婚約破棄
「最近の異世界作品は『本』『茶』『猫』ばかりだ」との声があったそうなので『本』『茶』『猫』をモチーフにした話を作ってみました。
『本』『茶』『猫』を好む作家が多いというだけの話でしょう。
ちなみに、私も好きです。
(ついでに宣伝)
本編『薬術の魔女の宮廷医生活』(https://ncode.syosetu.com/n2390jk/)(推理モノ)
本編2『薬術の魔女の結婚事情』(https://ncode.syosetu.com/n0055he/)(恋愛モノ)
この話と同じ世界観ですが、今回は名前開示版です。(※上記2作品は名前非開示)
「エリック・ケルキス! 貴方を婚約破棄いたしますわ!」
それから、パーティは大混乱だった。「侯爵令嬢が婚約破棄だって?」と、不審な目で見られる。だが、そんなものは関係ない。
不倫されたので、証拠を突きつけて婚約破棄をしたのだ。本当は別のタイミングでしようと思っていたけれど、あまりにも堂々と不倫をしていたので我慢の限界だった。
呆然とするエリックをそのままに、会場を後にする。
×
「……ってことがあったのよ。本当、大変だったのだから」
呟きつつ、フェリシア・ニュクテレウテスは手紙を綴る。
ペンフレンドのメフィストに、婚約破棄の報告を書いていた。話す相手もいないので、愚痴のようなものだ。
フェリシアは自身の住んでいた屋敷ではなく、古い建物の中に居た。屋敷を飛び出したからだ。
見かけは古いが、魔術的防犯や断熱などが整った、意外と良い建物である。着ている服も、豪奢なドレスではない。無論、質は良いが動きやすい服装だ。
使用人は2人だけ、付いてきている。
「不倫はあなたに話していた通り、前から知っていたけれど。……いつかは正気を取り戻して帰って来てくれるだろうと考えていたけど、甘かったわね」
宴会会場と打って変わり、フェリシアの居る個室は静かだ。遠くで、通りの喧騒が聞こえる。
フェリシアは「伯爵に嫁ぐのだから」と、元婚約者がするはずだった書類仕事をケルキス伯爵から任され、徹夜もした。趣味なんて当然やる暇はない。「どうしても虚偽の報告が書けない、サインはできない」と言えば、『使えん女だ』と言われて罵倒された。
そして。それを知っておきながら、元婚約者はずっと遊び呆けていた。
「今は新しい住み込み場所を見つけているので、安心してね」
と付け加える。
今は故郷を出て、王都の古い建物の中だ。
両親が『新しい人を見つける』と言っていたのだが、それが嫌だった。フェリシアは嫡子ではないし、子を持つことは必須でなかった。だから、『広い世界を見に行く』と言い、故郷の呪猫から出たのだ。
持ち出したお小遣いもそれなりにあるので、しばらく生活に不安はない。
告発用の、不正を集めた書類も持っていた。働く場所を見つけて生活が安定したら、あのケルキス伯爵家を告発するつもりだ。
ペンフレンドのメフィストとは地元呪猫のペンフレンド募集の掲示板で、12の頃に出会い、10年以上交流があった。
そこら辺の令嬢達よりも交友が長いため、フェリシアの中ではかなり信頼できる相手だ。
「『信頼できる』とは言っても、名前とどう過ごしていたかくらいしか分からないのだけれど……」
ペンフレンドの性別、身分も直接は知らされていない。フェリシア自身も大っぴらには伝えていないのだが。
「でも。正直なところ、名前と日常の過ごし方、書いている文章を見れば大まかには分かるわよね」
ペンを持つ手を、口元に充てる。考える時の、フェリシアの癖だった。
恐らく、メフィストは男性だ。そして、身分は伯爵以上。なぜならメフィストは武術を嗜んでいて、大規模な宴会を開催できるらしいから。子爵や男爵は持てる土地の広さが限られていて、大規模な宴会を開催できる広さをしていない。
「……私だって、侯爵家として開催した宴会の話や、習い事の話は書いていたし。お互い様なのよね」
お互いに色々と察しているだろう。だが、深くは踏み込まなかった。
その距離感が、心地よかったからだ。
「貴方も、嫌なことがあったら遠慮なく教えてくださいね。……愚痴なら少しは聞いてるけれど。貴方は、あまり人を悪くは言わないのだもの。きっと、善性が強いのね」
伯爵より上の身分だと、善性の強い者が増える。無論、伯爵以下でも善性の強い者は居るけれど。
手紙を書いていると、段々と気分が落ち着いてきた。フェリシアにとって、この手紙を書く時間、メフィストからの返事を待つ時間、彼からの手紙を読む時間は、安らぎの時間だった。
「一度でいいから、会ってみたいわね。趣味は悪くないし、話が合うと思うのよ」
これは手紙には書かなかった。
昔、一度書いてみたのだがやんわりと断られたような気がする。その時はまだ12だったので、恐らく『子供が素性の知らない相手に容易に「会いたい」と言ってはいけない』と言ってくれたのだろう。
それだけでも、十分にメフィストが良い人だと分かった。
「……以上。住所変更のお知らせを兼ねて、近況の報告です」
手紙を書き終え、微風を起こす魔術を発動させて便箋を乾かす。
墨水が乾いた後は丁寧に折りたたんで封筒に入れた。
「……そうだった」
小さく呟き、フェリシアは文香を入れる。
この文香は、フェリシアが固有で調合した香りが入っていた。
「あと、季節の花を入れられたら良かったのだけれど。あいにく、今日は持ち合わせがないのよね」
さすがに、外に出て、屋敷の庭の花を入れるかのように近場の野草を入れるわけにはいかないだろう。一瞬思考したが、首を振って考えを振り切った。
「花は必須ではないから、今回はこのまま出しましょう。彼だって、花が無くたって許してくれるはずよ」
そう呟き、自身を納得させる。仮に花がないことに何か思うことがあったとしても、彼は文句など書かないはずだ。
「……器の大きさが違うのよ。誰かさんとは違ってね」
元婚約者は、実に器の小さな男だった。機嫌が悪い時は、何かしらフェリシアの行動に文句を付けたからだ。それに、前回言ったこととその時に言ったことが矛盾するなど日常茶飯事だった。
おまけに、自身が間違っていても、決して謝ることはしなかった。
だが、ペンフレンドのメフィストは、自身に非があれば次の手紙で謝ってくれる。それに、フェリシアの趣味も考えも、概ね肯定してくれた。信頼の土台が違うのだ。
手を口元に充て、フェリシアは思考する。
「でも。文香も、花も、準備しないと。このままでは常識はずれの手紙を送ってしまうことになるわ」
フェリシアが家を飛び出してから、まだ数日しか経っていない。文香や手紙の道具は持っている分は持ち出したが、増やさなければいずれは無くなってしまう。
メフィストから返事が来る前に、対策をせねばならない。だって、大切な友人に、礼を欠くようなことはしたくないからだ。
「……そのためには、やはりお金を稼ぐ手段を手に入れなければならないわ」
家を出てしまったし、フェリシアもいい大人だ。お小遣いをもらって悠々自適な生活を送るわけにはいかないのだ。
ついでにキャラの名前の元ネタを。余計なノイズになるやもですが。
メフィストさんは呪猫のメフィストっていう、メフィストフェレスのもじりなんですね。
そしてフェリシアさんの名前が、ドイツ語に変形させるとファウスト。
ただの遊びですが、一応。




