第40話 禁薬の魔女伝説
翌日。
私たちは、村を発とうとしていた。
朝にもかかわらず、村人総出で見送りに来てくれている。村長さんが頭を下げると、他の人たちも深々と体を折り、子供たちもそれを真似した。
「この度は本当にありがとうございました」
「頭を上げてください。私は自分にできることをしただけですから」
「それでは、せめてものお礼にこれをお持ちください」
頭を上げた村長さんが差し出したのは、何かが入った大きな袋。
「いえいえ、そんなの受け取れませんから」
村の惨状を見過ごせなくて、自分のやりたいことを勝手に押し付けただけ。マリンダさんはああ言ってたけど、見返りを求めるつもりはない。
それに、好転の兆しはあるにしろ、今はまだ予断を許さない状況。何を用意したのか分からないけど、村から何かを受け取るのは心苦しい。
「そう言わずに。私どもからの気持ちですので。それに、これは冒険者をしていた者が残していった、旅に役立ちそうなアイテムと、村の者たちが持ち寄ったものです。ですから遠慮は無用。どうかお納めください」
「……分かりました。有難く頂戴します」
この申し出を断るのは失礼かな。
この村がこれ以上困窮する状況にならないなら、受け取っておこう。
傍にあった馬車の荷台に受け取った袋を載せ、御者席に乗り込む。
「それでは、あなた方に幸多からんことを」
「皆さん、お元気で」
「またな」
こうして私たちは、思った以上に長居することになった村を後にした。
◆ ◆ ◆
アイリスが旅立って数日後。
「うぉおおおおおおっ、なんじゃこりゃあああああっ!!」
「どうしたどうした、うぉおおおおおおおっ、なんじゃこりゃあああああっ!!」
「なんだなんだ、うぉおおおおおおおっ、なんじゃこりゃあああああっ!!」
村では驚きの声が相次いだ。
それもそのはず。畑に青々とした光景が広がっていたから。
今年は不作で実りが少なかった上に、ファングボアの群れに荒らされて無残な状況になっていた。
それをどうにか耕し直して種を植え直したのが昨日のこと。
しかし、次の日に畑を見たら、この通り。
「いったい何がどうなったって言うんだよ!?」
「そんなもん原因はひとつしかないだろ?」
これまでと違うのは、アイリスが作った薬を畑に撒いたこと以外にはあり得ない。
「もしかして……筋女様か!?」
「それ以外考えられないだろう」
確かにアイリスのおかげでファングボアの脅威は遠ざかり、村の土壌が改善したのを目の当たりにしたが、誰もここまでの効果を予想できなかった。
村人たちは少しずつ育ってくれればいいと思っていたが、すでにそれほど間を置かずに収穫できそうなくらいに作物が育っている。
支援物資が届いたとはいえ、しばらくは苦しい生活を余儀なくされると思っていた村人たち。しかし、そんな不安はたった今、全て吹き飛んでしまった。
これで、子供たちにひもじい思いをさせることもない。
「こうなりゃ、もっと畑を耕すぞ!!」
「おうっ、人呼んでくるわ!!」
村人たちは総出で全ての畑を耕し、すぐに種を植えた。
その結果、どの種も同じようにたった一日で凄まじい成長を遂げ、それから数日で作物を収穫することができた。
しかも、そのどれもが、村を開拓して以来最高の出来と言える物ばかり。
その日、村では収穫祭が行われることになった。
「筋力と同じように薬師としての技術や知識も規格外だったのか……」
「あんなに可愛らしい女の子なのに、筋力だけじゃなくて頭もいいなんて凄いよな」
「天は二物を与えず、なんていうけど、あの子は二物も三物も持っていたな」
丸太を担いで木の城壁を建てるアイリスの姿ばかりが印象に残っていたが、新たに巨大な釡を混ぜているアイリスの姿が村人たちの脳裏に過る。
テーレッテレー!!
「それじゃあ、筋女さまって呼ぶのはダメなんじゃないか?」
「確かに。薬も凄かったもんな?」
筋力だけじゃ、アイリスを表すには小さすぎる。他の呼び名が必要だ。
「じゃあ、なんて呼んだらいいんだ? 筋力薬師聖女様?」
「流石に長いよな。筋薬聖女様ならどうだ?」
「まだ長いだろ。きんじょさまじゃ変わらないし、これは筋薬様じゃないか?」
「いや、ちょっと思ったんだけど、名前が少し失礼じゃないか?」
「そうか?」
「あぁ、だから、もう単純に聖女様で良いだろ」
『それだ!!』
ここにアイリスの新しい呼び名が決定された。
「それはそうと、ここまで偉業を讃えるのに何もしないってのはダメだろ?」
「そうだな。聖女様のおかげでこの村は再生したんだ。像の一つも建てるべきじゃないか?」
「それに毎年の収穫祭は、聖女様感謝祭に名前を改めるべきだな」
『確かに』
のちにこの村には一人の少女の像が建てられ、毎年崇められるようになった。
そして、毎年のように豊作になるその村は、発展し、大きくなっていく。
沢山の人が訪れるようになり、村の中心に建てられたその少女の像の話を聞くのは当然の流れだ。
「この方はいったいどなたなんだい?」
「きんやく様だよ」
通りがかった村の子供に尋ねると、嬉しそうにそう答える。子供たちには別の名前が定着していた。
「禁……薬……?」
内情を全く知らない者たちが面白おかしく語り、いつしか、噂は原型を失う。
いずれ、全く別の名前で呼ばれ、魔女のようなヤバい女が村を助けた、といろんなところで語り継がれるようになることを、アイリスが知る由もない。
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