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第72話 新たな火種(実家:妹バーバラ視点)

 ベッドと二つの椅子だけが並ぶ小さな一室。


「かの者の傷を癒し給え」


 神秘的な雰囲気を纏う少女が、目の前の椅子に座る男の痛々しさの残る深い切り傷に手を翳した。


 光が包み込み、傷がみるみる小さくなっていく。数秒後には完全に塞がって、最初から怪我などなかったかのように綺麗サッパリ消えてしまった。


 これが聖女が持つ力の一つ『癒しの聖光』だ。切り傷程度ならほんの数秒で治してしまう力がある。


「あ、ありがとうございます」


 傷が消えた若い男は、感激した様子で頭を下げた。


「いえ、元はと言えば我が家のミスですから。お気になさらないでください。あまりご無理はなさらないようにしてくださいね」

「は、はい!!」


 バーバラの天使のような微笑みを向けられ、男は顔を真っ赤にして返事をする。


 熱に浮かされたその顔は、今この瞬間に恋に落ちてしまったかのようだ。嫌な顔をせず怪我人を癒し、自分のような下々の人間にも微笑みかけるバーバラの優しさに、心を奪われてしまったのである。


「それでは、次の方」


 若い男は名残欲しそうに去り、バーバラは次の患者の治療を続ける。


「聖女様、ありがとうございました!! これでまた仕事できます!!」

「聖女様、これで身を売らなくても済みます!!」

「聖女様――」


 最初はもっと早く来てくれれば良かったのに、という雰囲気が漂っていたが、治療を終えた時、すっかりバーバラへの感謝の声で埋め尽くされていた。


「皆さまが元気になられたようで何よりです。それでは、まだ仕事が残っておりますので、失礼しますね」


 微笑むバーバラの顔を見て、患者たちは完全に虜になってしまった。


 バーバラはその顔を見て内心ほくそ笑んだ。





 軽傷者の治療を終えたバーバラは別室へと通される。


「これは……」


 包帯まみれになっていたり、手足を欠損していたりしている重傷者たち、がベッドの上でうめき声をあげている。


 先ほどまでの怪我とは比べ物にならない。


「それではお願いできますか?」

「かしこまりました」


 バーバラは命に関わる患者から治療を開始する。

 

「う……ううっ」

「かの者の傷を癒した給え……うっ、くっ」


 先ほど軽傷者や中傷者までと違い、バーバラの顔が苦痛に歪んだ。


 それもそのはず。このスキルは怪我が重ければ重いほど魔力を使い、体調にも影響が出るからだ。


 命に関わる重傷ともなれば、切り傷を治すのとは訳が違う。まるで血を失っているかのように魔力が体内から無くなっていくのが分かる。


 吐き気がせり上がってくるが、グッと堪えた。


「すー、すー」


 ほどなくして、うめき声をあげていた患者の呼吸が穏やかなものへと変わる。


「お、終わりました……はぁはぁ……」


 バーバラは顔を真っ青にしながら告げた。


「おおっ、おおっ、息子の傷が……ありがとうございます!!」


 その患者の父親らしき人が涙を流しながらバーバラに頭を下げる。


 まさか本当に治るとは思っていなかったのだろう。


 感謝の気持ちを受けて、バーバラの心にはこみ上げてくるものがあった。


「素晴らしい……ん? 大丈夫ですか?」

「は、はい、後一人ならすぐに治せます」

「流石、聖女と呼ばれるお方。尊敬すべき心の持ち主だ。それでは、よろしくお願いいたします」

 

 バーバラは辛さを堪えて、また別の患者を治療した。


 ただ、たった二人治療しただけで疲労困憊。バーバラの額にはじっとりと汗が浮かんでいる。その上、めまいや吐き気が襲い掛かってきて、治療を続けられそうにない。


「すみません、少し休ませていただいてもよろしいでしょうか?」

「はい。勿論です。幸い命の危険がある者は治していただきましたし、体調が良くなられましたら、またお願いいたします」

「分かりました」


 バーバラは個室に案内され、ベッドに横になる。


「ふふふふっ、あはははっ、あはははははっ!!」


 人が遠ざかったのを確認した後、バーバラは高笑いをした。


 なぜなら、自分が治療する度に、患者やその周りの人たちの自分に対する態度が変わっていったから。


 彼らは明らかにグランドリア家ではなく、バーバラという人間に頭を下げていた。


 実は、最初は父に慰問に遣わされたことに不満を持っていた。


 なぜ、聖女である私がこんなことをしなければならないのか、下々の穢らわしい人間の回復などしなければならないのか、と。


 表向きは聖女らしく振舞っていたが、本当は関わりたくさえなかった。


 しかし、今は慰問に来てよかったと感じていた。


 なぜなら、今まで全く意識していなかった事実が露わになったからだ。


 元々、身内に病に掛かった貴族の家に父とともに赴き、バーバラの力を使うことで恩を売っていた。


 しかし、今回は父がいない。そのおかげで、感謝はすべてバーバラに対して向けられていたのだ。


 自分に対して不満に思っていた人たちが、優しく振舞うだけで虜になっていく姿は、バーバラに全能感と快感を齎した。


 そこでバーバラは気づく。


 暗殺事件の露呈や低品質の薬の納品によって落ちた家の力などもう必要ない。聖女としてふるまえば、勝手に人がついてくる、と。


 治療行為を利用すれば、もっと多くの人たちを自分の手中にできる。もうあの無能な父に従う必要はない。


 バーバラの口端が大きく歪んでいた。

いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。


「面白い」

「続きが気になる」


と思っていただけたら、ブクマや★評価をつけていただけますと作者が泣いて喜びます。


よろしければご協力いただければ幸いです。


引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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