不安心事
後半戦です。
フェリシアは、マリーやウィリアムと共に喫茶店の材料を買いに出かけていた。
「お嬢様、次は何を作る予定ですか?」
「そうね……身体に良いお茶とか、見ていると楽しいお菓子とかかしら。最近の流行りもあるから、そう言うものも取り入れてみたいわ」
マリーの問いかけに、フェリシアは軽く考えつつ答える。「新しいお菓子やお茶ですか? それは面白そうです!」とマリーの声は、嬉しそうに弾んでいた。
「味見役なら、お任せください」
ウィリアムが冗談混じりに告げるが、
「何を言っているの。あなたも作るのよ、あなたは手先が器用なのだから」
そう、フェリシアは笑う。
それを事実とするか、冗談で済ますかはその時の状況次第だが、フェリシアは半分くらい本気で言っていた。
その帰り道に、フェリシア達は路地裏へと入って行く元婚約者とその部下達を目撃する。
楽しかった気分が台無しだわ、とフェリシアは内心で呟いた。
「……ウィリアム。悪いけれど、あの人達の様子を見てくれないかしら」
とフェリシアは目線で合図を送りながら、ウィリアムにお願いをする。
「どうしてか聞いてもいいですか?」
「彼ら、元婚約者とその部下達なの。なんとなく嫌な予感がするのよ。お願い」
「分かりました」
理由を告げるとウィリアムは即座に受け入れ、フェリシア達と別れた。
「なぜ、ウィリアムさんだけに尾行を頼んだのですか?」
「私達は今荷物を持っているし、私達の方が足手纏いになるからよ。ウィリアムは、一人で行動させた方が最も効率よく動けるはずだわ」
問うマリーに、フェリシアは冷静に答える。それに、おそらくウィリアムは普通の人ではついていけない動きをするだろう。
ウィリアムは身体を鍛えているが、フェリシアとマリーは普通の動きしかできない。ウィリアムが自由に動くためには、どう考えてもフェリシアとマリーは邪魔になる。
「さぁ、私達は彼の情報を待つしかできないわ。大人しく、次のお仕事の用意をしましょう」
フェリシアとマリーは、そのまま家へと戻った。
×
フェリシア達の帰宅から少し経った後。
「ただいま戻りました」
ウィリアムが戻ってきた。見たところ、どこも怪我をしていない。そのことに、フェリシアは安堵する。
「フェリシア様の言いつけ通り、元婚約者達の様子を見てきました。住処と思われる建物に入るまでは一通り見ていましたが、それでよかったですか?」
「ええ、十分よ。それで、彼らはどんな動きをしていたのかしら?」
かなり大雑把なお願いだったが、ウィリアムはきちんとやってくれていたようだ。
「元婚約者とその仲間達は、怪しい動きをしていました」
「やっぱり。それで、怪しい動きって?」
「人相の良くない奴らとやり取りをしていました。取引相手はおそらくゴロツキです。何かしら情報のやり取りと、物品の受け渡しをしていました」
「そう。物品の受け渡し……こちらも気をつけなきゃいけないわね。ありがとう、これで少し不安は減ったわ」
ウィリアムに礼を告げ、フェリシアは自室に行く。そして便箋とペンを取り出した。
「……あなたなら、何か新しい情報を見つけてくれるかもしれない」
情報屋だと言っていたメフィストに、元婚約者の動向ついて探って欲しいと依頼することにしたのだ。
「報酬は言い値で払うわ。だから、何でも良いから情報を集めてきて欲しいの」
さらさら、と文字を綴り、手紙を書き上げる。それをニコラスに頼んで、即座に出した。
だが。出してからすぐ、フェリシアは後悔に苛まれてしまった。
「どうしましたか、お嬢様」
心配そうに、マリーが声をかける。
「友人とはいえ、情報屋の方に『言い値で払う』とは言わない方がよかったかしら……」
「そんなこと、おっしゃったんですか?」
「だって。情報がいくらかなんて相場も分からないもの」
首を傾げるマリーに、言い訳じみたことをフェリシアは零した。
情報屋、と言うものは金がかかるもの。なぜなら、情報を集める段階で危険と隣り合わせになる場合が多いからだ。
「だけれど。彼が提示した金額で彼の身分が分かると思えば、安いものかしら……」
「そうなのですか?」
「ひどく高ければ、彼は伯爵。私でも出せそうなら、彼は侯爵よ。……別に、身分なんてどうでも良いのだけれど」
呟き、「どちらにせよ、払える金額ならそれに越したことはないのよ」とフェリシアはため息を吐いた。
ともかく。あの手紙の返信には、きっとメフィストの本来の性格が出るだろう。友人だから安くする、とか友人でも金額は変わらないとか。そんなことを言う人なのか、何も言わずに淡々と金額を提示してくるのか。
×
再度自室に戻り、フェリシアは一人になる。椅子に腰掛けて、頬杖を突いた。
「(やっぱり……私は、彼の身分が気になって仕方なかったのかしら……)」
彼の身分が何であろうとも、関係性を変えるつもりはないのだが。
伯爵だから、侯爵家だから……とどうするつもりは無いが、やはり『伯爵の男に裏切られたこと』が、フェリシアの心に傷を付けてしまったのだろう。
「(私は、彼の正体を知りたいのよね、きっと)」
十年以上、ペンフレンドとしてメフィストとやり取りをしてきていたけれど。やり取りの積み重ねで察していることは多いが、それが真実とは限らないのだ。
「……会ってみたいわね」
本当は、どこかで出会っているかもしれない。そんな気はするが、明確に『自分がメフィストだ』と分かる決定打が欲しい。
「最近、あなたのことばかり考えている気がするわ」
ため息混じりに、フェリシアは零す。
「あなたは、私のことをどう思っているのかしら?」
フェリシア自身は、良い友人だと思っている。
「あなたも良い友人だと思ってくれるなら、それで十分なのだけれど……」
言いつつフェリシアはもう一度、便箋とペンを手に取った。
「私は、あなたとのやり取りが楽しいわ。だから、あなたがどんなことを提示したってペンフレンドを止めるつもりはない。それだけは安心して」
新しく手紙を書き、急いで出した。これで、同じ日にメフィストの元に届くだろうか。
「(……彼は、一体どのような返事をくれるのかしら)」
彼からの返信が、少し怖い。そんなことを思ったのは、今回が初めてだった。




