第77話 覚悟
「ねぇ、私から盗った物、返してよ」
「まさか追い付かれるとはな。どうやって俺たちを見つけた?」
相手は卵を返そうとせずに、淡々とした声で私に尋ねる。
「いいから早く返して」
私にとって大事なのは卵を奪還すること。それ以外は二の次だ。
返す気がないのなら、その気にさせるまで。
そう思って、彼らに近づこうと足を一歩踏み出した――
「おいっ、動かないほうがいいぜぇ?」
三人のうちの一人がリュックを持ち上げ、ナイフの切っ先をぴたりと押し当てる。
思わず息が詰まる。
いくら私やアークにほとんどの攻撃が効かないとしても、卵は別。
脅しとしては十分すぎる。
とにかく今は時間を稼いで、何か奪還する隙を探さないと。
「それで? 何が望みなの?」
「俺たちを見逃してもらう。もちろん卵は持っていく。追って来たら壊す」
「それはできない相談ね」
折角、私のもとにやってきてくれた卵を、みすみす奪われるわけにはいかない。
この状況をどうにかする手はないの?
今できるのは体を動かすことだけ……あっ、そうだ!!
「お前たちに拒否権はないだろ? 見逃さなきゃ、卵を壊すだけだ」
「……」
私はわざと悔しそうに唇をかむ。
「いい子だ。そっちのブラックウルフも動くなよ? 追って来たら卵を壊すからな」
盗人たちは私たちに背を向け、森の奥へと逃げようと走り出す。
その瞬間、私は渾身の力を込めて地面を踏み抜いた。
――ドゴォオオオオオンッ!!
――バキバキバキッ!!
大地が縦に大きく揺れ、亀裂が走って隆起する。土塊が宙を舞い、木の根が引きちぎれる音が響いた。
『アーク!!』
予期せぬ事態に体勢を崩した盗賊たち。
アークがその隙をつき、一気に駆け寄ってリュックごと奪い返して私のもとへと戻ってきた。
「馬鹿な……何が起こった?」
「分からねぇ、地面がいきなり……!!」
「とにかく逃げろ!!」
もう卵は手元にある。逃がす理由はどこにもない。
「やっ!!」
「ウォオオオオオンッ!!」
私が一人を蹴り飛ばし、アークが残り二人を薙ぎ払う。
「ぐはっ!?」
「がっ!?」
「ぐげぇっ!?」
全員が木に叩きつけられ、地面に転がった。
「殺さないで!!」
私の叫びにアークが足を止める。
代わりに、その前足が盗人たちの足を容赦なくへし折った。
「どうして止めた?」
「色々聞き出さなきゃ」
「生かしておく方が危険だ」
「いいから……」
「ふんっ、仕方あるまい」
私が懇願すると、アークはそれ以上私を追及してこなかった。
「うっ、くっ」
衝撃と痛みで気を失っていた盗人を縛り上げていく。
多分、今後のことを考えれば、アークがやろうとした通り、盗人たちを殺した方がいいに違いない。
卵のことが盗人たちから洩れる心配もないし、駐屯所から逃走されるリスクもない。この三人なら逃走する手段の一つや二つ、持っていてもおかしくなさそうだ。
でも、私は前世が病弱だったこともあり、命の大切さをよく知っている。失えば、二度と戻って来ない。
私は奇跡的に転生することができたけど、他の人も転生するとは限らない。命の重さを知っているだけに、私にはその重さを背負うだけの覚悟がなかった。
縛り終わったところで、リュックの中を確認する。
卵が今まで通り鼓動のように明滅していた。
私はホッとため息を吐く。
無事に卵を取り戻せた。
肩ひもが切れてしまっていたので、新しいリュックに入れ替える。
ずっと背負っていたせいか、背中にあると妙に落ち着く。
「うっ……うう」
「ぎぎっ……ここは……」
「ぐっ……捕まったのか……」
そうこうしていると、盗人たちが意識を取り戻す。
「これからあんたたちを街の兵士に突き出す。罪を償うことね」
「……はんっ、好きにしろ」
観念したのか、盗人たちは抵抗せずに私たちに引きずられながら街へ向かう。
「ばーかっ。敵に背中を見せるとか油断しすぎだろ」
その途中で後ろから私を嘲笑するような声が聞こえた。
「人間!!」
そして、アークの声が後ろから聞こえたと思った瞬間、
――ドォオオオオオオオンッ!!
大爆発が巻き起こった。
後ろを振り返ると、視界は爆風で巻き上がった砂煙に覆われ、何も見えなかった。
「アーク!!」
私は煙に向かって無意識に叫んでいた。
最後の瞬間、アークが私と爆発の間に入った。
もしかしたら、流石のアークもひとたまりもないかもしれない。
「全く、往生際の悪い輩だ。まさか我らを巻き込んで自爆とはな」
砂煙の中、アークが私の前に立っていた。
「アーク!! 無事だったの!?」
「ふんっ、災厄と呼ばれた我がこの程度でどうにかなるはずもなかろう」
「あぁ、良かった……良かった」
全身の力が抜け、アークにしがみつく。
アークを失っていたかもしれないと思うと、胸の奥が締め付けられるようで、涙が溢れて止まらなかった。
「この程度のことで心配されるとは、我も落ちぶれたものだ」
結果的には無事だった。
でも、自分の判断が仲間を危険にさらしたことは間違いない。アークが他の誰かだったら、その誰かは確実に命を落としていたと思う。
だったら、今すぐは難しいかもしれないけど、私も向き合わなきゃいけない。
仲間を危険にさらさないためには、敵の命を奪う覚悟も必要だと。
「ごめんね」
「ふんっ、お前にしがみつかれたところでどうということもないわ」
「ふふふっ、ありがと」
「それよりも、卵は無事か?」
「そうだ、卵……!」
私はリュックの中から卵を取り出した。
卵を確認すると、ひとまず見た目は無事――
――ピシリッ
しかし、次の瞬間、卵に一筋のひびが入った。
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