第07話 魅惑のもふもふと今の顔
「あ、火が付いてる」
水浴びから戻ると、焚き火が点いていた。
「久しぶりに火が見たくなっただけだ」
「そっか、ありがとね」
「やめろ」
裸のまま抱きついて感謝を体現するように頭をぐりぐりと擦り付けると、アークは私を振り払うように身じろぎする。
でも、そんなに力が込められてないから本気じゃないのが分かる。
それにしても、外で焚き火だなんてキャンプみたい。
病院のベッドの上でキャンプを題材にしたアニメや漫画を見てからずっとやりたかった。でも、私はそのまま死んでしまってその願いは叶わなかった。
その願いがこんな風に叶うだなんて夢にも思わなかったなぁ。転生して本当によかった。
「いいから早く服を干して火の傍にいろ」
「そうだね、忘れてた」
私は適当な木の枝に元々着ていたワンピース風の服を干し、さりげなく用意された座りやすい大きな石の上に腰を下ろす。
「我も水を浴びてくる」
「あ、ごめんね。私のせいで」
アークの背中の一部に毒沼っぽい液体がついている。
私が乗っていたところだ。私が先のことを考えもせずにそのまま毒沼に入ったせいでこうなった。ちょっと反省しないと。
「知らん。ただ、我が水浴びしたかっただけだ。戻ってくるまで裸でふらふらどこかに行くなよ」
「私を何だと思ってるの? 行かないよ!!」
でも、アークはそんな私にも気を遣わなくて済むように接してくれる。今世ではこんなに優しくしてくれる人はいなかった。
その心遣いが嬉しい。相棒がアークでよかった……後でいっぱいもふもふさせてもらおっ。
「おかえり」
「久しぶりの水浴びはなかなか気持ちいいな」
「それはよかった。でも、全然濡れてなくない?」
さっぱりしてご機嫌なアーク。でも、毛が完全に乾いている。体を震わせて水分を飛ばしてもこうはならないはず。
「濡れてるのは気持ち悪いからな。水分を飛ばした後、軽く走って乾かしたのだ」
「へぇ、そんなこともできるんだ。凄いねぇ」
「そんなことで褒められても嬉しくないわ!! それより服は乾いたのか?」
「全然だね」
尻尾を見れば喜んでいるのはすぐ分かる。だけど言わないでおく。
服はできるだけ絞ったけど、まだ乾かない。一晩くらいはかかりそう。
「今日はそのまま寝るつもりか?」
「うん。まぁ、大丈夫でしょ。超健康なら死なないだろうし」
アークが見張ってくれてるから周りに人はいないし、裸で寝たところで風邪を引いたり、お腹を壊したりもしないから問題ないはず。
ただ、ちょっとスースーするけど、程よい解放感と背徳感があって新しい扉を開いちゃいそうだけどね。
気をつけないとヤバそう。
「ふんっ、仕方あるまい。本当に仕方ないから我の腹を貸してやろう」
「えぇえええっ、いいの?」
そんな提案をしてくれると思っていなかったので驚いた。その辺に寝かされるとばかり。
「そう言ってるだろう。我の寛大さにせいぜい感謝することだ」
「うんうん、感謝する。感謝するよぉおおっ」
私はまたアークのお腹に飛び込んだ。
「ぐほぉっ!? い、いったいその力はどこから出てくるんだ!?」
「うへへへっ、もふもふ気持ちいい」
誰かが何か言ってる気がするけど、もう何も聞こえない。
アークのお腹は背中側の毛よりもふわふわでめちゃくちゃ柔らかい。今の私はアークのお腹に夢中だ。
お腹に顔を突っ込んでクンカクンカする。
水浴びしたせいか分からないけど、全然獣っぽい匂いがしない。どちらかと言えば、干されてふかふかになったお布団の匂いだ。
とっても気持ちがいい上に癒される……あぁ、至福。
「お、おいっ、誰もそこまでしていいとは言ってないだろ!!」
「うぅうううううっ」
「や、やめろぉおおおおおっ!!」
私はアークのお腹の毛に包まれながら、いつの間にか意識を失っていた。
翌日。
目を覚ますと、空気の冷たさは和らぎ、森の中はすっかり明るくなっていた。
「私ってこういう顔してたんだ……」
顔を洗いに行った時に、水面に反射する自分の顔をマジマジと見つめる。
今世ではひたすらに働かされ続けていて、鏡を見る時間も、身だしなみを整える時間もなかった。
だから、こうやってしっかりと自分の顔を見るのは幼い頃以来。
銀髪に近いプラチナブロンドのロングヘアーにクリアグリーンの瞳。
ハッキリ言って、
「めちゃくちゃ美少女過ぎん?」
思わず口に出てしまった。
ずっと調合させられていたせいで実年齢は分からないけど、多分十五〜十六歳くらい?
アニメの美少女キャラがリアルに飛び出してきたってくらい顔が整ってる。こんなに可愛いのに冷遇されてたってどういうこと!?
とりあえず前世の自分の顔がチラついてあんまり実感がないけど、少しずつ慣れてくしかないかな。
「ふがっ?」
「おはよう」
「う、うむ。よく眠れたか?」
「うん、おかげさまで」
乾いていた服を着て戻ると、アークがちょうど目を覚ました。取り繕うように涎を拭って顔を整えている。
可愛い。間抜けな寝顔も可愛いかったことは心の内に留めておこう。
「今日は街に行くんだな?」
「うん。谷からできるだけ遠くの街に行きたいんだけど、また乗せてくれる?」
「ふんっ、人間は遅いからな。仕方ないから乗せてやる」
「それなら、西がいいかな。確かこの国よりも大国で穏やかな国だったと思うから」
「ふむ、それなら早速行くぞ」
「うん、お願いね」
私たちは森を後にして西へと旅立った。
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