第71話 南へ
「マジで無事で良かったっす……!!」
「ははははっ、心配かけたな」
宴会は賑わいを増し、笑い声やジョッキを打ち鳴らす音があちこちで聞こえる。
私は隅っこでその様子をぼんやりと眺める。
バルドスさんたちが、他の冒険者たちに慕われている姿を見ると、助けられて本当に良かったと思う。
助けられなかったら、彼らの顔が悲しみで歪んでいたかもしれないからね。
「どうしたのよ、こんな隅っこで」
私のところにロナさんがやってきた。
前世では成人する前に死んでしまったし、今世でもずっと調合部屋に閉じ込められていたので、こうやって大勢で騒ぐイベントに参加したことがなかった。
どう振る舞ったらいいのか分からない。
最初こそ救出の立役者として持て囃されたものの、空鳴が主役になってからは置物に早変わり。
アークと一緒に隅っこに移動して、ちまちまと料理を摘まんだり、ジュースを飲んだりしていた。
『なかなか悪くない……もぐもぐ』
今もアークは満足げに料理を頬張っている。
「こういうのには参加したことがなくて……ロナさんこそどうしてここに?」
ロナさんたち空鳴は今日の主役であり、ここがホーム。まだ話したい人も沢山いるはず。放っておいていいのかな。
「改めてお礼を言いたくて。本当にありがとね。助かったわ」
ロナさんが私の対面に腰を下ろす。
「いえ、相性が良かっただけですから」
「それでもよ。あなたが来なかったら本当に死んでたわ」
「役に立てたのなら良かったです」
「……それでね。あなたさえ、良かったら、ここに定住する気はない?」
「え?」
ロナさんの意外な言葉に驚く。
「この街はあなたにとって過ごしやすいでしょ? 稼ぎやすいだろうし、ここには割と高ランク冒険者が多くて素行の悪い奴も少ないから治安もいい。それにあなたみたいに強くて、薬まで作れる冒険者がいたら、私たちも安心だしね。私たちも便宜を図れると思うし、悪くないと思うんだけど、どうかしら?」
確かにロナさんの言う通り、ただ暮らしていくのならこの街は私にとって最適な街なのかもしれない。適当にアシッドスライムを倒してれば生活にも困らないと思う。
「……すみません」
「そっかぁ、振られちゃった……」
でも、処刑されて全てのしがらみから解放された私にはやりたいことがある。
この異世界を余すところなく見て回りたいという目的が。
「私は全然世界の事を知らないので、いろんな場所を見て回りたいんです」
「そうね、アイリスはこんなところで収まるような小さい人間じゃなかったわ」
「そう意味じゃないんですが……」
「そうかしら? 案外今回のダンジョン踏破みたいに各地で偉業を作って語り継がれるような存在になると思うわ」
「ないですよ」
元々目当てだったダンジョンはクリアしたし、色々見て回ってこの街も堪能した。困っていた人たちも助けられたから、もうここに残る理由はない。
報酬を貰い次第、行ってみたかった南に向かおうかな。
しばらくロナさんと談笑したり、時折やってくる人と話したりして、私たちはホテルへと戻った。
「これが今回の報酬じゃ。空鳴からの分も入っておる」
翌日、冒険者ギルドで報酬を受け取った。
「ありがとうございます。それは全額この辺りの孤児院に上手く使われるように手配してもらえませんか?」
「なんじゃと!?」
「どうせ使い切れないですし、子供には憂いなく育ってほしいですから」
でも、私にはもう割とお金がある。沢山あったところで買いたいものがない。
しいてあげるなら、自動運転してくれる馬車とか、マジックバッグの一番いいやつとか、船や飛空艇みたいな乗り物とかくらい。
でも、そういうのはお金では手に入らない気がするから、持っていたところで宝の持ち腐れ。困っているところに使ってもらうのがいい。
前の街でも運営が大変そうだったしね。食事や衣服、病気の時の備えとして使ってもらえたらと思う。
「全くこんな聖女のような冒険者がおるとは思わなんだ」
「聖女はやめてください。私はただの健康優良児です」
「分かった分かった。ちゃんと然るべき場所に渡るように手配しておく。それと今回の功績を鑑みてCランクに昇格じゃ。おめでとう」
ギルドマスターからおかしなワードが飛び出した。
「依頼をひとつも受けてませんが?」
「ダンジョンを踏破するような冒険者をDランクにはしておけんでの。ただ、Bランク以上になるためには試験を受ける必要がある。試験は各国の王都でしか受けられんから覚えておくのじゃぞ」
「分かりました」
特に高ランクになりたいという気持ちもないので問題なし。
私はCランクに書き換えられたギルドカードを受け取って部屋から出る。
「あれ? 空鳴の皆さん、どうかされたんですか?」
ギルドを出ると、空鳴のメンバーが勢ぞろいしていた。
「嬢ちゃんが、もう街を出ていくって聞いてな。見送りに来たんだよ」
「それはありがとうございます」
「今回は本当に助かった。ありがとな」
「もう何度も聞きましたよ。これ以上のお礼いりませんからね?」
「悪いな。何度言っても言い足りなくてな」
バルドスさんの言葉に他のメンバーも頷く。
「これは私たちからの個人的なお礼。旅の役に立つと思うわ」
ロナさんが私の前にやって来て何かを差し出した。
見た目はただの指輪。でも以前村で貰ったマジックトイレによく似ている。
「これは?」
「マジックバスルームよ。旅先でもお風呂に入れるの。ちゃんと外から見えない個室になってるから便利よ」
なんとマジックトイレのお風呂バージョンがあったみたい。
浄化のオーブでも綺麗にできるけど、やっぱりシャワーやお風呂で体を洗いたくなる。あの感覚は浄化のオーブでは味わえない。
とてもありがたいアイテムだね。
「いいんですか?」
「まだあるから問題ないわ。これでも高ランク冒険者で色々持ってるからね」
「分かりました。ありがとうございます」
彼らの好意は素直に受け取っておく。
「あっ、忘れてた。これを南の街の『グレオス商会』で見せるといい。便宜を図ってくれるはずだ」
バルドスさんが紹介状らしきものを差し出した。
「何から何までありがとうございます」
「いや、世話になったのはこっちだからな。せめてもの恩返しってやつだ。それと、いつでも連絡してくれ。すぐに駆け付ける」
「はい。その時はお願いしますね。それでは、またどこかで」
「おうっ、それじゃあな」
「君が居てくれて本当に良かった。ありがとね」
「いつでも戻ってきてくれていいからね」
「また会いましょう(卵のことは誰にもいいませんから安心してください)」
彼らに別れを告げ、私たちはモスマンの街を後にした。
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