第37話 あだ名
アークが何食わぬ顔で戻ってくる。
『分かっているであろうな?』
『分かってるって』
報酬が確約されて満足げな表情だ。
「えっと、どうしました?」
村の人たちがざわついている。
「おい、あの従魔、さっきのモンスターを一瞬で殺してしまったぞ?」
「俺たちもおんなじ目に遭うんじゃ……」
「あんな化け物を従えてるなんて、あの女の子は魔女?」
あちゃー、やりすぎちゃったみたい。
聞こえてくる内容がめちゃくちゃ不穏。住民たちはすっかり怯えてしまった。
私にとって、アークはただの可愛い頼れる従魔だけど、村の人にとっては、自分たちを襲ってきたモンスターも瞬殺してしまう恐ろしい存在に映る。
もう少し配慮すればよかったな。でも、やってしまったものはしょうがない。誤解は解かないと。
「この子は皆さんを襲ったりしないので安心してくださいね」
私はアークに抱き着いてワシャワシャと撫でてアピールする。
「あの恐ろしいモンスターを従えるやつに言われてもな……」
「きっと私たちが集まったところで一網打尽にするんだわ!!」
「それなら急いで逃げないと!!」
でも、それも逆効果でさらに恐怖を煽る結果になってしまった。
「あんたたち、いいかげんにしな!!」
住民たちが騒ぐ中、マリンダさんの鋭い声が場の雰囲気を切り裂く。
「まったく、良い大人がそろいもそろって情けない。いいかい、あんたらはこの子がいなかったら、死んでたかもしれないんだよ? 助けてもらっておいてなんだい、その言い草は。まずは言うことあるだろ」
マリンダさんの言葉を聞いた村人たちは気まずそうに顔を見合わせた。
「……申し訳ございませんでした。改めてお礼申し上げます」
村長さんが一歩前に出て深々と頭を下げる。村人たちも後に続いた。
「いえ、私が勝手にやったことですのでお気になさらず」
「まったく、アイリスは本当に人がいいねぇ。私は心配だよ」
マリンダさんはヤレヤレと呆れたように顔を振る。
私の配慮が欠けていたのは事実。次の機会があれば、気を付けようと思う。
「いいんですよ。それよりも、これからのことを話し合いましょう」
「そういえば、そういう話だったね。どうするつもりだい?」
「まずは村を囲う柵を作りましょう」
「柵……ですか?」
「はい、今日はモンスターを撃退できましたが、あれでこの辺りのモンスターがいなくなったわけではないでしょうし、次またいつ襲ってくるとも分かりません。でも、しっかりと柵で覆えば、モンスターの侵入を防ぐことができるはずです」
この村には防壁や柵などの防衛機構が見当たらなかった。
いつまた来るともしれないモンスターに怯えていては、仕事も中々手につかない。あるだけで安心感が違うはず。
「しかし、それだけの規模の柵を作るとなると、時間も労働力も足りません」
「そこは私と従魔のアークに任せてください」
この場には十数人程度の人間しかいない。すべての住民を集めても数十人、多くても百人いけば御の字だと思う。
それだけじゃ、大規模な工事には相当な時間が掛かる。
でも、私とアークなら、その時間を相当短縮できるはず。建築現場の仕事を午前中に終わらせてしまう、超健康チートは伊達じゃない。
「そうは言いますが……」
村長さんが言いづらそうに、私を見つめる。
あぁ、そっか。私もただの小娘だもんね。どこかに何か良い物は……あっ、馬車でいっか。
「これでいかがでしょうか?」
私は馬さんに配慮しつつ、乗ってきた馬車の荷台を片手で持ち上げてみせる。
『はぁああああああっ!?』
村人が私の力を見て驚いてる。結果は上々かな?
「見ていただいた通り、材料集めや運搬、設置などは問題ならないと思います」
「なるほど……確かにそのお力があれば、時間はうんと短くて済むでしょうな」
なんだか、畏怖の念みたいなのを感じる気がするけど、気にしないでおこう。
「はい。ただし、細かい加工は村の人にやってもらうつもりですが」
「それは村の事ですから当然です。それでは改めまして、大変恐縮なのですが、わが村にお力添えいただけますでしょうか」
「任せてください」
「感謝いたします。できうる限りの歓待とお礼をご用意させていただきます」
村長さんがもう一度深く頭を下げた。
「いえいえ、歓待なんていいですから。早速やっちゃいましょう。マリンダさん、現場の指揮をお願いできませんか?」
この中で一番リーダーシップがあるのはマリンダさんだ。村長さんは少し頼りなさそうだし、まとめられそうなのは、マリンダさんしかいない。
「まったく、仕方ないねぇ。こいつらはアタイがしっかりとまとめ上げてやるよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
マリンダさんが指揮を執ると聞いて、村人たちが固まっている気がするけど、気のせいだよね。
よし、これでようやく話がまとまった。
私たちは村の防衛用の柵を作るために動き始める。
「おいおい、あの嬢ちゃん、化け物か!?」
「信じられん、木を丸ごと一本。しかも両肩に一本ずつで二本運ぶだと!?」
「いったい、どんな筋力をしてるんだ!?」
こんな反応も建築現場で慣れたもの。
私は、アークがあっさりと切り倒し、枝を綺麗に切り落とした大木の丸太を、ひたすらに村に運び続ける。
「マジ、パネェな。杭も力だけで一瞬で立てちまう」
「それでいて、誰よりも働いているのに休みもしねぇんだよな」
「まるで聖女様じゃないか?」
「筋力聖女様か?」
「おっ、それいいな?」
村人の言葉は、一生懸命木材を運んでいる私の耳を右から左に通り抜けていった。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
「面白い」
「続きが気になる」
と思っていただけたら、ブクマや★評価をつけていただけますと作者が泣いて喜びます。
よろしければご協力いただければ幸いです。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




