第98話 帰還
初めて自分の意志で人を殺した。
この事実に、どうしようもなく嫌悪感と気持ち悪さを覚える。だけど、目眩や吐き気などの症状はない。これも超健康の作用なのかもね。
私は子供たちの方を見る。
まだ目覚めていないけど、胸が上下していて、ちゃんと生きているのが分かる。
子どもたちを助けられたと思うと、安心して膝から力が抜けそうだけど、今は休んでいる場合じゃない。
子どもたちを連れて帰らないと。孤児院の先生にも約束したからね。
「二人のおかげでどうにか助けられたよ。ありがとね」
私はアークとエアに向き直り、礼を言って頭をワシャワシャと撫でた。
アークの鼻とエアの風がなければ、ここまで来るのにもっと時間が掛かったはず。その場合、間に合わなかった可能性が高い。
「いいからさっさと帰るぞ、我は腹が減った」
「ピピッ」
「そうだね。だけど、ここから出ないといけないからアークも手伝って」
「ふんっ、仕方あるまい」
アークと分担して子供たちを運んでいく。
「嬢ちゃん、大丈夫か!?」
「あ、はい。大丈夫です」
途中でシルドさんのパーティが私を見つけて慌てて駆け寄ってきた。ぐったりした様子の子どもたちの様子を見て顔を青くして続ける。
「こ、これはいったいどうしたんだ?」
「子どもたちが初心者狩りに襲われていました」
「も、もしかして間に合わなかったのか?」
「いえ、ちゃんと間に合いましたよ。皆、生きてます」
「はぁ……そうか。それは良かった」
話を聞いたシルドさん一行はほっと胸をなでおろした。
シルドさんたちと分担して子どもたちを運んでいく。
「初心者狩りたちは?」
「大丈夫です。もう二度と同じ真似はできないでしょうから」
「……そうか、それなら安心だな」
直接的な言い方はしなかったけど、それだけでシルドさんは察してくれた。
そして、どんよりとした雰囲気を払しょくするように話し始める。
「そういえば、上で騒ぎになってたぞ。ダンジョンの床に穴が開いたってな。あれは嬢ちゃんだろ?」
「あ~、はい、そうですね」
子供たちを助けるのに必死になっていて忘れていた。
「迷宮型のダンジョンの壁や床は壊せないっていうのが常識なんだ。いったい誰がやったんだって話題になってるぜ」
「えぇ……そうなんですね」
「でも、その穴、もうなくなってるらしいぞ」
「え? そうなんですか?」
「あぁ、目撃者が言うには、自然と穴が閉じて元通りになったらしい」
あいた穴が勝手に直るなんてダンジョンは不思議すぎる。
シルドさんが気を遣っていろんな話をしてくれたおかけで、陰鬱な気持ちにならずに済んだ。
そうこうしている内にダンジョンの外にたどり着く。
「ただいま戻りました」
孤児院の中に入り、声をかけた。
「あ、アイリスさん!!」
先生がバタバタとやってきて、私たちの格好を見るなり、血相を変える。
そこで、先に答えを伝えておく。
「初心者狩りに狙われて危なかったですが、子どもたちは全員無事です」
「そ、そうですか、良かったぁ……」
話を聞いた先生は、その場にへたり込んでしまった。
気が気じゃなかったらしい。
落ち着いた後、子どもたちを浄化して布団に寝かせる。
「ん……んん……ここは」
「目を覚ましたみたいだね」
途中でロビン君が目を覚ました。
「ね、姉ちゃん!? え、あれ、俺は初心者狩りに狙われて死んだはずじゃ……」
ロビン君が飛び起きて自分の体を不思議そうに触って確認する。
「生きてるよ、ギリギリ薬が間に合ったからね」
「そうだったんだ……ありがとう、姉ちゃん……そうだ、皆は!?」
「まだ目を覚ましてないけど、無事だよ」
「そ、そうか、良かった……」
私の言葉を聞いたロビン君がホッとため息を吐いた。
「もうっ、本当に心配したんだからね?」
「ごめんなさい。俺が勝手なことしたばかりに……ぐすっ……皆を巻き込んで危険にさらして……」
いつも気丈なロビン君が俯いて布団にシミを作る。
「本当だよ。今回はたまたま間に合ったからよかったけど、次もそうなるとは限らない。二度とこんなことしちゃだめだよ」
「本当にごめん……ぐすっ……俺もう絶対勝手なことはしないよ」
「後で皆が起きたら、ちゃんと謝るんだよ」
「ぐすっ……分かった」
ロビン君の顔には後悔の二文字が色濃く表れていた。あれだけ反省しているなら同じ失敗は繰り返さないはず。
言い方はあれだけど、今回の件はロビン君にとっていい薬になったと思う。幸い誰一人死なずに済んだしね。
「嬢ちゃん、もう帰って休め。ここは俺たちが見てるから。酷い顔してるぞ」
「そう……ですね。分かりました」
私はシルドさんの指示に従って帰ることに。
精神的にもう休みたいと思ってたので、その提案は助かった。
「アイリスさん、この度は子どもたちを助けていただき、ありがとうございました」
「いえ、私は責任を果たしたまでです。それでは」
挨拶も早々に、私はホテルに戻って、アークとエアの食事を手配し、ベッドにダイブした。
もうお風呂に入る気力もない。
「……」
でも、まだ夜にもなってないせいか、ベッドに入ったところで、今日の出来事が蘇って来て眠れなかった。
――ギシッ
「アーク?」
「我もベッドの寝心地を確かめたくなってな」
「ピピッ」
何かを察したのか、アークとエアが私を包み込むように寄り添う。
全く素直じゃない。でも、そのそっけない優しさが、今は凄く心地よかった。
そのおかげか、私はいつの間にか意識を手放していた。
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