労働初日
店を開けてすぐ、背の高い男性が入って来た。どうやら、客が全くいないわけではないらしいとフェリシアは知る。
その男性は、珍しくも白い髪色をしていた。服装からして、魔術師だと察することができる。魔術師は布をたっぷり使った服を纏い、錬金術師は汚れた格好をしていることが多いからだ。
「珍しい色の髪……真珠色?」
フェリシアが小さく呟くと、
「常連の1人だ」
と店主のヨハンは言う。
フェリシアの声に気付いた様子で、真珠色の髪の魔術師がこちらに近付いてきた。
「そちらの方々は…」
程よく低く、良い声をしている。魔術師は声やのどを大事にすると聞いていたが、本当なのかもしれない。そうフェリシアは思考した。
「次の管理人です。どうですかな、悪くないでしょう」
自慢げに話すヨハンに、真珠色の髪の魔術師は、じ、とフェリシアを見つめ
「幸運そうで悪くはないでしょうが、かなり未熟では」
そう答える。
「これから育てるんです。良い店主になってくれそうで、楽しみです」
だが、ヨハンは特に気にした様子もない。その言葉を聞き、真珠色の髪の魔術師は目を細めた。
「(すごく褒めるじゃないの……)」
なんだか照れてしまう。
すると、真珠色の髪の魔術師は
「次期管理人候補ですか。なら、お見知りおきを。私はフロンスと申します」
そう言い、フェリシアの方に手を差し出した。
「フロンス……姓名の方を名乗られるのですね」
『表』を表すフロンスは、伯爵以上の身分で使われる姓なのだ。
言いつつ、フェリシアはフロンスと名乗った男性と握手する。
「魔術師は、そう簡単に名を明かさないものですよ」
フロンスはにこやかに微笑む。それからすぐ、もう1人魔術師が入ってくる。すごく背が高い。あまりにも背が高くて、出入り口の扉を頭を下げてくぐってきた。
「彼はアーウェルサです。彼も、常連の一人ですよ」
フロンスは黒髪の魔術師をそう紹介する。この『裏』を表すアーウェルサも、姓名だ。だが、この姓名は伯爵から平民までに使われる姓名。なので、彼の身分は推察し難い。
「姓名とはいえ、勝手に他者の名を明かすのは如何な趣味かと」
アーウェルサと紹介された黒髪の魔術師は口元に手を遣り、やや嫌そうな顔をする。
彼は、こちらを一瞥した後
「良い後継ですね。育て方次第でしょうが」
と言った。冷ややかな視線に、フェリシアは体をこわばらせる。
「私を舐めてますか?」
ヨハンが睨むと
「いいえ。ですが、貴方は耄碌直前でしょうが」
アーウェルサは緩く首を振り、返す。どうやら、アーウェルサは口が悪いらしい。そのままフロンスの近くへ行き、何か会話をしていた。
「あの方、ついこの間婚約破棄した令嬢ですよ。貴方の知り合いでは?」
「そうかもしれないが、確かめようがないだろう」
だが、特殊な魔術を使っているのか、フェリシアには二人の会話は聞き取れない。
「あの二人が揃って居るのは珍しいですな。良いことの兆しですかね」
と二人を眺め、ヨハンは笑っていた。笑いごとじゃないのだけど、とフェリシアは内心で憤慨する。常連二人はフェリシアを認める態度ではあったものの、大きな期待はよせていないようだ。
「(それに次期管理人候補……って)」
やはり、聞き間違いではないらしい。
「フロンスさんは朝に来ることが多く、アーウェルサさんは夜に来ることが多いのです。二人共、新しい店員に興味があったのかもしれませんな」
そう、ヨハンはフェリシアに教えてくれる。
×
フロンスとアーウェルサは、それぞれ別方向へ行き本を見始めた。
「(……本当に、魔術師が本を買いに来ているのね)」
そうしている間に、魔術師らしき客や錬金術師らしい客が入店してくる。
この魔導書店は愛想の良い接客対応はしなくて良いそうなので、幾分か気楽だ。フェリシアの初めての労働環境としては、打ってつけだろう。
「(この魔導書店は、店員は静かに本の整理整頓をしていれば良い。……正直に言うと、式神でも対応が可能なのよね)」
式神は、フェリシアの故郷である呪猫の貴族や魔術師が扱う、人外の手下だ。フェリシアは魔術師ではないが、貴族なので式神を数体、作成することができる。
きっと、この魔導書店主のヨハンも本来なら魔術で魔導書店を管理できただろう。
「(だけど、わざわざ求人を出して、店員を募集した……)」
そして、フェリシア達を採用した。
やはり、ヨハンはこの店を誰かに継がせたかったのだろう。その相手が、どうしてだかフェリシアだったということ。
「(……私も、しっかりしなくちゃ)」
フェリシアも、気を引き締めた。
それはそうとして。
「(……まただわ)」
フェリシアは視線を逸らし、小さく息を吐く。
なぜか、フロンスから目を離せられない。
「(……不思議な髪色と雰囲気が、気になってしまうのかしら?)」
露骨に見つめてはいない、はず。
来店する魔術師や錬金術師達は皆、それぞれ独特な雰囲気を持っている。全員が独特な雰囲気を持っているなら、視線が分散できるはずなのに。
特別美しい容姿、と言うならアーウェルサの方がそう言う容姿だ。むしろ作り物めいていて怖い。
フロンスも、それなりに美しい容姿ではある。正直言うと、フェリシアの好みの容姿なので困っている。
「……っ!」
視線が一瞬、かち合った。思わず体を硬直させると、フロンスが柔らかく微笑んだ。
「(な、何かしら。あの人、人に見られることに慣れてそうだわ)」
いわゆるリップサービス、というものか。
「(……軽い人は、得意じゃないわ)」
浮気をするような軽い人は願い下げである。
アーウェルサはいつのまにか本を購入して、さっさと退店していた。
却って、フロンスはじっくりと本を選んでいるようで、まだ店内に居る。
ようやく、フロンスは目的の本を見つけたようで幾つかの書籍を抱えて精算機の前に現れた。
「何やら熱心な視線を送ってくださったようですが、何かありました?」
清算の際、涼しい顔でフロンスが声をかける。
「……いいえ、気のせいでしょう。私は店内の様子を確認していただけですわ」
緩く首を振り、フェリシアは受け流した。
「そうでしたか。どうも、美しいお嬢さんが店内に居るというのが珍しく」
「あら、口がお上手ですね」
軽口を言い合い、それからフロンスも店を出る。
そうして、フェリシアの初めての労働は大きな問題なく終わったのだった。




