第61話 吸引力が変わらないただ一人の人間
すぐ目の前に落ちてきたそれはアシッドスライムと同じように酸を飛ばしてきた。
――ビュッ
「うわっ、危なっ!!」
その巨大な粘液はしかもその射出量が段違い。大きく避けないと避けられない。
私は思い切り横っ飛びしてどうにか当たらずに済んだ。ゴロゴロと転がって起き上がると、落ちてきた存在を見据える。
粘液はゆっくりと姿を変え、十メートルを超える巨大な楕円形になった。よく見ると、真ん中にアシッドスライムの核を何十倍も大きくした核のようなものがある。
どうやらスライムみたいだね。
――ビュッ
――ビュッ
――ビュッ
酸を回避しながらアークの傍まで戻る。
「おおっ、あやつはアシッドキングではないか!!」
アークが目を輝かせた。
「アシッドキング?」
「うむ。いうなればアシッドスライムの親玉みたいなやつだな。あやつは自ら子のアシッドスライムを生み出して無限に増殖する」
「じゃあ、一階にアシッドスライムが溢れているのは、あれのせいってこと?」
「おそらくはな」
道理で途中にアシッドスライムが多いわけだよ。
基本的にダンジョンのモンスターはダンジョンが生み出す。でも、別にそういうモンスターがいるのならこれだけ増えているのにも納得できる。
もしかしたら、長年アシッドスライムを倒す人がいなかったせいで、アシッドキングが生まれたのかもしれないね。
ただ、これだけ大きいと核に手が届かないから倒しようがない。
「どうやって倒すの?」
「基本的には巨大なアシッドスライムだ。攻略法は変わらん。どれ、我が相手をしてやろう」
アークがヤレヤレという雰囲気を出しつつ、にやけた顔を隠せない様子でアシッドスライムに駆け出した。
――ガブリッ
そして、一噛み。アシッドキングの体積が大きく削れた。
でも、その直後にあっという間に再生してしまう。
アークが噛む。再生する。噛む。再生する。噛む。再生する。噛む――
繰り返していたら、お腹をポッコリさせたアークが幸せそうな顔で戻ってきた。
「うむっ、我はもう満腹だ」
「え、ちょっと、倒せてないじゃん!!」
「我は腹いっぱいゆえ、お前が倒せ」
「そんなこと言われても……」
私の言葉を無視してアークはその場に寝そべって大きなあくびをして眠り始める。
最悪真っ裸になって中に入れば倒せなくないとは思うけど、そこまで恥じらいを捨ててはいない。
どうしたらいいかなぁ……。
私はできる限り装備を外してアシッドキングに近づいていく。
あっ、そうだ。今日は倒す方に夢中になっていた。ひとまず食べてから考えよう。
「あむっ」
一口食べると口いっぱいにフ〇ンタの味が広がる。うんうん、やっぱり美味しい。いちいちかぶりつくのも面倒になってアシッドキングの体に吸い付いた。
――チューッ!!
思い切り中身を吸いこむ。
――ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ
あぁ~、この炭酸を飲んでいる感覚。病みつきになる。それでいて、喉が痛くなって飲めなくなることもないし、体も再生するから無限に飲める。
私は夢中になって吸い込み始めた。
ん?
時折飛ばしてくる酸を躱しながら食べていると、少し違和感に気づいた。
あれ、少し小さくなってる? 最初は吸っても吸っても回復していたけど、もしかしたら再生量や速度に限界があるのかも。
幸い私は超健康のおかげでいくらでも食べても満腹にならない。
――ゴクゴクゴクゴクッ
そのまま飲む速度を上げていく。
相手も負けじと再生していくけど、私の衰えない吸引力によって、どんどんその体積を減らしていった。
その結果、アシッドキングは海に打ち上げられたクラゲみたいな姿に。
「ピギッ」
そして最後に、中から核を抜き取ったら再生しなくなった。
「ふぅ……」
これでなんとか討伐完了かな。良かった。女としての尊厳が守られた気がする。
「やはりお前は人間ではないであろう」
「人間だよ!!」
「まだ言い張るのか」
「ずっと言い張るよ!!」
でも、人としての尊厳は守れなかったかもしれない。まぁ、人間離れしているのはもう大分自覚してるので、これ以上傷を抉らないでほしい。
私は複雑な感情を抱えたままダンジョンの外に出た。
ギルドで受付に座っていたソルトさんに話しかける。
「ソルトさん、こんにちは」
「アイリスさん、こんにちは。どうかされましたか?」
返事に、まだ依頼を受けたばかりですよね? という疑問が含まれていた。
「依頼を終わらせてきました」
「え、本当ですか?」
「はい。これがアシッドリーフですよね?」
私はマジックバッグの中からアシッドリーフを取り出して応える。
「これは確かに。まさかその日の内に取ってきてくださるとは思いませんでした」
「アークがやる気を出してくれたので。それでいくらか報告もあるんですが……」
そんなことよりも、アシッドスライムの大量発生のことが気になっていた。
その辺りの情報の共有をしておきたい。
「そうですか。それでは移動しましょうか」
ソルトさんがカウンターの内側から出てきて、昨日と同じように先導していく。
――バンッ
しかし、その途中でけたたましく入口のスイングドアが開かれる音が響き渡った。
ギルド内にいた人たちが全員足を止め、音がした方を見る。
「た、助けてくれ!!」
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