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第96話 その願いは虚しくも……

「いえ、今日は休みだったはずですが……」 


 私は孤児院の先生の言葉に困惑しながら返事をした。


「それってもしかして――」

「はい、おそらく子どもたちだけでダンジョンに向かったのかと」

「もうそんな無茶はしないと思ってたんですが……」


 あれだけ口をすっぱくして言ったのにやっちゃうなんて、子供に何かを教えるのって本当に難しい。


 一度助けられて懲りたと思っていたけどな……先生も同じ気持ちだと思う。


 そして、考えられるのは多分――。


「スラム街の子どもたちから挑発されていたので、それが原因かもしれません」

「そういうことでしたか」

「安心してください。私が連れ戻してきます」

「アイリスさんにそこまでお世話になるわけには……」


 勝手にダンジョンに行ってしまった子供たちを助ける義務はない。先生はそれが分かっている。でも、義理はある。


「いえ、これも私の責任ですから。それでは、急ぐので」

「はい……どうか子どもたちをよろしくお願いします」


 孤児院の先生との会話も早々に切り上げて、私はダンジョンへと向かう。


『本当にあの子どもたちを助けにいくのか?』


 その途中でアークが私に念話を送ってきた。


『どういうこと?』

『止められていたにもかかわらず、自分たちだけでダンジョンに行くことを選んだのは、あやつらであろう。どうなろうと自業自得ではないか?』

『確かにアークの言うとおりかもね』


 冒険者は基本的に自己責任。だから、子どもがどうなろうと本人たちの問題。


 私が子どもたちを助けにいくのは、この世界の価値観に照らし合わせれば、おかしいのかもしれない。


『だったら……』

『でも、子どもたちに期待させたのは私だよ。だから、最後まで責任は果たす』


 子どもたちにもっと明るい未来を見せたくて、手を貸したのは私だ。できれば、前世の私みたいにはなって欲しくなかった。


 でも、結果的に事態を悪化させてしまった。その責任は負わないといけないと思う。


『ふんっ、相変わらずお人好しめ』


 アークが不機嫌そうに鼻を鳴らす。


『アークだって、なんだかんだついてきてくれるんだから。本当は心配なくせに』

『ふん、我は契約で縛られているから仕方なくついていってやるだけだ。子どもたちのことなど心配などしておらん!!』

『ふーん、ホントにぃ?』

『本当だ!!』


 私がニヤニヤしているとアークは恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「ピピピピピッ!!」


 アークと念話していると、エアが私の胸をつつく。


 どうやら、エアは念話そのものは感じ取れるけど、まだ念話ができないらしく、一人だけ除け者にされて寂しかったみたい。


「二人で会話するなって? そうだね、ごめんね。エアも一緒に行ってくれる?」

「ピピッ!!」


 エアは「勿論!!」とでも言っているかのように鳴いた。


「そっか、エアもありがと」


 二人に感謝しつつ、私は街中を走り抜ける。


「アイリス嬢ちゃん!? 血相を変えて、どうかしたのか?」


 その途中でシルドさんに遭遇。


「シルドさん、すみません、詳しい話は後で。子どもたちが自分たちだけでダンジョンに潜りました。私はすぐに追いかけます」

「おっ、あっ、そうか、分かった。俺たちも後から追いかける!!」

「ありがとうございます!! それでは!!」


 私は止まらずに、情報だけ伝えた。


『この階にはおらん』

『ありがとう。分かった』


 ダンジョンに潜り、アークの鼻を頼りに子どもたちを探す。


 でも、階段まで掛かる時間がどんどんもどかしくなってきた。


 このダンジョンの床に穴を開けられたらどんなにいいか……。


「開けられたら?」


 そこでふと閃いた。


『どうかしたのか?』

「このままじゃ、奥に行くのに時間がかかるからどうにかできないかと思って」

「まさか……」


 アークは私の考えが分かったみたい。


「そっ、ダンジョンの壁を壊せばいいと思って」

「それは無理だ。我でも壊せぬのだぞ?」

「やってみなきゃ分からない……でしょ!!」


 アークの攻撃では私の体に傷一つつけられない。


 でも、その私の攻撃なら?


 私は全力全開で床を拳で殴りつけた。


 ズズゥウウウウウンッ!!


「な、なんだぁ!?」

「この揺れ……何が起こってるの!?」

「きゃああああっ!!」


 ダンジョンそのものが揺れを起こして、近くにいた冒険者が何事かと騒ぎ出す。


 私が拳を振り下ろした部分にポッカリ穴が空いていた。


「やってみるもんだね」

「ありえん。お前は絶対人間じゃない!!」

「そんなこといいから、早く行くよ!!」

「ピピッ」


 私とエアが穴の中に飛び込むと、焦ったように追いかけてくるアーク。


 真っ暗な穴を通り抜けると、同じような階層だった。


「アーク」

「もっと下だな」

「オッケー」

 

 子どもたちがいないとわかると、同じように床を殴って次の階へ降りていく。


「ここだ。この階にいる。だが、急げ、嫌な臭いの人間たちが近くにある」

「まさか!?」


 それはつまり、人間に襲われてるってこと。多分初心者狩りだ。


「ついてこい!!」


 私の気持ちを察したアークがスピードを上げる。


 迷路を右に左に曲がりながら、必死に子どもたちの無事を願った。


『近いぞ!!』

『了解!!』


 子どもたちを囲んでいる相手に悟られないためか、アークが念話に切り替える。


 そして、角を曲がった道の先に子どもたちがいるのが見えた。


 今世の私の視力はとても良いので、かなり離れているけど、その様子が分かる。


 子どもの手前にガラが悪そうな連中が立っていた。あれが初心者狩りだと思う。


 幸い、今のところ、子どもたちは無事だ。


 でも、ガラの悪い男たちが武器を抜いて子供たちに向けた。


 もう一刻の猶予もない。


 子どもたちは萎縮しているのか、身構えながらも固まってしまっていた。


 ただ、位置的にアークの咆哮もエアの風も子供を巻き込む可能性があって、二人に頼もうにも頼めない。


 後少し、ほんの少しだけでいいから時間が欲しい……。


「駄目……お願いやめて――」


 私の願いも虚しく、男の凶刃が振り下ろされる。


「ぐぁああああああっ!!」


 ロビン君の苦痛の叫びがダンジョンに響いた。

いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。


「面白い」

「続きが気になる」


と思っていただけたら、ブクマや★評価をつけていただけますと作者が泣いて喜びます。


よろしければご協力いただければ幸いです。


引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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