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第56話 世の中には知らない方がいいことがある

「ふんっ、何を喚いている。我にこのようなガスは効かぬ」


 中に飛び込むと、アークの呆れるような声が聞こえてきた。


 奥からゆっくりと私が見える位置まで近づいてくる。無事な姿を見て安心した。


「そうなんだ。良かったぁ。それにしてもこのガス止まらないね」


 さっきからずっと煙が出っぱなしで止まる気配がない。部屋中に煙が充満して、すぐ側にいるアーク以外何も見えないくらいだ。


「中に誰かが居る限り、出続けるのかもしれんな」

「そりゃあ、宝箱を開けるだけでも大変だね」


 宝箱にも罠かあるかもしれないし、この部屋のために用意されたモンスターが襲ってくるかもしれない。視界を奪われた中で宝箱を開けるなんて自殺行為だ。


「だろうな。それよりお前は何ともないのか?」

「んー、特にないね?」


 アークに尋ねられて体のあちこちを確認してみるけど、特に異常はない。


「ふむ。匂いもおかしなところはない。ガスには毒などは入っていないようだ」

「じゃあ、いったいなんで誰も取っていないんだろうね?」

「知らぬ」


 ここの宝箱が取られていない理由が分からない。ガスになんの毒性もなくて、視界を塞ぐだけなら誰かが取っていてもおかしくない。


 無味無臭で毒じゃない……だけど、誰も取らない……。


「あっ!!」


 私はハッとした。


「どうした?」

「もしかしたら、だけど、一酸化炭素濃度がすんごく上がってるのかも」

「一酸……なんだそれは」

「簡単にいえば、空気を吸って生きている生物には物凄い毒になる成分かな」


 一酸化炭素なら毒に分類されなくて耐性が適用されない可能性がある。それに、これだけガスが出続けているのなら濃度も相当高い。


 人間ならすぐに意識を失ってもおかしくない。それって、つまり何の対策もなくここに入ったら、ゲームオーバーってことでは?


 この世界にガスマスクがあるか分からないし、気体の概念があるのかも分からない。でもこれなら、怖くて近づかなくなるのも頷ける。


 でも、超健康にはそれさえも効かないらしい。つくづく超健康でよかったぁ。


「なるほど。それならば確かに知らねば対策のしようもないか……やはりお前は人間を辞めているようだな」

「んー、否定できない……」


 これに関しては言い訳のしようもない。


「それじゃあ、宝箱開けてみよっか」

「ふんっ、好きにしろ」


 私は手探りで宝箱を探し、ワクワクした気持ちでその蓋を開けた。


 ――キンッ


 その瞬間、私の顔に何かが当たった感触がある。見えないから躱せなかった。


「わっ!?」

「毒針の罠が仕掛けられていたようだな」

「なにそれ、こわっ……」


 一酸化炭素だけに飽き足らず、毒針トラップまであるなんて。絶対この宝箱は取らせないぞ、という強い意志を感じる。


「随分手が込んでいるな、ここの罠は」 

「さぞかし良い物が入っているんだろうね!!」

「いいから、早く取り出してみろ」


 私は期待を胸に宝箱の中に手を突っ込んだ。


「ん~?」

「今度はなんだ」

「何もないような……あっ、あった!!」


 手探りで中を調べていると、小さい硬質な何かを見つけた。


「なんだったのだ?」

「これ、ただの金貨じゃん……」

「ぶはっ……」


 あんだけ凶悪なトラップがあったのに入っていたのは金貨がたったの一枚……。


 ここはダンジョンの一階だし、こんなものなのかもしれない。でも、これってあんまりにあんまりな結果な気がする。


 今まで何人の人が一縷の望みをかけてこの宝箱に挑んだのか分からないけど、あまりに浮かばれない中身だった。


「わーっはっはっはっ!! まさか中身が金貨一枚しか入っていないとは。わーっはっはっはっはっ!!」


 アークはツボに入ったのか大笑いして転げまわる。


 これは、外の人たちに中身のことは言わない方がいいかもしれないね。がっかりすること間違いなしだよ。世の中には知らないほうがいいこともある。


 私は宝箱の蓋をそっと閉じて、手探りで部屋の外に向かう。


「ほらっ、さっさと行くよ」

「ぶはっ、ちょ、ちょっと待て、ぶわっはっはっ!!」


 アークは変なツボに入ったせいでしばらく腹を抱えながら、変な歩き方をしていた。


「まさか、アークがそんなに笑うとは思わなかったよ」

「我とて笑うことくらいある」

「へぇ~、意外だね」


 普段こんな風に笑うことがないので、新しい一面が見れてなんだか嬉しい。


「こっちは木の棒?」

「こっちは石ころ?」

「こっちはピュリア草?」


 それからも空いてない宝箱を結構見つけたけど、中身はどれもしょぼいものばかり。一階の宝箱に期待してはいけないという教訓を得た。


 世の中そんなに旨い話はないってことだね。


「モンスター、全然いないね」

「うむ。かなり薄い匂いしかせんな」


 ここまでモンスターと一度も遭遇してない。


 アークが鼻をヒクヒクとさせて辺りを見回す。一階にはあまりモンスターがいないのかもしれないな。


 ダンジョンに潜ってからもう結構良い時間。時計とかないから分からないけど、そろそろ切り上げてもいいかもしれない。


 そんな矢先だった。


「あっ、スライムだ!!」


 ようやくモンスターにエンカウントした。

いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。


「面白い」

「続きが気になる」


と思っていただけたら、ブクマや★評価をつけていただけますと作者が泣いて喜びます。


よろしければご協力いただければ幸いです。


引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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止めているー>辞めている、に表記が変更されたのかな
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