第51話 善意
「よっこいしょ……ふぅ」
山を越えて邪魔にならないところに大きな岩を下ろす。
これで大丈夫かな。
「嬢ちゃん、たまげたよ、ありがとな!!」
「ありがとう。おかげで用事に間に合いそう」
「折り返さずに済んで助かったよ」
「いやぁ、あなたはこんなに凄い人だったんですね!!」
後ろからついてきていた旅人たちが口々にお礼を言いながら私を取り囲んだ。
役に立てたようで何より。皆が笑顔になっているのが嬉しい。
「あぁ~、いえいえ、このくらい気にしないでください」
「そうはいかん。これを礼として受け取ってくれ」
「私もこれをあげるわ」
「俺からはこれをやろう」
「僕たちからはこれを」
『俺も俺も』
しかも言葉だけじゃなくてお礼の品まで出してくる。
「こんなに受け取れませんって!!」
「いーや、ちゃんと受け取ってもらうぞ!!」
どうにかして断ろうと思ったけど、全員押しが強くて断り切れなかった。
腕の中が彼らからもらった食材やアイテムで一杯。今にも溢れてしまいそう。
「またな、嬢ちゃん!」
「また会いましょうね」
「それじゃあね」
「どこかのダンジョンで!!」
私はバランスを取りながら、にこやかに笑う彼らの背中を見送り、アイテムをマジックバッグに仕舞い込む。
ラビリス共和国側の関所は何事もなく通過できた。
門をくぐると、どこまでも見渡せそうな平原が広がっている。ここまでだだっ広い景色は見たことがない。世界には本当にいろんな場所があるんだなぁ。
『それじゃあ、いこっか』
『ふむっ。一人お前を待っているようだぞ?』
『あれ?』
アークの言葉で周りを見渡すと、大岩の前にいた身なりの良い男性が立っていた。三十代後半で恰幅が良い。多分商人あたりかな。
側に馬車がある。多分その持ち主だ。
私を見ている。
「あれ? もしかして何か用ですか?」
「あ、あぁ、いや、お嬢ちゃんには世話になったからお礼をしたいと思ってな。せめて街まで送らせてももらえないか?」
「あぁ~、えっと?」
なんともわざとらしいというか、どこか焦っている感じで返答に困る。
『ふんっ、何か隠しているようだが、悪意はない。問題あるまい』
「分かりました。それじゃあ、乗せてってもらえますか?」
「あ、あぁ!! ま、任せてくれ!!」
受け入れたら、おじさんは露骨に安心したような表情になった。
いったい何を隠してるんだろう。まぁ、変なことさえされなければいいか。
「それじゃあ、ちょっと狭いが、荷台に乗ってくれ。勿論従魔も一緒で構わんよ」
おじさんは乗りやすいように荷物を片付けてスペースを作ってくれる。引きつった笑みが気になるけど、私とアークは何も言わずに乗り込んだ。
『おじさんは本当にどうしたのかな?』
『分からん。だが、あの男が感じているのは恐怖だ』
『怖がらせるようなことした覚えはないんだけど……』
『大岩をあんな風に持ち上げたからではないか?』
『それなら他の旅人だって同じでしょ?』
『うーむ』
私たちは何が起こっているのか分からないまま馬車に揺られていく。
おじさんは何を怖がっているんだろう。
「疲れただろう? ここで少し休憩にしよう」
「分かりました。私も何かお手伝いしますね?」
「あぁいや、君は何もしなくていい。私がするから。ゆっくりしていてくれ」
休憩と言えば、軽食を獲ったり、何か飲み物を準備したり、準備が必要。
できることがあると思って馬車を降りたんだけど、おじさんは焦った様子で近づいてきて、私に念を押した。
でも、そんな風に言われても、私は疲れないし、おじさんにばかり何かをさせるのは申し訳ない。
「いや、でも……」
そう思って食い下がろうとしたけど、おじさんは有無を言わさぬ口調で言った。
「本当に大丈夫だから。私に任せておいてくれ。いいね?」
「……分かりました」
結局、軽食や飲み物の準備、簡易テーブルセットの設置まで全ておじさんがやってくれて、私は何もさせてもらえなかった。
その後もことあるごとに、
「甘い物は食べたくないか?」
「腰が痛くないか?」
「喉は乾いてないか?」
などと、執拗に尋ねてくる。
いったい、何に怯えればそんなことをしてくることになるんだろう。
そして、日が暮れる前に街が見えてくる。また野宿するつもりだったけど、今日中に街につけそう。
街の入口までやって来ておじさんの順番が回ってくると、なんと顔パス。
「どうぞお通りください」
「ありがとう」
私も身分証の提示さえ求められないまま街の中に入ることができた。
でも、私を降ろさないまま進んでいくのでおじさんに声をかける。
「ありがとうございます。もうこの辺りで大丈夫ですよ?」
「いや、今日は最高の宿を取らせてもらう。ぜひ泊っていってくれ」
見返りを求めない善意がそろそろ怖くなってきたので遠慮したい。
「いえいえ、そこまでしていただく理由なんてありませんから。大丈夫ですって」
「そんなことはない。私には十分な理由があるんだ。どうか泊ってくれないか?」
でも、そんな風に言われると断りづらい。
「……分かりました。お言葉に甘えさせていただきますね。ありがとうございます」
「いや、これは私の礼なのだから、君からは礼など不要だよ」
そう言いながら、おじさんは笑った。馬車のまま街中を進み、すんごく大きくて歴史を感じさせる建物の前で馬車を停める。
「少し待っていてくれ」
おじさんはそれだけ言うと、建物の中に入っていき、すぐに戻ってきた。
「話は通しておいたから、好きなだけ泊っていってくれ」
どうやらここがおじさんが言っていた宿みたい。
めちゃくちゃ高そう。まだ申し訳ない気持ちになる。
「いや、それは流石に……」
「いいから私のためと思って、頼む……!!」
「わ、分かりました」
でも、懇願するようなおじさんの態度の頼みは断り切れそうにない。私とアークはこの宿に泊まることになった。
「それでは、私は失礼する」
「はい、ありがとうございました」
おじさんはやり切ったという満足げな表情で去っていく。
『本当になんだったんだろうね?』
『分からん。だが、この宿も怪しいところはない。泊っても問題あるまい』
『そっか。それならせっかくだし、豪華な宿を堪能させてもらおうかな』
少し釈然としないまま、私たちは馬車が見えなくなるまで見送った。
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