大事御縁
ある日、普段のように魔導書店で活動していると。
「フェリシア! ここに居るのは分かっているんだぞ!」
と、叫ぶ声が聞こえたと同時に、扉が乱暴に開かれた。
「フェリシア! やはりここに居たな!」
見ると、どうやら元婚約者が男爵令嬢と共に店に入ろうとしてくる。
「きゃあっ?!」
だが、元婚約者はともかく、男爵令嬢は店には入れない様子だ。魔術結界に阻まれ、男爵令嬢は弾き出される。
「(……彼女、魔導書を取り扱えないのかしら)」
まさか、元婚約者が突撃してくるとは思わなかった。元婚約者は地面に投げ出された男爵令嬢を振り返った後、
「フェリシア! あの子に何をした!」
と元婚約者は憤慨している。
「……何もしていませんけれど?」
無論、フェリシアは何もしていない。ヨハンが仕掛けた結界に、条件不十分で男爵令嬢が勝手に弾かれただけだ。「ただの仕様ですな」とヨハンはのんびり告げたが、元婚約者には聞こえていない。
「ふん。ボロい店だな! お前にはお似合いだ!」
元婚約者は周囲を見まわしたのち、フェリシアを貶めるようなことを言う。
「(……どうしようかしら)」
ヨハンを見るも、彼は無関心に本を読み始めた。客の魔術師達は鬱陶しそうに元婚約者を見るが、介入する気配はない。
「邪魔です」
「ぶっ?!」
と、アーウェルサが元婚約者を退けつつ入店した。フロンスも次いで入店する。
「……弾き飛ばすのは、さすがに可哀想ではないか?」
とフロンスは身体を払うアーウェルサに苦言を呈するも、
「邪魔なのですから、退かして何が悪いのです」
アーウェルサは反省した様子を見せない。
「貴方、魔術的に効果のある内装だと分からない様子で。才能が無いのですね」
「な、才能が無いだと?!」
「蛆かの様に地面に伏すと余計邪魔です。魔導書店自体に用事が無いのならば去りなさい。末端とは言え貴族の癖をして、魔導書店に入れぬ女と共に」
と、続け様にとんでもない罵倒をされ、元婚約者は目を白黒させる。
「……ところで、あなたの用事は何ですか?」
そう、フロンスに問われて元婚約者は持ち直し、立ち上がる。
「フェリシアの様子を見に来ただけだ! どんな風に、惨めたらしく暮らしているかをな!」
「では、魔導書店自体に用事はないですね。確認もできたでしょうから、お帰りなさい」
とフロンスはにこ、と微笑んだ。そのまま軽く杖を振ると、元婚約者は身体を硬直させた。
「……それと。婚約関係にない女性の名を、軽々しく何度も呼び捨てになさるのはおやめなさい。品がないですよ」
そうフロンスは言いつつ、婚約者を魔術で強制的に出口へ向かわせる。悔しがりながら元婚約者は扉から出て行った。
「……貴女には、厄介な縁が絡み付いておりますね」
言い、アーウェルサはお守りを差し出す。
「悪運を断ち切り、良縁を繋ぐまじないを掛けています」
やはり、縁結びのお守りだった。渡すや否や、用事は済んだとばかりにアーウェルサは本棚の方へ向かって行く。
「……どうして、彼は縁結びのお守りを渡してくるのかしら」
口元に手を充て、フェリシアは首を傾げた。正直、フェリシアとアーウェルサには店員と客の関係性しかない。
「験担ぎだそうですよ。絶対に逃したくない縁があるそうで。色々な人同士の縁を結んでやることで、自身の縁にも有効活用したいのだとか」
フロンスが、さらりと教えてくれた。絶対に逃したくない縁とは、一体どんなものなのだろうか。
「意外と必死なのですね」
「彼が必死にならないと失う縁など、相当離れやすい縁なのでしょうね」
しみじみとした様子で、フロンスは呟く。
「ご存じなのですか?」
「存じ上げていますけれど、口出しをするのは野暮ですからね」
聞けば、受け流された。フェリシアは自分にはあまり関係がないだろう、と思考を切り替える。
「ところで。先程の男性は知り合いですか?」
「何度も名を呼ばれていた様子ですが」とフロンスに問われる。
「えぇ……元婚約者です。一緒に居たのは不倫相手で、新しい婚約者の令嬢のはず」
そうフェリシアが答えると、フロンスは柳眉を寄せた。
「あんな男と別れて正解でしたね。あなたが勿体無い」
まさか『勿体無い』と言われるとは思わなかった。
近くで話しをしていると、彼もフェリシアが持っているものとよく似た縁結びのお守りを持っていることに気付く。
「それは……」
「ああ、貰い物です。男からですが。彼なりに心配しているようで」
指摘をすると、すぐに答えてくれる。恐らく、贈った相手はアーウェルサなのだろう。
「誰かと縁を結びたいと考えていらっしゃるの?」
「……まあ、そうですね。思っている方が居るのですが。中々に手強くて」
「あなたにも、そういう『逃したくない縁』というものがあるのですね?」
「えぇ、はい。正直に言いますと、逃したくない縁ですね」
「……そうなのですね。どのような方ですの?」
『縁を結びたい相手が居る』と聞いて、なぜだかフェリシアは胸がモヤっとした。
「……それは、内緒にさせていただけませんか。可愛らしい方ではありますが、他の方には知られたくないのです」
「そうですか。素敵な縁が結ばれると良いですわね」
詳細は答えてくれないらしい。フェリシアは、少しそっけない言い方になってしまった。だが、フロンスは気付いていないようだ。
「あなたにも、そういう『逃したくない縁』はありますか」
「そうですわね……ありますわね、それはたくさん」
フロンスに問われ、フェリシアは答える。
「たくさん、ですか」
「はい。使用人のマリーやニコラス、家族に、ヨハンさんや友人などかしら」
呪猫に居た頃からの縁や、王都に来てからの縁。本当に、たくさんある。
「友人には、私は含まれますか?」
「……どうかしら。大切な縁ではあると思いますが」
言葉を躱わすと、フロンスは苦笑した。
「大切な縁、だと思っていただけるだけで充分です」
充分ではなさそうな顔ね、とは思ったが、口には出さないでおいた。
フェリシアにとって、一番『逃したくない縁』とは何だろう、と考えた時。
「(……やはり、彼かしら)」
と、ペンフレンドのメフィストのことが過ぎったのだった。過ぎりはしたものの、これ以上どうやって縁を繋ぐと言うのか。方法は分からなかった。




