第41話 幕開け(実家視点)
「くそっ、終わらない……!!」
ノーマンは、回復ポーションを必死に調薬しながら悪態を付く。
――コンコンッ
「どうぞ」
「失礼しますよ、ノーマン殿」
ノックして入ってきたのは、執事のバードン。
ノーマンは苛立ちを隠し、振り返って笑顔で尋ねた。
「バードンさん、いかがされましたか?」
「それがですね、最近ポーションの品質に対する苦情が来るようになりまして。ノーマン殿に限ってそんなことはないと思うのですが、念のため確認しにきた次第です」
その言葉を聞いてノーマンに心臓がドクンとひと際大きく跳ねる。
当然だ。心当たりしかないのだから。
しかし、そんなことはおくびにも出さずに返事をした。
「あはははっ、何をおっしゃってるんですか。しっかりと調合していますよ。品質に不備なんてあるはずありません」
「そうですよね。優秀なノーマン様が、前任者の役立たずよりも仕事ができないなどありえません。旦那様もそうおっしゃっておられましたが、一応伝えておこうと思いまして。ご不快に思われたのでしたら、謝罪いたします」
バードンが深々と頭を下げる。
ノーマンの良心を揺さぶるが、非を認めることはできない。
「い、いえ、とんでもありません。より一層品質には注意させてもらいますね」
「はい、よろしくお願いいたします」
どうにか切り抜けた。
ノーマンは内心でホッと安堵する。
しかし、本当の地獄はここからだった。
「それで、実は旦那様より、農作物の不作に効く成長促進剤を作ってくださるように、との伝言を賜っております。お願いできますか?」
「成長促進剤……ですか?」
聞きなれない言葉に、ノーマンはきょとんとした顔になる。
「はい。無能な前任者でも作れたのですから、ノーマン殿なら簡単でしょう?」
「そ、そうですね」
しかし、そう言われてしまっては話を合わせるしかない。
「それでは、明日までにお願いしますね」
「明日!?」
「何か?」
「い、いえ、なんでもありません」
「いつもの時間に薬を取りに参りますので、それまでにご用意をお願いいたします。では、失礼いたします」
バードンは言うだけ言って部屋から去っていった。
その背中をぼんやりと見送るノーマン。
――バタンッ
「ふざけんなぁあああああっ!!」
バードンが去ってからしばらく経った後、ノーマンが家具を思い切り蹴飛ばした。
なぜ、それほど荒れているのか。
「成長促進剤なんて調合できるかぁ!! そんなのは薬師じゃなくて錬金術師の領域だっての!!」
それは、明らかに薬師の領分を逸脱した仕事だったからだ。
薬師とは、あくまで人を治す薬を調合するのが仕事だ。それ以外は専門外。
しかし、この家の誰もが、それを分かっていなかった。
「はぁ……」
しばらく物に当たり散らしたノーマンは、やけくそになってその場に寝そべる。
グランドリア家は気に留めてないが、薬の品質が低下によって苦情が来ている。
ノルマを達成するために、他の全てを犠牲にしたんだから当たり前の結果だ。
その上、全く門外漢の調薬。もう限界だった。
「こんなところからおさらばしよう」
そうと決まったら、ノーマンの行動は早い。
全ての作業を放り出し、調合施設内部にある自室に向かう。
「俺は何も悪くない。悪いのは何も知らず、俺に無理な依頼をしてくるあいつらだ。俺は何も知らない」
◆ ◆ ◆
バードンが執務室で報告を行う。
「ノーマン殿は引き受けてくれたか?」
「はい。明日にも納品していただける予定です」
「そうか、それは重畳」
ハロルドは軽く口端を吊り上げた。
指示を出したのは、生育に悩んでいるという他家の噂を聞きつけたからだ。
成長促進剤を売りつければ、恩を売れる上に、今後贔屓にしてもらえる可能性が上がる。これまでも、そうやっていくつかの家に手を貸してきた。
商機を逃す手はない。
――ドンドンドンッ
「入れ」
「失礼します!!」
慌てた様子で侍女が室内へと入ってきた。
「どうしたのだ。ノックが乱暴ではないか?」
「申し訳ございません。すぐにお渡ししたい物がございまして」
「これは……」
ハロルドは不機嫌になったが、侍女が持ってきたものを見て目の色を変える。
それは何十通ものの手紙。しかも、それぞれが立場ある商会や貴族から、ハロルドに宛てられたものだ。
毎日手紙が届くが、これほどの量が一度に来ることは少ない。
ハロルドは恐る恐る手紙を開く。
「馬鹿な……」
そこには、ポーションの苦情がびっしりと、怒りに満ちた筆致で描かれていた。
他の手紙にもほとんど同じ内容が。
それだけでなく、その中には傷が悪化したという苦情まであった。しかも、最後の一通には、身内の一人が死んだという内容が記載されている。
以前は根も葉もない噂だと断じて気にも留めなかったが、これだけ多くの苦情が届けば、勘違いや気のせいではない。
「いかがいたしました?」
「ノーマン殿を呼べ、今すぐに!!」
「はっ、かしこまり――」
――ドンドンドンドンッ!!
事態を把握するためにノーマンを呼びに行かせるハロルド。しかし、先ほどやってきた侍女以上に激しく扉を叩かれた。
「今度はなんだ!? 入れ!!」
「失礼いたします!!」
声を受けて、使用人がバタバタとハロルドの前まで息を切らせてやってくる。
「どうした!!」
「ワ、ワイズマン商会の方が、今すぐ旦那様に会わせろと、おっしゃっています。いかがいたしますか?」
ワイズワン商会は、国の中でも大手の商会の一つ。
「な、ん……だと……」
ハロルドの顔が吸血鬼のように白さを増した。
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