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魔導書店を受け継ぐことになりました。-不倫した婚約者を婚約破棄したら、10年来のペンフレンドに距離を詰められました-  作者: 月乃宮 夜見


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再度来店

 ヨハンから補佐を受けながらも、魔導書店管理人としての生活に慣れて来た頃。


「フェリシア! いるのは分かっているんだぞ!」


叫ぶ声と共に、魔導書店の扉が乱雑に開かれた。元婚約者が、再度突撃してきたのだ。


「……私に、何か用事かしら」


客達に関わらせるわけにはいかないので、フェリシアが進み出る。すると元婚約者は満足そうな顔をした。


「お前は、我が伯爵家に必要だ」


『来てくれるだろう』と言わんばかりの、その満足げな顔を。


――パァン!


思いっきり、平手打ちする。

 周囲から歓声のような、はやし立てるような声が聞こえるが無視した。


「なっ!?」


叩かれた頬を抑え戸惑う元婚約者を、睨み付ける。


「要するに、書類雑務をする者がいなくなり、領地運営が大変になったから来たのでしょう? そして、私にまた雑用でも押し付けようという魂胆ね! 莫迦(ばか)にしないでちょうだい!」


思いもしなかったのか、元婚約者は口を戦慄(わなな)かせたままで茫然とフェリシアを見上げていた。


 フェリシアは周囲に視線を巡らせるが、今回は不倫相手の男爵令嬢はくっついていないようだ。振られたのだろうか。


「魔導書店には、お前の代わりはいくらでも居る! うちの領地に戻ってこいっ!」


立ち上がり、元婚約者はフェリシアの腕を掴もうとする。


「……そこまでです」


そこを、フロンスが立ちふさがった。押しのけられるようにフェリシアはフロンスの背後に隠され、視界から婚約者が見えなくなる。


「なんだ、お前は」


「通りすがりの、魔導書店利用者ですが」


「ただの客だろうが! これは俺とフェリシアの問題だ! よそ者はすっこんでろ!」


「ここは魔導書店です。そして、彼女はこの店の管理人候補。関係は大いにありますが」


感情的な元婚約者を、フロンスは淡々と言い返す。その淡々とした喋り方が、どことなくフォラクスと似ている気がした。


「あなたと彼女との婚約は破棄された。つまりは、あなたと彼女は()()()()です。あなたの領地を手伝う道理がない」


「なっ!」


「それに、あなたは伯爵貴族でしょう。この国に、伯爵貴族がどのくらいいると思っていらっしゃるのです。それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()のですが」


「なんだと!? お前、何者だ? 不敬罪で訴えるぞ!」


(フェリシアには見えないが)フロンスは冷ややかに見返し、元婚約者は激高する。


「私は()()()()()()()ですが」


「なっ、こ、侯爵!?」


フロンスの言葉に、元婚約者はしどろもどろになった。そのまま、しりすぼみに何かしらごにょごにょと口走った後、


「こ、これで勝ったつもりになるなよ!」


と叫んで魔導書店から出て行った。


「そもそも、勝負はしていませんがね」


()()()()()()()」とフロンスが呟いたのが聞こえた。……負けず嫌いらしい?


扉が完全にしまったのを確認した後、フロンスはフェリシアを振り返る。


「困ったときには、また声を掛けてください」


 思わぬ近さに、フェリシアは心臓が大きく脈打ったのを感じた。思わず胸元を抑え、


「助かりましたわ。ありがとうございます」


と動揺を悟られないようにお礼を述べる。


「平手打ちとは、中々大胆なことをしますね」


フロンスはフェリシアの顔を見て、柔らかく笑った。


「だ、だって。あの時はあまりにも酷くて……」


見られていたのか、となんだか恥ずかしくなる。


「……あなたが、無事で良かった」


そう零すフロンスの声色に、心底心配していたらしいと察せられた。冷静に思えば、平手打ちで激高した元婚約者が、どう行動に出るかもわからない。フロンスに庇われなければ、もしかすると痛い目に遭っていたかもしれないのだ。


「(……どうしてかしら?)」


安堵するフロンスを見ていると、なんだか不思議な感情を抱く。安心するような懐かしいような。


「(……懐かしい、()()?)」


さすがに至近距離なので、彼の魔力の香りである雛菊花(マーガレット)の香りはする。それともう一つ、香らしき香りがするのだ。混ざっていて、よくわからないけれど。


「(……って。他人の香りを嗅ぐなんて、はしたないわ)」


「どうされました?」


声をかけられ、意識を戻す。と、フロンスが好みの容姿だったことを思い出してしまった。突き飛ばしてしまいたくなる衝動を必死に抑え、フェリシアはそっと顔を逸らす。顔がものすごく熱い。


「いえ、本当に。ありがとうございます」


いつも通りに言ったつもりだったが、どうだったろう。


「失礼、近かったですね」


とフロンスがくすくすと小さく笑った。


 元婚約者が突撃してとんでもない日になったと思っていたが、存外悪くない気持ちになってしまった。これも、フロンスのせいだ。


「(……ところで、何かとんでもない情報を聞いたような気がするわね)」


×


 その夜。フェリシアは自室に戻り、眠る準備をしていた。


「(……そうだ。この間の手紙、もう一度読もうかしら)」


ペンフレンドのメフィストが、時候の挨拶も忘れて出してきたあの手紙を。


 そっと便箋から取り出し、ゆっくり眺める。


「……よく見たら、なんだかキラキラしているわね」


魔力だろうか。便箋や墨水(インク)とは違う色だ。この魔力の色、どこかで見た覚えがある。


「いえ、それだけじゃない……」


何か、もっと嗅ぎ覚えのある香りがする。手紙をそっと、顔に近付けてみた。


「(手紙のにおいを嗅ぐなど、はしたないと言われそうだけれど)」


どうせ、見ている者などいないのだ。仮に居たとしても、それは使用人のマリーかニコラスだけだ。


 ゆっくり嗅いでみると、文香の香りがする。この香りにも違和感を覚えたが、今探しているのはこの香りではない。注意深く、魔力の濃い箇所を嗅いでみると。


「この香り……雛菊花(マーガレット)?」


そんなまさか、と思う。


 雛菊花(マーガレット)は、フロンスの魔力の香りだ。

 見覚えがあると思ったこの色は、彼の目の色に限りなく近い。


 だが、魔力の香りは特に独特なものではない。同じ香りの者は、世界に何人もいる。魔力の色だって、同じものは何人だって……。


「……そう、きっと偶然よ」


 言い聞かせるように、フェリシアは呟く。

 だって、フロンスはフェリシアが王都に来る前から、魔導書店の常連客なのだから。

 それを思い出し、フロンスが呪猫(フェレス)の出身だったことを思い出す。


「あまりにも、偶然が重なり過ぎているわ……」


だが、この世界には『神』が居るのだ。とんでもない偶然だって、もしかしたらあり得るかもしれない。

 そっと便箋を封筒にしまい、フェリシアは息を吐く。眠る前にとんでもない発見をしてしまったようだ。


「(早く寝て、忘れましょう……)」


安眠のまじないを使い、思考を断ち切るように眠った。

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