補佐官は、ため息なんてつかない。
「はあー」
私――ステラ・ホプキンスは、ため息をついた。
理由は目の前の光景を見たからだった。
それは調査中だった貴族のお屋敷が、見事に崩れ落ちていたからだ。
屋敷の庭に並ぶ魔力灯の光に照らされて、石壁が割れ、柱が傾き、屋根がゆっくりと沈んでいくのが見えた。
最初は、壁に小さなひびが見えただけだった。それがどんどん広がり、ひびは地面から天井まで届いた。
さらに、地面を伝わる振動がだんだんと大きくなっていく。軋みが最高潮に達した瞬間、まるで屋敷が悲鳴を上げたように聞こえた。
実際に悲鳴を上げていたのは、近くにいたエセリン監査官だった。
不謹慎だとは思う。
けれど、その光景は少しだけ綺麗だった。子供のころに遊んだ木のおもちゃを思い出す。高く高く積み上げて、最後にわざと崩す。
あの瞬間の、少しだけ胸を打つ快感。それと似たような感じだった。
もちろん、これはただの現実逃避である。
「やりすぎよ、シャル」
「そうかしら」
崩壊させた原因の人たちが、妙に冷静な声で会話していた。
少し離れた場所では、悲鳴を終えたエセリン監査官が、両腕を上げたまま固まっている。
ご愁傷様です、監査官。
大丈夫です。
一緒に書きましょう。
始末書を。
最後の瓦礫が崩れ落ち、あたりに静寂が戻った。その瞬間、私は思った。
もしかして、今度はクビになるのではないだろうか。
貴族のお屋敷を破壊したなんて、前代未聞の問題だ。
もちろん私は、直接手を下していないし、指示もしていない。どちらかといえば、傍観者だった。
けれど、この場所は今、監視局の捜査中の場所であり、そして私は監視局の補佐官である。責任がないなんて言えない。
始末書だけで済むだろうか。
崩れ落ちた屋敷から流れ出る土埃が目に入り、涙が出そうになった。
ことの発端は、ごく小さな事件だった。
よくある事件の一つで、軽く捜査して、報告書を書いて終わりだと考えていたくらいのものだった。
私が勤務しているのは、魔法省監視局。
私たちが住んでいる魔法都市ロンドンは、魔法によって生活基盤が成り立っている。水も、灯りも、通信も、移動も、都市全体に張り巡らされた魔力導管によって動いている。
仕組みは学校で習った。
習ったはずだ。
正直、細かいことはあまり覚えていない。
まあ、魔法のおかげで生活できている。
だいたい、そういうことだ。
しかし、便利なものがあれば、それを悪用する者も出る。
不正を調べ、事故を防ぎ、市民の安全を守る。
それが、監視局の仕事である。
入局したばかりのころ、私はこの仕事を誇りに思っていた。
魔法都市ロンドンの平和を守る。市民の暮らしを支える。なんて立派な仕事なのだろう、と。
現実は違った。
最近の主な業務は、机の上に積まれた書類を片づけることである。
「あー」
頭の中で声が聞こえたような気がする。
目の前には、書類の山がある。
おかしい。
さっき片づけたはずだ。大部分、処理したはずだった。
少し席を外しただけなのに、机の上には新しい山ができている。
どこから湧いたのだろう。
というか、本当に私の担当書類なのだろうか。
隣に座っている同僚のエドガー補佐官が、こちらを見ていた。
「ステラ、どうした?」
エドガー補佐官は、私より三つ年上の先輩だ。
私とは別の監査官を担当している。報告書の処理も早く、私もよく助けられている。
「えっと、その、書類が」
「ああ、さっき、調整課から回ってきてたな」
監視局には、調整課という部署がある。
市民からの通報、他局からの照会、さらに貴族案件などを振り分ける部署だ。
緊急度と危険度の高い案件は直接監査官に回るが、低い案件は補佐官に回される。
低い案件の方が、数は多い。
もちろん、危険度の高い案件が少ないことは喜ばしい。
だからといって、危険度の低い案件が減ることはない。
文句を言っても始まらないので、私は一番上の書類を手に取った。
始末書。
見たくない文字が、そこにあった。
始末書というものは、普通の捜査では発生しない。普通ではない状況で、普通ではない問題が起きたときにだけ発生する。
私は、この書類が嫌いだ。好きな人間など、まずいないだろう。
ただ、私の場合は少し事情が違う。
この書類を作らなければならない状況を引き起こす人間を、私はよく知っている。
そしてそのせいで、始末書を書く頻度が監視局でも群を抜いて多い気がする。
いや、実際に多い。
同僚の補佐官が書いている姿を見たことがない。
その原因が、身近に二人もいる。
「ステラ、ちょっといいか」
そのうちの一人が、声をかけてきた。
レストレード監査官。私の直属の上司であり、私の机に書類の山を作る原因の一人である。
「すごいな、この書類。早めに片づけたほうがいいぞ」
「はい。わかっています」
さっき片づけたばかりです。
そう言おうかと思ったが、意味がないのでやめた。
「この前の件なんだが」
「えっと、どの件ですか?」
レストレード監査官の言う「この前の件」は、だいたい三つか四つある。
監査官は忙しい。
同時に何件もの大きな事件に対応するので、それは仕方がない。
私は補佐官だ。名前の通り、監査官の補佐をするのが仕事である。
けれど実際には、人手が足りないという理由で、何にでも駆り出される。
休憩時間が消えることもある。
休日出勤になることもある。
市民の安全を守る仕事なのだから、ある程度は仕方がない。
仕方がないのだが、この報告書の量はどう考えてもおかしい。
原因は二つある。
一つ目。
レストレード監査官は、仕事はできる。捜査も早く、上司や部下からの信頼も高い。
しかし、報告書を書かない。
捜査が終わっても、報告書が出ない。
報告書が出ないので、他部署の確認が取れない。
確認が取れないので、事件が正式に終了しない。
結果、全部が保留になる。
最初は、監査官というものはそういうものなのだと思っていた。
違った。
最近、一緒に仕事をすることが増えたエセリン監査官は、報告書の提出が異様に早い。不思議に思って聞いてみたことがある。
「どうして、そんなに早いんですか? レストレード監査官は全然書きませんよ」
エセリン監査官は、少し気の毒そうな顔をした。
「ああ、そうか。引き継ぎがなかったのね。レストレードは、ほとんど書かないわよ」
「……はい?」
「今までは、補佐官が書いて、レストレードが確認して、サインしていたの」
その瞬間、私は理解した。
みんなが私に「報告書、まだ?」と言ってくるのは、レストレード監査官に催促してほしいからではない。
私に書け、という意味だったのだ。
そこから、私の机上業務は倍になった。
二つ目。
レストレード監査官は、魔導学園に調査を頼むことがある。
専門的な魔法事件では、魔法省が学園に協力を求める。そして、その依頼の多くは、ある生徒に回される。
シャーロット。
天才的な観測者。
魔法式の解析能力は、魔法省の専門官も認めるほど。
ただし、この人も報告書を書かない。
レストレード監査官と同じか、それ以上に遅い。
待っていても来ないので、私は学園まで報告書を取りに行くことにした。
それが間違いだったと、私は後で気づいた。
学園からの報告が遅いのは、監視局、いや魔法省全体で把握されていた。
それを表立って言うことは、誰もしなかった。
そういうものだと、みんなが思っていたからだ。
だが、ここに担当者が現れた。
私だ。
私が学園まで報告書を取りに行くということをしたせいで、いつの間にか学園の担当者が私になっていた。
そのことで、さらに私の机に書類が増えていった。
そして、学園に行くと、たいてい本人はいない。
「ごめん、ステラ。今いないのよ。たぶん花壇かな?」
出迎えてくれるのは、藍色の長い髪をした長身の女性だ。
シャーロットさんの相棒であるワトソンさんだ。
一時期、レストレード監査官と色々と噂があった人でもある。
まあ、その噂を流したのは私だけども。
それくらいの仕返しはしてもいいと、最近は思っている。
「えっと、その、報告書が……」
私は、取り立てをすることに向いていないと思う。
あまり強く言えない。
今まで人にお金を貸したことがないのも、貸してほしいと自分から言えないからだ。それなら、お金をあげたと思った方がいい。
しかし、報告書は違う。
これは上司に提出しないと、自分以外にも迷惑がかかる。
「そうよね。わかっているわ。シャルが帰ってきたら、絶対に書かせるから」
ワトソンさんは、きれいな瞳を少し細め、申し訳なさそうに言う。
美人にこんな顔をされたら、何も言えない。
「はい。お願いします」
私は、取り立てをあきらめることにした。
「ああ、そうだ。ドーナツ持っていく?」
嫌なことがあると、良いこともある。
私は決して買収されているわけではない。
「……いただきます」
あのドーナツは美味しかったなあ。
今度会ったら、どこの店か聞こう。
そんなことを考えていると、レストレード監査官が書類の束を指で叩いていた。
そこにあった事件の内容は、市民からの通報をまとめたものだった。
夜になると岩が突然現れるという通報や、地震の頻度が多くなったのは地盤の問題ではないかというもの、空を飛ぶ円盤がいるというものなど、ただの苦情みたいなものまである。
「魔力灯の件だ」
さすがに、レストレード監査官の言う件は、それらのことではなかった。
魔力灯。
魔法都市ロンドンの道路に、等間隔に設置されている。
魔力導管に繋がる魔力灯は、夜の街を明るく照らしている。
この魔力灯の一部が起動しない事故が起きた。
管轄は魔力管理局なので、最初は報告だけを受けていた。
魔法省の局は、ほぼ横の連携がない。
ただ、最近はロンドンで大きな事件が多発しているため、現場レベルでの情報共有を行うように変わってきていた。
これは、レストレード監査官が捜査の効率化を進めるため、ほかの局に掛け合って行った結果だった。
私はそれをエセリン監査官に聞いて、感動してしまった。
報告書さえ書いてくれれば、もっと尊敬するのにと思う。
魔力管理局からの報告では、システム的には問題なく、ただある時間帯だけ魔力灯の光が消えているということだった。
しかも深夜。
深夜に街を徘徊する者など、あまりいない。
シャーロットさんは、たまに徘徊していると言っていたが、それはごく一部の変わった人たちである。
魔力灯は深夜になると、夜よりも明かりを落としている。そのため、ほぼ誰も困っていないという状況だった。
だから、魔力管理局も監視局も本腰を入れていなかった。
よくある誤作動ぐらいに思っていたのだ。
そのことを、レストレード監査官は聞いていた。
私は、魔力管理局から回ってきた報告書をレストレード監査官に伝えた。
「そうか、人的被害はないのだな」
「はい。特に大きな問題もなく、まあ、深夜なので人もほとんどいないので」
「そうだな」
レストレード監査官の答えは、何かを納得していない声だった。
私が「何かありますか」と尋ねる前に、レストレード監査官はその場を立ち去った。
私はその報告書をもう一度確認したが、それ以上のことはわからなかった。
お昼になり、監視局の近くのカフェで昼食をとっていたところに、ワトソンさんがやってきた。
「あら、ステラ。お久しぶり。お昼?」
「はい、ワトソンさん。お久しぶりです」
私は立ち上がり、挨拶をする。
ワトソンさんに会うのは、一週間ぶりである。
そういえば最近、局内の事務処理が多すぎて、学園に行けていない。
みんなから「早く行け」という視線を向けられるのにも慣れてきた。
そういえば、机に上がっていた書類の多くは学園関係だった。
ワトソンさんは、当然のように私の目の前に座った。
座っただけでも絵になるくらいである。
彼女に会うと、私ももっと身長があればな、といつも思ってしまう。
「何食べてるの?」
私が食べているベーグルを見ながら、ワトソンさんが聞いてきた。
「えっと、ベーグルサンドです」
「ここのおいしいものね。私も食べようかしら」
そう言うと、近くの店員に声をかけていた。
「最近来ないから、忙しいの?」
ワトソンさんが聞いてくる。
ワトソンさんは、人との距離感がとても上手だ。
切れ長の瞳のため少し冷たそうに見えるが、色々と周りに気を遣ってくれる。
第一印象と実際のギャップがかなり大きい人だ。
魔法省でもワトソンさんは人気があるので、彼女が来ると、その場所が少し明るくなるくらいだ。
私も最初は少し戸惑っていたが、今は一緒にいると仕事の相談もしてしまうくらいの仲になっていた。
「ええ、報告書が」
と、つい愚痴ってしまう。
「ごめんね。シャルの方はだいぶ片づけたから、大丈夫よ」
シャルこと、シャーロットさんの保護者でもあるワトソンさんは、私が学園に行けないとき、報告書をまとめて持ってきてくれる。
しかも、シャーロットさんを急かしてでも。
たぶん、学園で、というかこのロンドンでそんなことができるのは、ワトソンさんくらいである。
いつも助かっている。
「ありがとう。おいしそう」
店員がベーグルサンドと紅茶を持ってくると、ワトソンさんはチップを渡しながら言った。
店員が嬉しそうに去っていく。
その姿を見て、私はさっきのレストレード監査官のことを思い出した。
そこで、少しワトソンさんに聞いてみた。
捜査情報を外部に漏らすのはまずいのだが、ほぼ身内のようになっているので、つい相談してしまう。
「あの、最近、魔力灯の不具合がありまして」
「不具合?」
ワトソンさんは、おいしそうにベーグルを軽くかじった後に尋ねる。
「はい。深夜に、ある地域の魔力灯の明かりが消えるんです」
「消える? システム的なことじゃなくて?」
「いえ、魔力管理局によると、システム的な問題はないようです」
「そう。じゃあ、誰かが魔力導管の魔力を不正利用しているとか?」
考えつかなかった。
そんなことができるのだろうか。
でも、それならば魔力管理局で調べがつくはずだ。
私の険しい顔を見てか、ワトソンさんは紅茶を一口飲んだ後に言った。
「シャルに聞いてみようか?」
「いえ、そこまでは」
私は手を前に出して断る。
シャーロットさんに依頼すると、色々と手続きが大変なので、大きな事件以外はお願いしないようにしている。
魔法省も学園もお役所なので、簡単にお願いしますとは言えないのだ。
「そう? でも、気になるんでしょ?」
「はい。そうですね」
気になる。
いや、気になっているのは、レストレード監査官の言葉と、報告書を早く上げてしまいたいことだけれども、少しでも報告書がなくなるのは良いことだ。
だから、つい言ってしまった。
それが、まさかあんなことになるなんて思ってもいなかった。
「じゃあ、聞くだけ、お願いできますか?」
「ええ、わかったわ」
その後、私たちの会話の主題は、おいしいスイーツのお店の情報交換に変わっていった。
翌日。
「ステラ、お客様」
エドガー先輩が、机の上で始末書と悪戦苦闘している私に声をかけた。
私が顔を上げると、エドガー先輩に「大丈夫か?」と言われた。
よっぽど眉間にしわが寄っていたのだろう。
始末書を書いているときは、ずっとこうなる。
「はい、えっと、どちらに」
そう私が聞く前に、ワトソンさんが見えた。
監視局の受付でも、彼女は目立っていた。
始末書を一旦止めて、私は受付に向かった。
考えがまとまらず、手が止まっていたので丁度良かった。
私が近づくと、ワトソンさんが軽く微笑んでくれた。
「ごめんね。忙しかった?」
「いえ、大丈夫です」
私は、少しでも始末書から解放されたので、少しほっとしていた。
このままでは、眉間のしわがさらに濃くなる気配を感じていたのだ。
「そう」
ワトソンさんは、少し不思議そうな顔をしながら答えた。
「昨日のことなんだけれど、シャルがね。解決できるわよって言っていたの。だから、今日の夜、一緒に魔力灯の確認ができるって言っていたのだけど、どう?」
まさか、昨日の今日で事件が解決するなんて、さすが天才少女。
しかも、現場も見ずにほぼ解決できるなんてすごすぎる。
今までの事件のことを考えれば当たり前だけれど、それでもさすがに早い。
「はい。ちょっと待ってください。一応、レストレード監査官に確認しないといけないので」
「ええ、大丈夫よ。ここで待っているわ」
「はい」
私は監視局に戻り、レストレード監査官を探す。
こういう時に、いつもいない。
どこかに出かけると聞いていないし、会議の予定もない。
周りに聞いても、誰も知らない。
レストレード監査官は、たまにいなくなることがある。
この前、本人に聞いたことがある。
「どこにいるのですか。言ってくれないと困ります」
レストレード監査官の回答は、「秘密の捜査だ」だった。
私は、それ以上何も言えなかった。
もしかして、今も秘密の捜査中なのだろうか。
そうなると、いつ帰ってくるかわからない。
ここにいても仕方がないので、ワトソンさんには後で連絡するようにしよう。
そう思って受付に戻ると、ワトソンさんが誰かと話していた。
「でね、ここのお店がおいしいのよ」
「そんなところにできたの?」
「ええ、穴場よ」
ワトソンさんと会話をしているのは、エセリン監査官だった。
私が近づくと、二人はこちらを見た。
「すみません。レストレード監査官が見つからないので、また今度で」
私がワトソンさんにお詫びをしていると、エセリン監査官が聞いてきた。
「なんのこと?」
私は、魔力灯の不具合の件と、それが解決できそうだということを報告する。
「そう。じゃあ、私、一緒に行こうか?」
「え。でも、監査官も忙しいのに」
「いいわよ。おいしい店の情報も聞けたし」
そう言うと、エセリン監査官は「じゃあ、後でね」と言って、監視局に戻っていった。
「よかったわね、ステラ」
「はい、助かりました」
私とワトソンさんは、今日の待ち合わせ場所と時間を確認した。
ワトソンさんを見送った後、エセリン監査官にお礼を言い、場所と時間を伝えた。
机に戻ると、始末書と報告書の山はまだあったが、少しやる気が出た。
待ち合わせの時間までに終わらせよう。
私の中で何かのスイッチが入ったようで、集中して書類を片づけていった。
その日の夜。
「遅くにすみません」
私は、集まってもらった人たちにお礼を言う。
「えっと、ここのどこで不具合が起きてるの?」
エセリン監査官が周囲を確認しながら聞いたので、私は魔力灯の場所に案内する。
そこには、すでにシャーロットさんがいた。
地面に耳を当てていた。
シャーロットさんは学園の制服を着ていたので、その格好だとスカートから足が見えている。
夜で良かった。
シャーロットさんは、事件に入り込むとそういうことをあまり気にしない。
ワトソンさんが軽くため息をつく声が聞こえた。
そのとき、魔力灯の光が少しずつ薄くなっていくような気がした。
シャーロットさんは、急に立ち上がった。
「円」
シャーロットさんが、魔法を発動した。
これは、シャーロットさんの固有魔法だ。
観測魔法の極致であるこの魔法を使用することで、魔法の根源を観測できる。
様々な事件を解決できるのも、この魔法のおかげだ。
蒼い光が、魔力灯の周りを包み込む。
魔力灯の黄色い光とは違い、深夜のこの区域を蒼く染めていく。
なんだか幻想的な景色になる。
私は、その景色に見とれてしまった。
少しの静寂の後、シャーロットさんが私たちに向かって一言。
「わかったわ」
大きな声ではなかったが、なぜか私の耳には響いていた。
その一言の後、シャーロットさんはいきなり歩き出し、ある場所に向かった。
それが、私たちが今いる貴族のお屋敷の前だった。
正確には、崩壊したお屋敷だけど。
シャーロットさんは、お屋敷に着いた瞬間に”円”を発動した。
その瞬間、お屋敷が崩壊を始めた。
そして現在に至る。
「どうしましょう?」
私は何とか現実に戻り、エセリン監査官に言う。
「え、ええ、そうね。まずは、現状の確認と犯人の逮捕ね」
エセリン監査官の顔が、いつもより青白く見えた気がした。
夜の魔力灯の明かりのせいかもしれない。
私は崩れ落ちた残骸に近づいたが、中を確認できる状態ではない。
これはもう無理だろうと考え、周囲の確認を始めようとした。
エセリン監査官が、シャーロットさんとワトソンさんのところに向かっているのが見えた。
状況の確認かなと思っていた。
「器物損壊罪で逮捕します」
そう言って、二人に拘束魔法具を着けようとしていた。
「監査官、ちょっと、落ち着いてください」
私は急いでエセリン監査官に駆け寄り、拘束具を奪い取る。
「どうしたの、ステラ。犯人は目の前にいるのよ。大丈夫よ」
あ、この人、現実逃避している。
「ステラ、エセリン大丈夫? 目が変よ」
わかっています。
私だって、おかしくなりそうです。
「静かに」
私たちのことなど全く興味がないように、シャーロットさんは叫んだ。
全員がシャーロットさんを見る。
彼女は、屋敷の残骸をじっと見ている。
何かが動いているように見えた。
最初は、まだ崩れ落ちているところがあるのだと考えていた。
違った。
屋敷が動いている。
いや、何かに変化している。
「ちょっと、あれなに?」
エセリン監査官が現実に戻ってきた。
いつの間にか、魔導銃を手にしている。
ワトソンさんは、シャーロットさんの前に移動し、彼女を守る体勢を取っている。
私は、拘束具を持ったまま立ち尽くしていた。
「あれは、ゴーレムね」
シャーロットさんは当然のように答える。
ゴーレム?
「それって、軍事兵器でしょ。なんでここにあるの?」
エセリン監査官は、驚きながらも魔導銃を構える。
軍事兵器。
そうだ。聞いたことがある。
軍が研究している、魔法で動く巨人。
膠着した戦争を終わらせるために開発していたと聞いたことがあるが、失敗したはずだ。
巨人の制御ができず、大幅な損害と死傷者が出たと聞いていた。
その研究コードが、ゴーレムだった。
あまりにも荒唐無稽だったので、単なる噂だと思っていた。
しかし、それがいま目の前にいる。
大きい。
二階建ての家くらいの高さがある。
最初は何かの塊のように見えたそれは、時間が経つにつれ、人型になってきている。
腕が現れ、足が生え、頭が出てきた。
「ここは、秘密の研究所なのよ。正確には、軍の研究を諦められない貴族が、勝手に行っていたのだけどね。ゴーレムなんて起動させるには、莫大な魔力が必要なのよ。それをこの施設だけでは賄えない。だから、ロンドンの街にある魔力導管の魔力を勝手に使っていた。昼間だとすぐにばれるから、深夜にこっそりとね」
シャーロットさんはそう言うと、真っすぐにゴーレムを見た。
「えっと、あの屋敷は?」
私は、残骸とゴーレムを見比べながら聞く。
「屋敷の形をしていた魔法式を、円で解除したのよ。あれは最初から屋敷じゃないの。ゴーレムの外側よ。これが本来の姿。こんなものが日中にあったら、怪しまれるでしょ」
「じゃあ、解決したし、ワトソン、帰るわ」
シャーロットさんは、突然帰ろうとする。
その顔は、すでに眠そうだった。
「ちょ、ちょっと待って。あれどうするの?」
エセリン監査官は、悲鳴のような声を上げる。
普段の落ち着いた彼女からは考えられない声だった。
わかりますよ、監査官。
シャーロットさんに関わると、こんなことは日常茶飯事なんです。
私はだいぶ慣れてきたので、これくらいのことだと、ただ呆然とするぐらいで済んでいるのです。
「大丈夫よ。もうすぐ来るから」
シャーロットさんは当然のように言って、歩き出す。
彼女が向かっている方角から、誰かが来た。
「何だ。もう終わっているのか。早いな」
レストレード監査官だった。
「何で、レストレード監査官がここに?」
「ああ、秘密の捜査だ」
レストレード監査官は、当たり前のように答えた。
翌日。
大変だった。
色々と報告書や確認事項や許可を取ったりと、とにかく大変だった。
レストレード監査官が行っていた秘密の捜査は、貴族が行っていた危険な研究に関するものだった。
貴族が自分たちの研究施設を持つことはよくあるが、今は魔法省の確認が必要である。
しかしそれを、軍との共同研究が失敗した貴族が、秘密裏に続けていた。
その情報が、レストレード監査官に入った。
公に捜査できないので、怪しい点から潰して踏み込むはずだったらしい。
そこへ、シャーロットさんがいきなり本丸に突入してしまった。
レストレード監査官がそれを知っていたかは不明だが、たぶん知っていて黙認したと私は踏んでいる。
あの報告書は、レストレード監査官が用意した餌だった。
私がそれを、シャーロットさんの目の前に用意した。
あとは、シャーロットさんがその情報を得れば、事件の内容を知るために、いつものように暴走する。
そうすれば、言い訳になる。
シャーロットさんが暴走するのは、魔法省でも周知の事実だ。
だから最近の依頼は、魔法省と学園の了承が必要になっている。
ただ私は、一番の問題はこれだと思っている。
レストレード監査官は、自分が直接関与していないから、始末書を書くことがない。
なぜなら、私が今それを書いているからだ。
「はあー」
ため息が出た。
本編は、シャーロットのスピンオフ作品です。
ステラが主人公なので少しテイストが違います。
少しあとの話になります。




