治療完了
目の治療を受けてから1ヶ月。
「うん。魔力の詰まりは無くなったよ、だいじょーぶ!」
ラファエラからお墨付きをもらい、無事フェリシアの治療が完了した。
「目の詰まりは、目を使うと緩和するから。無理のない程度に使ってね」
器具を片付けながら、ラファエラはフェリシアに告げる。
「具体的には?」
「魔導書を読むとか、鑑定するとか。よく見るといいよ」
問えば、ラファエラは教えてくれる。
「そんな、簡単なことで?」
「目の魔力が程よく流れたらいいだけだからね。使えばいいだけなんだよ」
なんてことない様子で、ラファエラは答えた。
「……なら、もう目が悪くなることはなさそうね」
フェリシアはこれから、魔導書をたくさん読むだろうし、たくさん目も使うだろから。
「治療の用事がなくても、来ていいよ」
こてん、と首を傾げてラファエラは言う。
「では、お言葉に甘えさせて頂こうかしら。その時は、新しいお茶菓子を持っていきますわね」
「うん、楽しみにしてる!」
そうして、ラファエラの屋敷から出た。
×
「すっかり、魔女様と仲良くなられましたね」
帰り道、マリーはにこにこと笑顔でフェリシアを見る。
「魔女とか関係ないわ。あの子、正直に言うと素直な良い子過ぎて、心配になってしまうわね……」
「……そうですね……」
聞かれたことにほいほいと答えていくので、初めは騙されているのかと思ったほどだ。治療費も適正価格の中でも低い方だし、作ったものをお土産として無償で渡そうとするのだ。
他者と明確に壁を作っている、ラファエラの伴侶のフォラクスとは大違いだ。
「ところで、治療を受けて何か変わりましたか?」
マリーは問うた。訊かれて、フェリシアが視線を少し動かして考える。
「……変わったような、そうでもないような。ただ、最近キラキラしたものが見えるようになってるのよね」
「キラキラ、ですか」
世界が輝いて見える、と言うとなんだか変な感じだが、実際そうなのだ。
「ヨハンさんに聞いてみたら分かるかもしれないわね」
×
「ふむ。魔力が見えるようになりましたな。重畳です」
問うと、すぐに返答があった。
「魔力? 見えるものなのですか?」
「魔術師や錬金術師の一部には見えるものです。通常、魔力が一定量以上あれば見えるのですが、魔術を頻繁に使わない者は魔力の流れが滞って見えなくなるのです」
そう、店主のヨハンは答える。あのキラキラとした輝きは魔力らしい。
「……では、早速『目』の使い方を教えて行きましょうかな」
ヨハンは、真剣な様子でフェリシアを見た。思わず、フェリシアの背筋が伸びる。
「まずは、魔導書を見分ける方法からです」
2種類の魔導書が、机に並んでいた。
「片方が『良い本』で、もう片方が『悪い本』です。さて、どちらがどうでしょうか」
「よーく、見てください」と言われ、フェリシアは2冊の魔導書を見比べる。外見上、どちらも似たような本に見えるが……
「……こちらが『良い本』ではないでしょうか」
片方の魔導書を、フェリシアは手に取った。
「ほう。その理由は?」
「こちらの魔導書の方が、純粋な魔力を纏っていますわ。もう片方の魔導書は、薄い……」
魔導書が帯びているキラキラとした輝きが、違うのだ。
「ふむ。質はどうですか?」
「私が持っている魔導書の方が、質は良いと感じられます。純度が高いのでしょうか」
「もう片方は?」
「濁っています。なにか、かさ増しをしているかのような……」
キラキラが純粋な色をしていない。それに、『混ぜ物をしている』と、感覚が教えてくるのだ。
「分かりました。……そこまで分かるとは。やはり、良い『目』……と、感覚をお持ちですな」
うんうん、とヨハンは満足そうに頷いた。
「合格です。ですが、しばらくは魔導書を見分ける作業をしましょうか。『目』の扱いに慣れなければ」
どうやら、ヨハンの満足いく結果だったらしい。フェリシアは小さく息を吐く。
「それに派生して、魔導書の入荷の仕方を教えます。通常、出版社からも通知が来ますよ」
それから魔導書を出版している会社、本を売る者と交流するなどした。中にはラファエラではない『魔女』も居た。自身の知識を広めるために、個人で出版しているのだそうだ。
本格的に魔導書店の管理者としての活動を始めて、少ししたある日。
「そろそろ、店を譲っても良いかもしれませんな」
とヨハンから言われる。「もう少し慣れてからですが」と補足されたが。
「ヨハンさん……」
「そろそろ、私も余生の過ごし方を考えなければなりませんな」
ヨハンは笑っていた。
×
フェリシアは、魔導書店を譲られるかもしれない不安を、メフィストへの手紙に綴った。
「私、本当にこれでよいのでしょうか」
小さく、ため息を吐く。
「ヨハンさんから期待されているのは嬉しいし、魔導書も嫌いじゃない。嫌な作業もないけれど……」
少し思考しながら、ペンを動かした。
「上手く事が運んでいて、どこかで大きな失敗をしてしまわないか、不安なの」
そこまで書き、「……そう。私、不安なんだわ」とフェリシアは呟く。
「私の婚約のように、思わぬ失敗が起こらないか」
本来ならば、婚約者とさっさと結婚して子を産み育てていただろうに。そうはならなかったのだ。だから、未来がどうなるかわからなくて不安だった。
×
二日後、メフィストからの返事の手紙が来る。
『あなたは大丈夫です』
季節のあいさつもなしに、そう綴られていた。思わず、フェリシアは息を呑んだ。
『……と、手紙の相手に言われても、説得力がないので、自信を与えるのは難しいかもしれません』
「最初の言葉だけで、十分にあなたの気遣いは伝わったわ。……ありがとう」
呟く胸の内で、暖かいものが広がった気がした。
『あなたは、十分にやっていけます。少なくとも、私が行った占いではそう出ている』
「占い……そうね、あなたは呪猫の貴族だもの。占いくらいは、できるわよね……」
呪猫の貴族のたしなみの一つに、占いが入っているのだ。だから、フェリシア自身も簡単な占いはできる。だからこそ、占いは気休めでしかないと知っていた。だが、不思議と『メフィストの占い』だと、当たりそうな予感がする。
『あなたがこれから、大きな災難に遭ったとしても。私が助けたい』
最後に、そう綴られていた。
「でも、『助ける』ってどうするつもり?」
フェリシアが問うも、その答えは書かれていない。




