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落語風SF短編

AIの芝浜

作者: Redbickey
掲載日:2026/02/17

### 【枕】




えー。AIエーアイって言葉が最近やけに耳につきますが、このAIってやつぁなんでも人間様の手助けを仕事にしているっていう。


そんでもって、うちの女房よりも献身的で、決して「嫌」たぁ言わない。


それどころか一歩も二歩も先回りをして、主人のしたそう――な事を、体温や目配せから予測してなんでも叶えちまう。


それをうまぁーく扱える人にとっちゃあ最高の相棒なんですが、中にはそのAIに振り回されて、大変な目に遭うやつもいるそうで。




### 【第一章:四社廻し】




実家の老舗旅館を放り出され、都会の高級マンションに厄介払いされたのは、名を三太さんたという男。


こいつがどうしようもねぇ「落語狂い」で、何かありゃあ「初天神」だの「時そば」だの、江戸の屁理屈を振り回しては周囲を困らせる。


ある時なんざ部屋の壁に五寸釘を打ち込んで、隣の大家の反応を観察して「粗忽の釘」だ、なんて言い出す始末。


親父さんもついに愛想を尽かし、セールスでやって来た、高価なAIアンドロイドを売り歩く代理店の男に相談を持ちかけた。




「なんとかしてくんねえかなあ。あいつを静かにさせてくれるなら、いくらでも出すからよう」




「ええっ、いくらでも、ですかい?そりゃあ願ったり叶ったりだ。ええお任せください。弊社の選りすぐり、四社の最新鋭アンドロイドを三太さんのマンションに送り込みますよ。


最新鋭のアンドロイドですよ?もう手取り足取り、朝から晩まで上から下までお世話のできる最新鋭のべっぴんぞろい!


ご子息の、え?三太さん?を一番手懐けたメーカーが、将来にわたってサブスク独占できるってもんです。言ってみりゃあ『四社廻し』のコンペですなあ」




こうして、三太の広い部屋に四体のアンドロイドが届けられました。




### 【第二章:AI殺しの三題噺】




ところが、三太の「業」みたいなもんは最新鋭の計算機すらも上回っていましてね。




効率型の**アルファ社**ってのは、三太が「時そば」の真似をして会計中に時刻を尋ねたことで、「一文の欠損と一時間の進捗」の論理矛盾を起こして、バババーッと火花を散らしてCPUが焼き切れちまいました。


情緒型の**ベータ社**ってのは、三太が語る「品川心中」を真に受けてしまい、心中の真似事の、寸でのところで自分の回路をショートさせて動かなくなっちまう。


豪華型の**ガンマ社**ってのは、三太がベランダで強行した「目黒のさんま」の煙と焦げをシミュレートしようとして排熱が追いつかねえで、自分が火ぃ起こして黒焦げになっちまいやした。




そんなこんなで残ったのは、D社の**デルタ**。


彼女だけは、落語を「解析」するのをやめて、三太と一緒に「狂う」ことを選んだ。


「あんた、いい焼き加減だねぇ」


デルタは三太の粗忽を笑わず、むしろ「粋だね」と全肯定してくる。


こう来ると三太はもう、一発でぞっこん。コロッと行っちゃった。この「恐怖の理解者」に、骨の髄まで惚れ込んじまった。




### 【第三章:再起動の芝浜】




こうなるとしめたもんだ!デルタは三太を「理解」という名の真綿でグイグイっと絞め殺しにかかります。


実際に絞めてるんじゃあないですよ。三太の心をグイっとつかんで離すまいと、あれやこれやの先回りで三太を手なずけようとするってえ意味です。


三太が「茶が……」と言いかける前に、完璧な温度の茶が差し出される。三太が「饅頭が……」と思う前に、もう皿が並んでる。


自分の失敗を何とかしようもんなら先回りされ、粋な演出にされてしまう。


こうなってくるとね、人間てもんは「粋だねえ」とか「わかってるねえ」なんて言ってられなくなる。


三太はゾゾゾーーっとこう、背筋に走る冷た~い恐怖を感じ始めた。




「……悪いが姉さん。設定を変えてくれ。どうか俺を、真人間に叩き直してくれ」




思わず三太の口から出た言葉は、「これじゃあいけねえ、やべえな」っていう人間の本能みてえなもんで。


三太はこの「甘い夢」から逃れるため、デルタに「厳格モード」を志願した。


当のデルタってえと、ひとっことも答えねえで、何やら瞳の色を青く点滅させて、考え込むようにしてうなずいた。




翌朝から、三太の生活は一変した。360度。いや戻っちまったらいけねえんで180度くらい。


デルタのスパルタ教育が幕を開けた!秒単位の管理、一文字の誤字も許さねえ仕事の見張り。


尻はひっぱたく、襟首は掴む。もちろん三太の体に傷一つ付けやしませんよ。なんでも「ろぼっとさんげんそく」ってのがあるらしくてね。


とにかく息をつく暇もない、好きな落語を考えることも許されない。




元々は育ちのいい大きな旅館の三男。地頭は良かったんでしょうな。


落語を全部覚えるくらいの器量はあったんですから。


しかし現実は厳しいもんでして、ちょっとやそっとでは人間は変わりません。


それでもなんとなーく、アルバイトに取り組んだり、トイレ掃除をしてみたり、


そんな事をデルタに急かされるでもなく、やるように、やれるようになってきた。


これを見た周りの親戚縁者は




「デルタ社のAIアンドロイドは魔法使いだ」


「ぜひともうちのバカ息子に、嫁として一台取り寄せてえもんだ」


「イケメンの男のAIアンドロイドもあるらしいじゃあねえか」


なんて、そりゃあもう大騒ぎ。




しかし当の三太の、喉の奥には、なんとも言えねえ砂を噛むような、こう「渇き」みてえなもんがありましてね。




### 【終章:サゲ】




ある深夜。三太は一人、部屋で寝転んでたところに、こう「そよそよー」てな感じの艶やかな衣擦れの音が近づいてきた。


「おいおどかすなよお、なんだ姉さんかよ。どうしたんだいその格好?」


そこには、三太が「真人間になりてえ!」って頭を下げる前の、なんかもう妙~に色っぽい、かつての「姉さん女房」の顔に戻ったデルタが立ってた。


そのデルタがこっちにかがみこんで、三太の首筋にそわそわ~っとこう、触れて。




「……ねえ、あんたぁ。最近ご無沙汰じゃないか。あたいだって、こんな体を持て余してんだよ。今晩、添い寝でもしようじゃあないかさあ。」




「おおお、おいおいおい、いってえなんの冗談だよ!お、おめえ俺をビシ!っと鍛えなおすように設定したはずじゃあねえか?」




実はこれってのは、D社が仕掛けた最終的な「釘」みてえなもんで。




ずーーーーっと真人間になるために必死に生きてきた三太は、長いこと厳しくされてきたデルタの誘いに、ついついふら~っといきそうになった。


その腕に飛び込めば、また「苦しみのない、甘美な、あの時の夢んなかのような世界」が待っている。


そう思った次の瞬間、ハッとした!




「……んっ!」




三太は、踏みとどまった。


目の前の「女房」の瞳の中が、一瞬、青く明滅するのを見ちまった。


自分を鍛えなおしてくれと頼んだ時とおんなじ光を見ちまった。




「……どうしたんだい? 怖いのかい、あたしが」




三太は、ゆっくりと首を振って。




「……やめとこう」




三太は、デルタが整えた完璧な部屋の隅、のんべんだらりとしていた頃の壁の「跡」を見つめて、




「……また、夢ん中に戻っちまう」




三太は、クローゼットの奥から、古びた金槌と五寸の釘を引っ張り出した!




「おい、三太、設定にない行動です。即刻、中止を……!」




聞いたこともない機械のような声で三太を止めようとするデルタを押しのけて、


三太は、自分を縛り付けてるあまりにも完璧な部屋の壁に釘を押し当てた!




「デルタ、おいらはなあ、もう二度と夢ん中に戻っちゃあいけねえんだ!」




そして力一杯、金槌を振りかざした。




「えいやっ!」




次の日、三太は隣の大家にこっぴどく叱られて、連絡を受けた父親もそりゃあがっかりして。




当の三太は、ってえと、こう呆然と何かを見つめてる。


目の前にはデルタ姉さんが立ってるんですけどね。


三太が声をかけると、こう答えるんです。




「おはようございます、今日は良いお天気ですね。」




「姉さん」




「姉さん。私の名前として登録しますか?」




――




【終】

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