知人来店
それからすぐに、フェリシアの兄クリストファーが来る。事前に手紙で『王都の魔導書店で働くことになった』と伝えていたのだ。
クリストファーは故郷の呪猫で、フェレス大公爵の私兵をしているはずだ。忙しい身でありながら、わざわざ来てくれたらしい。
「お前がちゃんと、やっていけてるか気になってな」
服装を見れば、さすがに私兵の格好では来ていないようだった。
「私はちゃんとやってますわよ」
フェリシアが言い返すと、クリストファーは嬉しそうに笑う。
「婚約者といた時は、お前はあまり笑わなかったからな。笑えるようになって良かった」
そう言われ、そこまで思い詰めていただろうか、とフェリシアは首を傾げた。
それから、店主のヨハンとも少し話をする。何やら真剣に話をしていたので、おそらく店を継がせる予定などをヨハンは告げていたのだろうとフェリシアは思った。
念の為に、ヨハンと話し終えたクリストファーに管理人候補の話を振っておく。
「お兄様。どうやら私、この魔導書店の次期管理人候補だそうで……」
「ああ、先ほど店主のヨハン殿から聞いたよ。どうやら才能があるらしいな。嫌でなければ、ぜひ受けると良い。父と母には俺から伝えておこう」
とクリストファーは答えてくれた。両親にも話しておく、と言ってくれたので話はうまくまとまりそうだ。
「大丈夫そうで安心した……本当にな。あとは結婚相手が見つかるかどうかだが、急かずとも縁はあるだろう」
と言い残し、クリストファーは去っていく。
「……お兄様は、本当に私の事を心配してくれているのね」
しみじみと呟くと。
「旦那様や奥様だって、お嬢様のことを心配してくださっていますよ」
近くにいたマリーがそう、伝える。
「私達、使用人達も。お嬢様のことを、大事に思っているんですからね」
「そう言われると、改めて照れてしまうわね。ありがとう。マリーも、ニコラスも、私のことを大切に思っているのはよく伝わってくるわ」
マリーに告げると、「当然ですよ」とどこか自慢気に笑った。
×
次の日。
魔導書店の管理者候補として、フェリシアは魔導書の取り扱いや入手についてヨハンから学ぶ。
「(今日は、彼は居ないみたいね)」
フロンスがそろそろ来店する時間になったのだが、今日はまだ来ていなかった。フェリシアが魔導書店に来てから数日しか経っていないが、珍しいことだった。
ヨハン曰く、『むしろ最近が来すぎだったんです。お嬢さんが気になっていたのでしょうな』とのことだったが。
「(そうかしら……ただ暇なだけじゃないのかしら?)」
とフェリシアは思っていた。
アーウェルサの方は、確かにこの数日、姿を見ていない。
出入り口の扉が開き、人が来店してくる。
「あら、あなたは……」
その顔を見て、フェリシアは驚く。兄クリストファーの友人のジョンだったからだ。彼は別の侯爵家の息子である。
ジョンは周囲を見まわした後、フェリシアの方へ近付いてきた。
「あなたがここで働き始めたのだと、あなたの兄から聞きました」
どうやら、貴族の教養として魔導書について取り扱うことがあるらしい。
「(だから、お兄様も彼も、入店に問題はなかったのね)」
軽く思考する。だがそうなると、『魔術師じゃないんだから魔導書を読むな』と言った元婚約者達の方がおかしいということに……?
「クリスが『妹が独り立ちしてしまう』と寂しがっていましたよ」
とジョンが告げ、フェリシアは思考を止める。考えてもしょうがないことだと察したからだ。
「あの、ところで魔導書店に用事ですか?」
「そうでした。欲しい魔導書があるのですが……」
要件を問うと、ジョンは魔導書の購入を検討していると答えた。彼が要求している魔導書は、少し古いものだった。
「少々お待ちください……」
ジョンに告げ、手元の魔導機を作動させる。これは店内にある魔導書の位置を教えてくれる検索機だ。
「……ありました。あちらの棚の、上から3番目の段に」
答えつつ、検索内容の書かれた紙をジョンに手渡した。
「そうですか、ありがとうございます」
受け取り、ジョンは微笑む。それからすぐに目的の魔導書を見つけ出した様子だった。魔導書を精算機に持ち寄り、精算の終わり際に
「あなたと会えてよかった。また来ます」
と言い残し、ジョンは去る。団子菊の香りが、僅かに香った。
「(侯爵……の息子なのよね)」
まだ家督を譲られていない、若い男だ。兄のクリストファーの方は、もう家督は譲られており、侯爵家の当主である。
「(私の家の場合だと、子供の数も少なかったからすぐにお兄様に譲る、と話がまとまったのよね)」
確か、ジョンの家は兄弟が多かったはず。それ程度の情報なら、宴会に参加していれば得られる情報だ。
「(……彼は、魔導書を読んでいる暇はあるのかしら?)」
話によると、彼は呪猫出身でありながら王都で官僚として働いているそうだ。余計に忙しそうである。
「(……それはそうとして、仕事をしなくちゃ)」
思考を切り替えて、フェリシアは仕事に取りかかる。
まずは入荷する魔導書達を魔導機に登録して、本棚のどのあたりに並べるかも登録する。そして、発売日の朝に本棚に並べてすぐ購入できるように準備しておくのだ。
「(結構な流れ作業だけれど、やっている分は楽しいのよね)」
問題は魔導書が重いことだろうか。無論、魔導書を運ぶために荷台などは簡単に運べるように重量軽減の魔術式はかかっている。
「(このお店を簡単に経営するための魔術を、ヨハンさんは教えてくれるのかしら?)」
教えてくれないなら、自分で習得するしかなさそうだが。
「ヨハンさん、魔導書に影響を与えない魔術とかありますか? もう少し簡単に魔導書を運びたいと思いまして」
回りくどいことは苦手なので、フェリシアはド直球にヨハンに訊いた。ヨハンは「直球ですな」と笑った後に
「ありますぞ。それは管理人室の中にある本棚の中に。探してみなされ」
と告げた。どうやら教えてはくれないらしい。
「魔術は自分で習得するものです。どうしても難しい場合は、声をかけなさい。ちゃんと教えてあげます」
だそうだ。
ということで、フェリシアは魔術の勉強もすることになった。管理人室にある本は好きに持って行っても良い、ということだったので、フェリシアは持ち帰って家でも勉強することにしたのだ。




