タイムトラベル前夜
「はあー。」
憂鬱な溜息をつく吉川アルトは、17歳という若さで最年少タイムトラベラーに選出された。
最年少、端からみればそれは名誉なことだろうが、アルトがメディアに露出することは無い。
業界内で内々に決定が伝えられただけであって、関係者には評価されはしたものの、
SNSでの発信や同居している家族以外の親族への口外も憚られているので、
誰かに自慢することが出来ない。こんな使い道の無い名誉をどうすればいいというのだ。
「名誉だ、名誉だ言うけど。業界の子供の中で一番年齢高くて、
たまたま理系の成績が良かっただけなんだよなあ。ピンポイント過ぎんだろ。」
文句を呟くアルト。タイムトラベラーなる特異な存在に選出され、
その背景に自身の成績が評価されているのであれば、多少なりとも嬉しさがあるかもしれないが、
それは、タイムトラベラーが公にもっと認められればこそである。
タイムトラベル理論が立証され、実験の成功も報告されて久しい昨今だが、
その成功は限定的なものであり、世間では未だに成功には至っていないという評価が強い。
それもそのはず、現在のタイムトラベルの成功はあくまで、「一方通行」なだけであるからだ。
現在から過去への一方通行、あるいは現在からの未来への一方通行。
そこから戻ってきた者はいない。どちらの場合も現在の時間軸に対象者が完全に消失することが、
間違いなく確認されているが、未来への移動の場合はその結果を現在地点で確認する術がない。
過去への移動の場合は、過去の死亡記録が変更されていることが確認されており、
移動後の時間軸から当時の年齢を積み重ねた平均的な寿命の圏内で亡くなっている。
この為、移動自体は立証されているが、戻っては来られていないのである。
これまで未来に8人、過去に7人のタイムトラベラーが移動しており、
そのいずれもが、現在に戻ることは無かった。これがアルトを落ち込ませている要因である。
世間的には「現在に戻れなくてもタイムトラベルを経験したい」という意見は多い。
学会は移動自体は4人目迄の段階で立証済みなので一時期そういった熱が高まることはあった。
が、帰還報告が無いケースが重なる度にその熱は沈静化し、学会もトラベラーの公表をやめた。
実験の成功を経た現在を持って尚、タイムトラベルは未だ半夢物語状態である。
「現代の人柱だよなあ。宇宙飛行士の方が良かったなあ。」
嘆いていても始まらない。取り敢えず明日の出発に向けて準備を行おう。
アルトが心を切り替えたのと同時に自室の部屋にノックが響く、アルトの父親だ。
「よお、準備は順調か。忘れ物は無いか?」
「父さん…準備は今からだよ。忘れ物が無いように気を付けるね。」
「なあ、アルトがどうしても嫌ならこの話断ってもいいんだぞ?」
「え?いいよ別に。過去に行ってみたいしさ。」
嘘だ。父さんはいつだってそうだ。ギリギリまで逃げ道を塞いでから、
最後だけそうやって優しい振りをして自分の体裁を守っている。
研究者は薄情だと言うがそれを地で行くタイプだ。
「そうか、じゃあまた明日な。」
「うん、おやすみ。」
明日から一生会えなくなるかもしれない息子に掛ける言葉がその程度とは恐ろしいものだ。
今からでも離婚した母さんの実家に転がり込むことも頭をよぎったが、実行には移さない。
母さんは同居してないから、教えられるまではこのことを知ることは無いだろう。
携帯が鳴る。友人からのメッセージだ。週末の遊びの誘いだった。
是非行きたいところだが、もうそれも叶わない。守秘義務を破って彼に全てバラそうかとも考えたが、
やめる。友人にいらない重荷を背負わせるわけにはいかない。
アルトはそうして、誰かを想い気遣うことで、律儀に守秘義務を守り、
自分の運命を徐々に受け入れていく。別に両手両足を鎖に繋がれているわけでもない。
抗おうと思えば幾らでも抗えるのだろう。だが、長年の研究者である父親の教育の賜物なのだろうか、
そういった気力は持ち合わせていないアルトは、何事にも仕方が無いと諦めるクセがついている。
『悪い、週末は予定があって行けそうにない。お前はいつだって最高だ。』
メッセージを返す。謝罪の後の賛辞はアルトなりの別れの台詞のつもりだ。
すぐに返信が返ってくる。
『どうした?何か気持ち悪いぞ。』
普段との違いを敏感に察知するあたり、流石友人といったところだ。
『いや、友情に厚い映画を見てて、今何かそんな気分なんだ。』
『なるー。お前も最高だぜ!また今度な!』
本当に最高の友人で自分には勿体ないぐらいだ。会えることならまた会いたいものだ。
ここで電話まで掛けると流石に何かあったと思われるだろうから、それは自重しておく。
先の言い訳を使えば融通が利かなくは無さそうだが、ボロが出る可能性は避けたい。
さて、明日の準備だ。荷物はちょっとしたスーツケースに収まる程度。
タイムマシンは一般的な乗用車程度の大きさなので、もっと持ち込むことも可能だが、
アルトには特段過去に持ち込みたいものがあるわけでもない。
実験に必要な機材などは既にタイムマシンに積み込まれているので、アルトが持っていくのは、
歯ブラシや着替えなど本当に個人的な荷物程度だ。2泊3日程度の旅行荷物を用意する。
「っと。ワイヤレスイヤホンは駄目なんだっけ?スマホは許可されてたような。」
過去への私物の持ち込みは与えられたリストで厳しく決められている。
日用品は過去の技術で実現不可能なものは基本的には持ち込めない。
今回アルトは40年前に移動するので、本来スマートフォンは持ち込めず、
持ち込めたとしても通話などは出来ないのだが、
有事の際に自身が未来人と証明出来るアイテムの所持が幾つか認められている。
「何か遠足みたいだな。少しは非日常感にワクワクするもんだな。」
40年前はアルトの所属するタイムトラベル組織が発足済みだ。
タイムマシンに積まれた許可証と現代のアイテムを提示することで、
過去の組織から支援を受けられる予定だ。
となると、過去に旅立ったことのある7人は何らかの痕跡を組織に残せるのではないかと思うが、
死亡記録こそあれ、他に有益な情報は組織には残されていない。何か伝達出来ない事情でもあるのか。
移動中に何らかの要因で死亡した可能性もあるのではないかと思ったが、
死亡記録がそれを否定しているので、過去で普通に人生を謳歌している?のだった。
「早々に帰還を諦めることにはなったと思うけど、メッセージを何も残していないのは気になるな。」
自分も同じことになるのだろうか。ただ、自分が過去に行ったとしても、
次に過去に来る可能性のある人まで気遣っていられないのかもしれない。
あるいは次元的な強制力が働いている可能性も否めない。
「何か無音で準備するのも寂しいな。」
ネットで適当なライブ配信を見ながら作業を続けるアルト。
動画はバラエティ番組のようで、アルトがたまに見ることがあるものであった。
旬な芸人が笑いを取り、アイドルと俳優がリアクションを取っている。
彼らも見納めとなるだろう。
「待てよ、40年前ならこの人とかなら駆け出しの頃か。全く知らない人だらけってこともないのか。」
17歳のアルトからすると生まれる前の時代ではあるものの、
現代で40代以上の人は確実に存在する世界である。アルトが一方的に知っている大御所の芸能人、
政治家、父母や祖父母は間違いなく存命だ。特に親族であれば住所が同じなら会いにも行ける。
余程、露骨なことにならない限りはタイムパラドックスは起きないとされているので、
遠目に見るか、身分を偽って話をするぐらいのことは出来るだろう。
過去の7人は案外そういったタイムパラドックスを起こした可能性もあるかもしれない。
「そうか、それで最年少の僕なのか。僕は40年後でも57歳。
生きてこの時間軸に再び到達することも不可能ではない…か」
これまでの7人は皆アルトより年上で、上は58歳、下でもせいぜい38歳だった。
それに旅立つ時間軸も100年前から70年前まで、今回より開きがあり、生きて戻ることはほぼ不可能だ。
「となると、もし成功してたら、僕がこの部屋に会いに来ることもあるのか。
いや、パラドックスを考えるとどこかで見守っている?」
不意に周囲を見回すアルト。部屋の窓も開けてみるが、そんな自身の行動は、
未来の自分にはお見通しだと思ってすぐにやめる。どの道確認しようがないではないか。
「僕が旅立った後に、未来の僕と組織が祝賀会でも挙げるのかな。
父さんもそこに混ざって笑っていたりして、母さんも特別な日だから来てくれるかもな。」
過去に旅立つ前に明るい未来を夢想するというのも変な話だが、アルトの憂鬱は少し晴れた。
自分がこの世界から消える虚しさばかり感じていたが、一方通行でも成功が確約されているし、
時間軸的に戻ることも不可能ではないことを意識出来ただけでも良かった。
よくよく考えてみれば当たり前のことだが、当事者として意識が欠如していたのだろう。
最も父さんの態度は自分が100年前や1000年前に行くことになっても変わらなかったかもしれないが。
「40年か。組織の力を借りられれば普通の暮らしが出来るのかな。
40年前の学力ってどんなもんなんだろうな。歴史ではある程度優位に立てるだろうけど、
他は、特に数学何かは全然変わらないかなあ。普遍的なものだし…」
学生らしく、それも優等生らしく過去の暮らしについてまず学力の心配をするアルト。
『何かチフユに聞きたいことある人いるー?』
ライブ配信が知らない間に次の番組に切り替わっているようだった。
画面にはイラスト調のアイドルが映っており、視聴者に尋ねている。
自身が顔出ししないでイラストで代用して配信するスタイルだ。
彼女は年齢不詳だが一体何歳だろう。
『わー、レゴさんありがとう。好きな食べ物はズバリ、ジャンバラヤだよ!』
視聴者の誰かが質問をしたようで、それに答えるチフユ。
彼女にネットを介して投げ銭をすることで、視聴者とチフユは交流が出来る。
人気が高い配信者の場合、その投げ銭の額が大きい順に相手をしてもらえる。
「今までは観る専だったけど…最後ぐらいいいか。」
自身のスマホに残っているありったけの額を投げてアルトはチフユに問うた。
『わー㏍さん初めてだね。ありがとう!何々…タイムトラベルするなら過去と未来どっちとな?』
㏍はアルトのネット上での名前だ。一応守秘義務があるから具体的な話をするわけにはいかないが、
これぐらいは良くある質問の範疇だろう。身内ではない他人の意見を聞いてみたい。
『そういや昔流行ったねータイムトラベルって。あれ、今どうなったんだろうね?
あたしが知らないだけで、皆バンバンタイムトラベルしてんの?』
ユーザーのコメントが流れる。
『しらねー』
『何か結局、失敗したんじゃなかったっけ?』
『いや、成功してなかった?』
そうだ、世間の印象としてはそんな程度なのだ。当時こそセンセーショナルだったが、
今となっては、成功したか失敗したかも曖昧なレベルの認識だ。でも、それでいい。
変に注目されているよりずっと良い。
『まあ、身も蓋も無いこと言うと、チフユはタイムトラベル自体が別にいいかなぁ』
ユーザーの声もそこそこにチフユは話し出す。
『宇宙旅行も今や定番になりつつあるけどあれもちょっとね…』
チフユは宇宙旅行にも消極的だった。
タイムトラベルよりは現実的で、今や一般層でも手の出ない費用でもない。
『んー、基本引きこもりなんだよね。ちょっと遠出すれば海が見えるところに住んでるんだけど、
海行くのすら面倒だから、未来も過去もまあ別にというか。』
「そっか、そういう考え方をする人もいるのか。」
やはり人の意見というのは参考になるものだ。アルトはタイムトラベルを特別視し過ぎていたと知る。
実際特別ではあるのだが、興味が無い人からしたら、海水浴に行くのと同列で扱われるものなのだ。
『まあ、じゃあ拳銃をこめかみに突き付けられて、「過去か未来どっちか行かなきゃ殺すぞ!」
って言われたとしたらで考えるけど、それなら過去かな。』
面倒とは言いつつも、アルトの当初の質問には回答するチフユ。
『過去に行って、タイムトラベルを強要した奴をぶん殴ってやるのさ!「好きにさせろ!」って。』
自分の作った前提をつぶす為に過去に行く決断をするのか。
お金持ちになるとか、ロマンを感じるとか、そういうことを考えていないところに、
チフユの価値観が見えた気がした。
『でも、それじゃあタイムパラドックスになっちゃいますよ。』
アルトが㏍として指摘する。それが成功するならチフユはそもそも過去には行けない。
行けないが、それを阻止したチフユは過去に移動済みのチフユだ。そこに矛盾が生じる。
『あー、それね。チフユはあれややこしくて良く分からないんだー。
あれやっちゃダメとか、これやっちゃマズイとかさ。そんなのいちいち考えたり覚えてたり出来ないよぉ。』
チフユは面倒そうに話す。アルトも実際面倒だと思っている。守るべき条項は多岐に渡る。
当事者がそうなのだ。外野からは尚更だろう。
『でもさ…そんなの律儀に守っているタイムトラベラーなんていないのかもしれないよ?』
チフユは自身だけでなく、全体に対しても言及する。
『過去だか未来だかの前にさ、今この現在で法律守ってない人なんて沢山いるでしょ。
タイムトラベルする人も同じ人間なんだから、そらパラドックスも起こるよ。』
確かに無い話でもない。アルトも過去に行った7人についてそう思った節があった。
何らかの強制力が働くからわざとは出来ないだろうが、
ちょっとしたお金儲けや自身の存在を脅かさない程度のルール違反はし放題かもしれない。
『それじゃあ、世界はめちゃくちゃになっちゃうかもですね。ありがとうございました。』
㏍として回答して会話を締めくくる。チフユに質問したい人は他にも居るのだ。
自分だけが、時間を取り過ぎるわけにはいかない。
『ふふふ、もう世界はとっくにめちゃくちゃなのかもしれないけどね。またね、㏍さーん。』
不穏なことを言ってチフユも切り上げる。確かにいつの誰の目線で見るかで普通は変わる。
この世界はとっくに、これまでの15人のタイムトラベラーの影響でめちゃくちゃなのかもしれない。
こう言っては悪いが、父親より有意義な会話が出来た気がする。
専門的な話は父親の方が知識が豊富だろう。だけど、こうした前提以前の会話が、
自分には足りなかったと今更ながらに思う。恵まれた環境は視野を狭くしていたのだろう。
もう寝よう。
アルトは窓を開けて大きく外に向かって手を振ってみる。
30秒ほどそうして窓を再び閉める。タイムトラベルに成功した自分が遠くから見ているかもしれない。
誰も見ていないかもしれない。だけど、今の自分がそう行動したことが大切なのだ。
背中から生えている4つの触手をしまい、額から発している第三の目の光を落とし、
アルトは布団に入り、眠りにつく。
明日はいよいよタイムトラベルだ。過去の人に自分はどう見えるだろうか。
いや、あまり真面目になり過ぎても良くない、気楽に行こう。
めちゃくちゃな世界をめちゃくちゃ楽しんでやるのだ。




