探偵麻雀
ノベルアップ+様で先行公開した短編です。
『悪役ハック』の合間に、ご笑覧いただければ幸いです。
場末の雀荘、マサ。
今夜ここで、世にも奇妙な闘牌が繰り広げられようとしていた。
「ふいー、おこんばん」
「やあハセベさん、今日は面白い卓が立ってるよ。見ていくかい? それとも打つかい?」
「マジで? 見る見る、大見学さ」
噂の卓に近づくと、ピリピリとした空気が流れているのを感じ取った。
「おいおい、ユキムラさんじゃねえか」
「どうも、ハセベさん」
顔見知りの探偵が卓についていた。
それにしても、他のメンツも一筋縄ではいかなさそうな顔ぶれだ。
「なんだかやべえ卓だな」
「ハセベさんの出番はありませんよ」
「わかってる、今日は大見学会だからな」
「ご歓談中に申し訳ないが、自己紹介といきましょうか。
私はジャック。探偵です」
「ユキムラです。探偵をやっています」
「カゲヤマと申します。探偵です」
「アマネですわ。……探偵ですの」
いや、探偵ばっかじゃねえか!
そういうオレ、ハセベも探偵なんだが。
まあ、今日は見学に勤しむとするか。
『よろしくお願いします』
さあ始まったぞ。一体全体、この対局はどうなってしまうのか?
麻雀というのは、m、p、sの三種類と、字牌を使った絵合わせゲームだ。
その絵合わせの中で、完成形の速さや、出来の良さを競う。
ざっくり言えばそんな感じのゲームだ。
ユキムラの手牌は……
468m 139p 5779s 南、發、中。
決していいとは言えない。
隣のアマネって人の手は……
377m 2359p 234s 東、北、白。
234sの1セットが既に出来ている分、ユキムラよりはマシか。
この234という階段状の数字や、777といった同じ数字のセットを4セット作るのが麻雀の肝だ。
……それにしても、親のジャックが一向に切らないな?
親が一打目を捨てないと、ゲームが始まらないのだが。
「……いきなりですが、どうやら皆さんに差をつけさせてもらうことになりそうです」
ジャックが言う。
それに反応したのはカゲヤマ。
「それは、なかなかいい手が来ているということですかね。
ですが、麻雀はどんな牌を引くか、ですよ」
「それもそうだ。では私はまず、字牌整理からさせてもらうよ」
白。何も書いていないがれっきとした字牌だ。
何も書かれていないものを字牌と言い張るのは、なかなか面白いとオレは思っている。
「では私の番ですね」
ユキムラが引いてきた牌は、5s。
非常に強い牌ではあるが、今欲しい牌ではないと思う。しかし。
「なかなか面白い牌を引いてきました」
不敵に笑いながら、字牌ではなく9pを切るユキムラ。
続いてアマネの引いた牌は1s。
これでアマネの手には1234sという比較的強い形が揃ったことになる。
「ここは東を切っておきますわ」
安定の字牌整理。アマネとは話が合いそうだ。
「なるほど。皆さん字牌整理から入るということは、普通の手ということですね。唯一、ユキムラさんだけは早そうな気配がしますが」
と喋りながら牌を持ってくるカゲヤマ。
「ここは合わせておきましょう。ジャックさんに東を持っていかれても面白くないですからね」
と、カゲヤマが出したのは東。
「ふふ、警戒しているところ悪いな」
そして山から牌を持ってくるジャック。
「私の牌は、これだ……カン!」
6pのカン。
カンとは、同じ数字を全て、すなわち4枚持ってきた時にできる大魔法である。
「カン……だと……」
「ジャックさん……何を考えている」
「カンは自滅の可能性もある大戦略よ。それをこんな序盤で……」
いや、マジで何やってんのジャック。
ジャックがカンによる補充牌を持ってくる。
「ふむ、これは必要ないな」
5p。
「「「!!!」」」
5は非常に強い牌であることは既にご存じの通りだ。
6pがないとはいえ、無闇に捨てていい牌ではない。
「……ピンズはない、と読んでいいものか」
「そう読ませておいて1.4pを呼び込んでいるのかもしれません」
「どちらにしても、打ちにくい卓になったわね……」
三者三様の思いが交錯する。
「次は私です」
ユキムラの番。8p。
ダメだ、9pを切ってしまっている以上、8pは使いづらい。
しかし、打・發。
なぜ……? どうせ字牌を整理するならもっと早く出すべきだったのでは。
「ユキムラさんから發が出ましたか」
「焦っているのかな、ユキムラさん」
「さあ、どうでしょうね」
ユキムラは不敵な笑みを崩さない。
「では私の番ね」
アマネが引いてきたのは9s。
ここなら引き続き字牌を捨てるはずだ。
だが。
打・9s。
いや、なんでだ!!
話が合いそうだとか言ったが、撤回する。
「早くも9sですか……アマネさんはソーズの上は不要なのですね」
「さあ、どうかしら」
そう言ってカゲヤマが捨てたのは、發。
なんだろう、カゲヤマが一番オレの知ってる麻雀を打ってる気がする。
そしてジャック、打・3m。ドラである。
「三巡目にしてドラ切りだと……!?」
ドラとは、アガると点数にボーナスがつく、極めて大きな役割を持つ牌のことだ。なお、ドラは局ごとに変わる。
「もうドラが出てくるとは……。6pのカンといい、手が出来上がっていてもおかしくないですね」
「早いだけで打点はないのかもしれませんけどね」
「その可能性はあるかもしれないわ。なぜなら、その3mだけは"左手で捨てた"もの」
変なところで観察力を発揮するアマネ。
「さすがはアマネ探偵……大したものだ」
ジャックがアマネに敬意を表している間に、ユキムラが持ってきたのは3s。ダメだ、どうにも形が悪い。
打・中。
オレも特に言うことはない。
続いてアマネの引いてきた牌は9m。
ベストではないが、悪くない牌だ。
779mと持っているので、8mがくれば、789が完成する……が。
打・9m。
っておおおおい!!
わからん、わからんぞ。
「アマネさんは19字牌だけ捨てていく作戦なのかな?」
カゲヤマ、打・南。
「そうなると、この辺りは出なさそうだね」
ジャック、打・8p。
「8p……! なるほど、6pをカンしているのにそれが出てくるということは、7pが2個揃ったのですね」
「……! カゲヤマさん、ただの仮説好きかと思ったら、やはりあなたも探偵というわけですか」
盛り上がるジャックとカゲヤマを尻目に、ユキムラは2m引き。打・8p。
「ここで8pの合わせうち……? ユキムラさん、あなたはどこまで読んでいるんだ」
「普通なら安全牌にしようというところを、誰かに狙われるのを察知して……!? はっ!」
「……何ですの、みなさんで見ないでくださいな」
アマネ、3p引きからの打・北。
「堅実な字牌整理……アマネさんも随分恐ろしい人だ」
カゲヤマ、打・3s。
「くっ、これじゃない」
ジャック、打・8m。
「おやおや、ジャックさん、勢いに陰りが見え始めたのでは?」
「ははは、まだ5巡目ですよ。これからですとも」
しかしユキムラが引いてきた牌は、既に切っている"中"。
だが、打・9s。
わからん。まったくもってわからん。
中を持つメリットが百歩譲ってあるとして、779sとあるソーズの形をわざわざ9を切ってしまうのはなぜだ?
ユキムラの考えていることがわからない。
アマネ、中を引いての、打・白。
カゲヤマ、打・9m。
3sが早いこと以外は至極真っ当な打ち方をしているように見える。
「む、またか」
ジャック、打・4p。
仮に5pを持っていても、6pはカンしてしまっているので、345の形しか狙えないわけだが。
しかして、その捨て方は正解であった。
ユキムラ、2枚目の3pを持ってくる。
これで、アマネの持つ3pを合わせて、3pは全く山にないことになる。
そして、打・中。
いや、中を一巡持った意味。
何がしたいのユキムラ。
アマネ、5m引き。打・中。
これでアマネの字牌は全て整理されたことになる。
「そろそろ動き出しますか……」
カゲヤマの打・6m。
麻雀は一般的に、5に近ければ近いほど強い牌だと言っていい。
6を捨てるという行為は、自らのアガリが近いことを示していた。
「少し、追い詰められたかな?」
ジャックが持ってきた牌をそのまま捨てる。打・6m。
「ダメだと思ったらダメになるんです。捜査だって、そうでしょう?」
ユキムラ、北を引き込み、打・1p。
「そうね……諦めなければ、いつか道は開けるわ」
アマネ、9m引きの打・9p。
「その為には仮説が必要です。それも数多くのね」
カゲヤマ、打・7s。
「その仮説を打ち立てるには、観察、推測、知識が必要だ」
ジャック、打2p。
「我々探偵には、当然備わっているものと考えますが?」
ユキムラ、2s引き、打・2m。
「ふふ、面白いのはその探偵としての能力を、麻雀に使っていること」
アマネ、5s引き、打・9m。
かなり整ってきた形だ。
「そろそろ8巡目、誰かがテンパイしていてもおかしくないですね」
カゲヤマ、2s切り。
テンパイとは、アガリの一歩手前の状態のことだ。
テンパるの語源でもある。
「そうだな、やはり最も優勢なのはカゲヤマさん……かな?」
ジャック、打・白。
「いやいや、私に言わせればジャックさんこそツモ切りが続いていますね。実はずっとテンパっているのでは?」
ツモ切りとは、持ってきた牌が使えず、そのまま切ることだ。
ユキムラ、4p引き、打・4p。
「あら、ユキムラさん。その打牌は少し甘いのでは?」
「なんですって……?」
「チー! ですわ」
「「「4pをチー!?」」」
3と5pを見せ、ユキムラの4pをそこに合わせる。
345の形ができたことを全員に見せるアマネ。
そして、打・1s。
「ふふ、さすがアマネさん。動き出しましたか」
カゲヤマ、打・東。
「もっとゆっくり楽しんでもいいんですよ、アマネさん」
とジャック。打・北。
「そうですよ、まだ夜は始まったばかり……」
ユキムラ、4p引きの打・4p。
「チー!」
「「「!!!」」」
アマネの234pの形が全員に見せられる。
打・3m。
「二鳴きの、ドラ捨て、ですか……」
卓上の全員が思った。
テンパイしたな、と。
だがオレだけは知っている。
アマネが、3577m2345sから3mを切ったことを。
なぜだ……!
普通なら2sを切ることで4m待ちのテンパイにとることができる。
3577m345sという形だ。ここに4mが入れば、34577m345sでアマネのアガリなのである。
なぜアガリを遠くしてまで3mを切ったのか。
そこにどんな深謀遠慮があるのか、オレにもわからない。
「しかしこのままアガらせることはできませんね!」
カゲヤマ、強気の打・8s。
彼もテンパイしているのだろうか。
「カゲヤマさん、それだ」
「何っ!?」
「カン!!!!」
ジャック、二回目のカン。
今度は8sだ。
今度は補充牌を手の内に加え、打・9s。
いや、9s持っててなんでカンしたんだ……?
8sがなくなったら、9sの使い道がなくなるじゃないか……。
探偵の考えることはよくわからない。
いや、オレも探偵なんだけどさ。
「……」
追い詰められたのか、無口になったユキムラが3mを引いてくる。
この3mはダメだ。既に2mを切ってしまっていて使い道がない。
打・3m。
ほっ。
いや、ほっとするなオレ。理解できる打ち筋に思わず安心してしまった。
アマネの引いて来た牌は9p。当然、そのまま打・9p。
「引きの勝負、といきましょうか。本当に引きが強い探偵だけが、この局を制することが……できる」
カゲヤマ、打・白。
「面白いですね、私も名探偵と呼ばれた者。そのプライドに賭け、この勝負を制してみせます」
ジャック、打・8m。
「……」
ユキムラ、西を持ってくる。ダメだ、ユキムラはまるでツイていない。これが麻雀というゲームの恐ろしいところだ。
ユキムラ、打・西。
「誰が勝ってもおかしくない一局、ということですわね」
続いてアマネは8mを持ってきて、5mを切る。
うん、もう全くわからん切り方だ。
「そろそろ決着をつけましょう」
ダン、と打・7m。
アマネのチャンスだ。この7mをアマネがもらえば、アマネは再びテンパイにもっていくことができる。
……が。
「私の番ですね」
と、ジャック。
おいおい、その7mをもらわないのか!? アマネ、何を考えてる……!?
ジャック、打・北。
ここで13巡目に入った。いよいよ勝負は終盤戦。
「……!」
ユキムラ、南をもってくる。打・8m。
「さすがに終盤になると、みなさん、お静かになられますのね」
アマネ、打・1p。
「あとは持ってくるだけですからね」
とカゲヤマ。打・4p。
「……強い打ち方だ。アマネさんだけでなく、カゲヤマさんもテンパイ濃厚ですね」
ジャック、打・西。
「私だけ取り残されているというのは、面白くはないですね」
ユキムラが精いっぱいの虚勢を張る。
ダメだ、今更5mなんか持ってきてどうする。
打・北。
「もちろん。ユキムラさんもこのまま終わるとは思っていませんわ」
アマネ、打・東。
「さて、ユキムラさんがどんな手を用意してくれているのか、少し楽しみにしています」
カゲヤマ、打・1m。
「皆さんの手が重くなってきましたね」
ジャック、打・發。
場の雰囲気が重たい。
ほぼツモ切りが続いているだけなのに、犯人を追い詰めている時のような緊張感で、手がじっとりと汗ばむ。
ユキムラ、3s引き。打……7s。
なんだ……? 諦めたのか? 勝ちに行くにしても、7s切りというのはあまりにも無防備な一手。少なくともオレにゃあ打てない……。
「ユキムラさん、目線が泳ぐのはクセですの? それとも……テンパイしたのかしら」
アマネ、打・3m。
「場に出ているソーズが少ないですからね。ソーズが欲しいかもしれません……おっと、それはアマネさんも同じですかね」
カゲヤマ、挑発的な打・2s。
「ここまでくればあと勘の世界ですよ」
ジャック、打・發。
いや、お前は勘じゃなくてカンの世界だろ。
「面白いことをおっしゃる」
ユキムラには余裕がない。5s引き、打2s。
「それにしても、なかなか出してくれないものですわね」
アマネ、打・5p。
「これだけのメンバーが集まっているのです。そう簡単に決着がついては、面白くない」
カゲヤマ、打・中。
「しかし、山も残り少ない。ここから何が起こるか、見ものですね」
ジャック、打・西。
「ジャックさんは字牌を切るのが相当お好きなようですね」
ユキムラ、4s引き、打・7s。
なんて危ない切り方だ。4sを切るよりはマシとはいえ、南を切って勝負をオリてしまってもいいのに。
ユキムラには何が見えているんだ……?
「……これではありませんわ」
アマネ、打・8p。
「……ま、これぐらいは通してもらいましょうか」
カゲヤマの打・南!
「ポン!!!」
ユキムラが叫ぶ。
自分の南2枚を見せ、カゲヤマの南を吸収する。
来た! 起死回生のテンパイ!
あとは4sさえ通せば……。
……が、ユキムラが選択したものは。
打・3s。
何してる!? それだと25sと3p待ちだが、フリテンだ!
既に自分で2sを切ってしまっているので、アガることができない!
「ふ、ふふ、ここでポンとは、なかなかやりますわね。ですが……」
うっ!
アマネが引いてきたのは4s! 打・8mで3.6s待ちのテンパイに!
ここで追いついてくるか……!
「さすがです、皆さん。まだ始まったばかりだというのに、決して気を抜かせてくれない……それが、最高ですよ!」
カゲヤマ、打・1p!
「やれやれ、ピンチはチャンス、というわけか。これは打てないな」
ジャックは冷静に打・9m。
そして……。
パタリ、と手牌の倒れる音がした。
「ノーテン」
「テンパイ」
「テンパイ」
「ノーテン」
いや、誰もアガらんのかい!!
夜はまだ、始まったばかりのようだった――。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
よろしければ『悪役ハック』もご覧いただけますと幸甚でございます。
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