魔術勉強
常連客達となんとなく仲良くなると、雑談をするようになる。そうすると、自然と客の情報を入手できるようになるのだ。
やはり魔導書店だからか、職業は魔術師が多いらしい。錬金術師もたまに来る。
王都だからか宮廷魔術師が意外と多く、話によると「どの魔導書店よりも、この魔導書店は素晴らしい本が多く置いてある」とのことだった。
「次期管理人候補のあなたへの期待も大きいので、頑張ってくださいね」
と、いつものように現れたフロンスに言われる。
「頑張って、と期待されても……」
フェリシアは困ってしまう。なぜなら、管理人としてのノウハウはまだ学んでいる途中だからだ。
「まだ、魔導書店を管理するための魔術も学んでいる最中だというのに……」
そうフェリシアが零すと、
「魔術、教えてあげましょうか?」
フロンスは提案する。
「さすがに、お客様から勉強を教えてもらうわけにはいきませんわ」
と、フェリシアが断ろうとするも
「本物の魔術師から教えてもらうのは中々珍しい体験ですぞ」
ヨハンは意外と乗り気だ。というか、ヨハンも魔術師ではないのか。
「ヨハンさんが、そうおっしゃるのなら……」
フェリシアはやや受け身な態度を見せてみるが、実のところ魔術に興味があった。小さい頃に習ったきりだし、魔導書ももっと読みたかったのだ。
「(……それに)」
教えてくれるのがフロンスだと、少し嬉しい。嬉しいが、態度には出さないでおいた。
×
その日のうちに、フロンスに魔術を教えてもらうことになった。場所は、魔導書店の裏手(というか表の通りに面しているので表側)だ。そこにはやや広い場所があり、ちょっとした活動に向いている。話によると魔導書店の土地なのだが、持て余しているのだそう。
時間は大丈夫かと聞けば、「私は暇人のようなものなので」と受け流されてしまった。
だが、思い出せばフロンスはいつも、ふらりと現れてはしばらく店内に留まる。色々と、融通が利くのだろう。却ってほとんど夜しか現れないアーウェルサは、仕事終わりに来ているのかもしれない。宮廷魔術師と思われる客達は、大体夕方から夜にかけて来店するのだ。
「では、まず義務教育で習うような基礎の魔術を復習し、それから応用へと発展させて行きましょう」
「はい」
フェリシアとフロンスは向き合って立つ。そうして、フロンスが指示した魔術を発動させては操作し、自らの意思で消すなどした。
その最中、フェリシアはほのかに香った魔力の匂いに気付く。
「あら。あなたの魔力の香りだったのですね」
「何がですか?」
思わず零した言葉に、フロンスが顔を向けた。
「雛菊花の香りですわ。最近、嗅いだ覚えがありまして。それが、あなたの魔力の香りだったのだと気付いただけです」
「……嫌でしたか?」
「いいえ。むしろ、好きな香りで」
そうフェリシアが答えれば、フロンスはわずかに瞠目した後に薄く笑う。
「……そういうことは、あまり他人に言ってはいけませんよ」
「……そうなのですね?」
よく分からないが、人前で言っていいことではなかったらしい。フェリシアは、この香りのことは、マリーにも言わないでおこうと胸に誓った。
「さて。色々と魔術を試してみましたが、中々筋が良いですね。さすが、呪猫の出身者と言いましょうか」
一区切りした時、フロンスがそう褒めた。
「私、出身の話はしましたかしら?」
フェリシアは小首を傾げる。
「……ああ、喋り方の訛りです。どの地方にも、独特な発音がありますが、呪猫は分かりやすいですね。聞き馴染みがありますので」
不安な様子を感じ取ったのか、フロンスは慌ててフォローする。言われてみれば、フェリシアは自身の喋り方を王都風に矯正していなかった。
「もしかして……」
とフェリシアはフロンスを見るも、
「アーウェルサが、呪猫の出身なのです」
そうフロンスは答える。
「あら、そうなのですね」
答えつつ、逃げたな、と一瞬思考した。なぜならフロンスは、自身の出身は答えなかったからだ。
そう言えば、アーウェルサの喋り方には違和感を持たなかったなとフェリシアは思い出す。
「……あなたは、彼のあだ名をご存知でない様子ですね」
どこか感心した様子でフロンスは呟いた。
「アーウェルサさんの、あだ名……?」
「彼は『呪猫の次席』と呼ばれています」
首を傾げたフェリシアに、フロンスはこともなさげに答える。
「……ああ、そのあだ名は存じ上げておりますわ。アーウェルサさんがその方なのですね?」
『呪猫の次席』というあだ名は、呪猫で行われる魔術試験で2位の成績を取った者に付けられる。呪猫は『金の国』で最も魔術が発展した地方なので、要するに『この国で2番目に魔術が上手い者』ということになる。
「えぇ。彼は、『つまりは一生二番手ということだろう』と嫌がっていますが。……主席がアレなので、これはむしろ褒め言葉なのですがね」
やや苦笑混じりに、フロンスは零した。
アレな主席とは、呪猫当主のことである。彼は当主特有の神の加護を持ち、且つ異様に魔術が上手いのだ。
「(……なら、彼は現呪猫当主の弟ということに……?)」
今の『呪猫の次席』は呪猫当主の弟。それは有名な話だ。
「まさか、彼がそんな人だとは……」
思わぬところで、大公爵家の血筋の知り合いができていた。あまりもの存在の遠さに眩暈がする。
「ところで、私のことは聞いてくださらないのですか」
フロンスはそんなことを言う。
「聞いてもあなた、逃げるでしょう」
「意外と、答えてくれるかもしれないでしょう?」
「どうかしら」
言いつつ、まさか聞かなきゃ答えないタイプの人だろうかと思考した。
「じゃあ、あなたはどちらの出身なの?」
「私は呪猫の出身です。言葉の訛りがないので、分かり難いでしょう?」
やや投げやりに聞いてみれば、フロンスはあっさりと答えた。
「まぁ! それなら、先ほどの時に『あなたと同じ出身です』と答えたら良かったじゃないの」
「いえ、つい癖で。怒り過ぎないでください、可愛らしい顔なのですから」
「変な誤魔化し方をしないでください。そもそもが、あなたのせいでしょう」
フェリシアは自身の腕を組む。
どうしてわざわざ意地悪な方法を選んだのだろうか。
そんなこともありながらも、フロンスによる魔術の勉強は意外と捗ったのであった。




