くと、そこには、まだ、ボンヤリとはしているがこの世の光が存在していた。

 

 ドレミヒーローは、自分の前にいる男の子とをよく見ようとした、それは、自分のことを興味深げに観察している老人だった。彼は、ドレミヒーローもよく知るシンメトリックであった。

 

 シンメトリックは、ドレミヒーローとは、初対面であったので、江上洸一に対して自己紹介した。

 

「君が、ヒーローズアカデミーの江上洸一君かね。私は、死者に地上のすみかを提供しているシンメトリックというものだ。私がここにいるのは、君、ドレミヒーローに、ドレミヒーローこそが『バベル文書』で述べられている本物の救世主であることを知らせにきたのだ。そして、ドレミヒーローは、一度死に、今日、ダークヒーローとして、復活すると予言されている。つまり、今日こそが、『バベル文書』で述べられている真の救世主の生誕の日であるわけだ」


 シンメトリックがそこまで言うと、外の様子がにわかに騒がしくなった。怪しげな風が吹き出し、風はドンドンと勢いを増した。晴天の空が一気にかき曇り、そして、あちらこちらで、雷鳴が鳴り響いた。天気の急変に、その人たちが慌てている様子が、手術室にまで届いてきた。


 シンメトリックは、宣言した。

 

「屈辱にまみれたドレミヒーローよ! 真のヒーローとなって、世界を屈服させよ」


 手術台のそばに置かれていた箱から、シンメトリックは、漆黒のパワースーツを取り出した。そして、それをドレミヒーローこと江上洸一に渡した。


「これは、『バベル文書』の記述に従い、私が用意したパワースーツだ」


 シンメトリックは、世界征服計画を、ドレミヒーローこと、江上洸一に託したのであった。


 しかし、ドレミヒーローは、シンメトリックが用意したパワースーツを受け取ることを拒否した。


「シンメトリックさん。僕は、あなたの誘いにのって、ダークヒーローとなるわけにはいきません。私は、子供たちの小さな夢、ドレミヒーローで十分満足しています。ダークヒーローになって、子供たちの夢を壊したくはないのです」

 

 ドレミヒーローは、ミスターシンメトリックの勧誘を断ったのだ。そして、決然としてその場を立ち去ろうとした。

 

 ドレミヒーローは、元病院の廃ビルから出ようとした。彼は、裏口の方にまわり扉を開いたのだ。


 ドレミヒーローをそこで待っていたのは、悲劇だった。


 扉を開くと、ドレミヒーローを待っていたのは、子供たちの罵声であった。子供たちは、手短にあった棒や石を手に、ドレミヒーローに襲いかかってきた。ドレミヒーローは、思わず扉を閉め、ロックをかけた。


 ドレミヒーローが、振り返ると、シンメトリックがいた。シンメトリックは、笑っていた。

 

「すでに君は、九十パーセント、ゾンビ化が完了している。君は、もはやダークヒーローとしてしか生きることが出来ないのだ。これを見なさい」

 

 ドレミヒーローは、ミスターシンメトリックに渡された手鏡をのぞいてみた。そこに映っていたのは半分溶けかかった自分の顔、そして、皮が裂けむき出しになった首筋の筋肉、ドレミヒーローは、叫び声をあげると髪をかきむしった。すると、指には大量の髪の毛がからみついて抜けた。歯を食いしばると、奥歯が折れ、唇からこぼれ落ちてきた。

 

「分かったかな? ドレミヒーローよ! 君には、ダークヒーローとして生まれ変わるしか道は残されてはいないのだ。覚悟しなさい」

 

「ギャーーーーーーーー!」


 ドレミヒーローの呪いに満ちた叫び声があたりに響いた。その叫び声を契機に、激しい雨が降り始めた。

 

 その叫び声は、どれほど遠くまで届くだろうか。広場で、祭りが開かれていたのだが、そこに集える人々は、天候の急変を、不吉な予兆ととらえ、広場から全員逃げ出していた。だから、ドレミヒーローという、自分たちの恩人の苦境に気づくものは誰もいなかった。

 

        * *


 数日後、シンメトリックは、同じ文面の2通のメールをたけしと博士に送った。

「たけし、博士、おまえたちは、俺を裏切り、封じ込めてしまうことに成功したと勘違いしてしまった。それは、大きな間違いであった。今度の事件は、おまえたちの間違いを見事に証明してくれたというだけでも価値のあるものだった。ところで、俺は、おまえたちに報復し、殺してしまおうなどとは考えてはいない。というのは、おまえたちがやってくれたことは、大筋では、俺が望んでいたことなのだ。だが、おまえたちが、俺の孫、滝クルミを嫁にとるなどという考えはまだ早い。滝クルミを望むのならば、おまえたちは、もっと、俺に力を示さなければならない。お前たちは、滝クルミのためにもっと力を磨きなさい。力だ、力だ! もっと大きな力だ。最高の力だけが、滝クルミを勝ち取れるのである」


 シンメトリックは、次に、滝クルミにメールを送った。


「滝クルミよ!俺は、おまえの父として、お前に、最高の花婿を探してやろうと考えている。これが長い間、お前をホッボラカシにしてしまった。せめてもの、私の償いである。滝クルミよ、おまえは、おまえの母親が犯した間違いを繰り返してはならない」

 

 その翌日、悲嘆に暮れた滝クルミからのメールが滝クルミの母、滝フタバに届いた。


「私は、たけしや、博士や、その他、得体の知れない魔神たちの妻となるべき人間なのでしょうか? それを考えると私の人生には絶望しかありません」


 滝フタバは、娘、滝クルミからのメールを見て心配になったが、いまの滝フタバの状況では、娘のために何もしてやらなかった。


 それから、間もなく、もう一通のメールが、滝クルミから、母の滝フタバに送られてきた。


「お母さん、喜んでください。私にも、人として、女としての幸せが、私のところにも巡ってきそうです。私を救い出してくれると約束してくれる自分が私の前に現れてくれたのです。彼の暗い眼差し、そのなかに、私は大きな愛を感じます。これは、運命の大きな力が働いたのです。その立派な人の名前を教えておきます。だから、私のことは、安心してくださいね。その人の名は、かって、『ナンチャッテヒーロー』と名乗っていらしたドレミヒーローという方です。本名は、江上洸一と言うらしいです。彼こそは、本当に頼りになる、独身の~♪殿方です。私よりずいぶんと年上みたいですけど、昨日生まれてきたみたいにみずみずしい方です」

 

 


 了

 

 

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