第86話 現実【あとがきにお知らせあり】
『むっ』
もうすぐ人が増える階層に差し掛かるところで、アークが何かに気づいた。
『どうしたの?』
『血の匂いがする』
『モンスター?』
『いや、これは人間の血の匂いだ』
『それじゃあ、すぐに助けに行かないと』
『いや、怪我かどうかまでは判断できぬ。何があるか分からん。気をつけろ』
念話を聞いた私は皆に声を掛ける。
「皆、血の匂いがするみたい。警戒して」
「わ、分かりました」
子供たちが怯えながら私の後ろに回った。そのさらに後ろをアークが挟んで、先へと進む。
『近いぞ』
しばらく歩いていると、アークが血の匂いが近づいていることを知らせた。
数分後、ダンジョンの壁にもたれかかる人や、床に伏せている人たちの姿が見えてくる。
「ちょっと先に行くね。アーク、エア、子供たちを頼んだよ」
「わふっ」
「ぴっ」
私は子供たちを二人に任せて走り出した。
「大丈夫ですか!!」
倒れている人に声を掛けたけど返事がない。
傍に駆け寄って体に触れると、人間の体とは思えない程冷たくなっていて、瞳から光が失われ、体が硬くなっていた。
回復ポーションを使ってみたけど、何も変化がない。
それが意味するのは、この人たちが死んでいるということ。
しかもよく見ると、私とそう年齢が変わらない人たちで、武器防具を身に着けていなかった。
腹部や背中から血を流していて、その傷が致命傷になったように見える。
「うっ」
改めて死体を目の当たりにして、少し息が詰まった。ただ、超健康のおかげか不思議と吐き気はない。
『これは人間の仕業だな』
『え、モンスターじゃないの?』
『明らかに刺し傷だ。狼ではこうはならん』
『確かに』
追い付いてきたアークが彼らの状態を見て念話を送ってくる。
モンスターの仕業だとばかり思っていた私はビックリしてしまった。
「初心者狩りだ……」
子供たちの一人が呟く。
「初心者狩り?」
「俺たちみたいな冒険者になったばかりの初心者の装備を奪って売り捌く盗賊みたいな奴らのことだよ」
生意気な男の子が暗い顔で言った。
「もしかして、死体を見たことがあるの?」
「三度目だよ。ボコボコにされた冒険者たちなら何度も見たことある」
彼らみたいな歳で、誰かに殺された死体を見るなんて、前世ならほぼありえない。
でも、これが異世界の現実なんだろうな。
「それでよく奥に進もうと思ったね」
「稼がなきゃ生きていけないからな」
「……そっか」
彼らは孤児。
たとえ殺されたとしても、生きていくための選択肢がほとんどない。彼らは冒険者をやるしかなかったんだろう。毎日、生きるか死ぬかの博打をしているような状況だ。
一瞬、薬を作るしかなかった自分の環境と重なった。
「この人たちはどうしよっか」
「ダンジョンが吸収してくれるからこのまま放っておいていいよ」
死体はしばらくすると、ダンジョンに吸収されるらしい。
つまり、この人たちは死んでから時間が浅い。まだ近くに初心者狩りがいるかもしれないということだ。
この前の卵泥棒しかり、アークの鼻も万全じゃない。私とアーク、そしてエアが周囲を警戒しながら先へと進んでいく。
その結果、何事もなく子供たちを連れて外に出ることができた。
「皆、お疲れ様。君たちの家に連れていってくれる?」
「あぁ、こっちだ」
生意気な男の子が先導して進んでいく。
アークたちのおかげで気を許しているのか、素直だ。
グレオス商会がある大きな通りから裏路地に入り、人気の少ないさびれた雰囲気の区画に入っていく。
そして、しばらく進んでいくと、前方に補修の手が行き届いていない、教会のような見た目の建物が建っていた。
周りを申し訳程度の塀が囲んでいる。
それを見るだけでミノスの孤児院が資金不足だということが分かる。
「ただいま~」
子供たちが各々挨拶をしながら敷地内に入っていった。
無事に送り届けられて良かった。
「皆、おかえりなさい。無事で何よりだわ――あらっ? そちらの方は?」
庭にいた女性が子供たちを出迎えた。
「この方に危ない所を助けてもらったんです」
「アイリスと申します」
子供たちに紹介されて、私はその女性に会釈した。
「それはそれは、ありがとうございます。でも、どうしてこちらに? もしかしてお礼が欲しいということでしょうか?」
救助されたらその報酬を支払うのが自然。
だけど、彼らはお金なんて持っていないだろうし、そもそももらうつもりなんてない。
「いえ、見ていて危なっかしかったのと、初心者狩りの被害者の死体が残ってましたので、念のため送り届けました。お礼などは不要です」
「そうでしたか。ご親切にありがとうございます」
「それとこれ、食事の足しにしてください」
私はそう言って、借り受けたマジックバッグから狼型モンスターを何体かと、市場で買った野菜類を適当に出す。
シモフリバイソンも出そうと思ったけど、高価な食材であることを考えると、やめた方がいい気がした。
「いいんですか?」
「はい。ちゃんと食べないと力は出ませんし、成長も遅くなりますから。できるだけちゃんとした食事を摂らせてあげてください」
「分かりました。有難く頂戴しますね」
女性は食材を受け取ってニッコリと笑う。
「あっ、それは俺の肉だぞ!!」
「違うよ。私のだよ」
「「何をぉおおお!?」」
私も一緒に食べることになったけど、子供たち同士の喧嘩が絶えず、賑やかだった。
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます。
こんにちは。
ミポリオンです。
この度、カクヨムで開催していた「宮殿から飛び出せ!令嬢コンテスト」にて当作品が早期受賞しました。
まさか令嬢物(?)で受賞できるとは思いもしませんでした。
めちゃくちゃ驚いております。
ひとえに、応援してくださった皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!!
それでは、引き続き当作品をお楽しみください。