第32話 体験するのが1番!!
「いいかい? こうやって移動している時もぼんやりしちゃダメなんだ。常にいろんなことに気を配らなきゃいけない」
「ふんふん」
「まずは移動速度。馬も生きているからな。無理をさせ過ぎるのはよくない。一定の速度を保ちつつ、適度に休憩を挟んで休ませるのも忘れちゃダメだ」
「確かに」
私はマリンダさんに旅のレクチャーを受けながら馬車に揺られている。
マリンダさんは、Cランク冒険者だけあって経験や知識が豊富。それにとても面倒見がいい。
この街で活動している冒険者に慕われてるんじゃないかな。ギルドマスターが彼女を付けてくれたのもその辺りが加味されてる気がする。
『おいっ、まだか!!』
『あ、ごめんごめん、聞いてみるね!!』
痺れを切らしたアークが私に強めの念話を送ってくる。
話に夢中になって忘れてた。
本物の冒険者に講義してもらえる機会なんて初めてだからね。
「だから――」
「すみません、マリンダさん」
「どうしたんだい?」
話を止め、マリンダさんがこっちを向く。
「アークには、ご飯のために自分で狩りをさせてるんですけど、お腹が減っているみたいなので、しばらく森に行かせてもいいですか?」
「うーん、そうだな。この辺りには強いモンスターもいないから別にいいぞ」
「ありがとうございます」
許可を得た瞬間、アークは近くの森の中に消えていった。
相当お腹減ってたんだね。ダメって言われてたら、喚き散らしてたかも。
「はやっ!?」
マリンダさんがアークを見て目を丸くした。
「どうかしましたか?」
「いや、ブラックウルフってあんなに速くなかったと思ったんだが……」
「そうなんですか? アーク以外見たことないので知らないんですよね」
私はブラックウルフどころか、トレントっぽい奴以外にモンスターも見たことない。だから、ブラックウルフというモンスターがどれくらい強いかも分からない。
「Dランクの冒険者なら、問題なく勝てるくらいの強ささ。群れになると危険だけどね」
「なるほど」
話を聞く限り、そこまで強いモンスターじゃなかったみたい。
「まぁいいや……続きを話そう」
「お願いします」
「次に、天候。何日も外で活動する以上、天候は切っても切り離せない。旅は空と相談しながら進むもんだ。例えば、今は晴れていても、突風やゲリラ豪雨がやってくることも――え?」
「あれ?」
マリンダさんが話していると、晴れていた空を黒い雲が覆い隠してしまった。
――ゴロゴロ
黒い雲の中でチカチカと稲光が見え隠れ、辺りを突風が吹き荒れる。そして、稲光が遠くで一点に集中し、真っ白な稲妻が落ちた。
――ピシャーンッ!!
「うぉっ!?」
「きゃっ!?」
轟音の振動が体を震わせ、地面を揺らす。
その途端、空から瞬く間に雲が霧散して再び穏やかな天候を取り戻した。
「いやいや、なんなんだい、今のは……」
「こんなに急に天気が変化することってあるんですか!?」
「ないこともないけど、これは異常だよ!!」
マリンダさんも驚いている。
「どうします?」
今のまま進んでいいのか、一旦街に引き返すか。
「ひとまず雨は降らなかったし、村も待っているからね。もう少し様子を見よう」
「分かりました」
確かにこれだけを理由に依頼をキャンセルするのは悪いよね。
「次に気を配らなきゃいけないのは、地面。こういう街道ではあまりないけど、地割れや陥没、あと樹の根が隆起していたりして、馬がつまずいたりすることもある。それに森や山道では、モンスターが作った落とし穴や底なし沼があったり、地面が崩れやすくなったりしてる場合も――とまりな!!」
――ゴゴゴゴゴゴッ
マリンダさんが話していると、地面が大きく揺れ始めた。すぐに馬車を停めて様子を窺う。
――ズガガガガガァアアンッ
突然、遠くに見える森で巨大な三角錐みたいな岩がいくつも隆起した。
「なんだい、ありゃあ……」
「岩……ですかね」
「一体何が起こってるんだい?」
そういえば、あの岩がある方角ってアークが向かった方向だよね? もしかして……ははははっ、いや、まさかね?
脳裏を黒いもふもふが過ったけど、頭を振って追い払った。
「どうします?」
「うーん、幸い、私たちの進行方向とは違う。ひとまずこのまま進もう」
「分かりました」
再び馬車に乗り込み、先へと進む。
「それから、音にも気を配るのは大切だ。森の音が急に消えたり、異様な音が聞こえたら何かがいる前兆――」
――ドォオオオオオオオオンッ!!
しかし、また轟音が鳴り響くとともに、遠くの森で大爆発が起こった。
あの森で何が起こってるんだろう。
ただ、どう考えてもアークが出て行った時間と方角と合致してるんだよね……もしかして大暴れしてるのかな……。
嫌な予感に冷や汗が流れる。
「と、まぁ、こんな風に大爆発が起こったら、あそこには絶対に近づいちゃダメだ」
「分かりました」
私たちは村の方に向かって旅を続けた。
「そして、音だけじゃなくて匂いにも気を付け――」
――ブワッ!!
でも、レクチャーを再開した瞬間、突風が突き抜けた。
「これって血の匂い?」
「ちっ、逃げるよ!! はぁっ!!」
「ヒヒィイイイインッ」
凄まじく濃い血の匂いが鼻腔を擽る。その瞬間、マリンダさんは馬車を方向を変え、街へと逆戻りし始めた。
馬の尻を手綱で叩いて走らせる
「くっそ、一体なんなんだい!? どんどん血の匂いが濃くなってきやがる!!」
「ど、どうしたんですか!?」
「何かがこっちに向かってきてる。こんな危険な匂いがしたら、即撤退だ!! しっかり掴まってろ!!」
「わ、分かりました」
手綱で叩いて、街に向けて必死に走らせた。
――バキッ、ミシミシッ……ゴゴゴッ!!
「くそっ!!」
でも、突然、森の中から木々がへし折れる音と葉がすれる音が聞こえたと思ったら、何者かが森から飛び出してきた。
――ドスンッ!!
そして、重量を感じさせる音と同時に地面が揺れ、土煙を舞い上がらせる。
「ヒヒィィィィンッ!!」
マリンダさんは馬車を急停止させた。
「まさかこんなところで、アタイも年貢の納めどきかい?」
冷や汗を額に浮かべながら、煙の向こう側を見つめている。
砂煙が収まると、血の匂いをまき散らしながら追いかけてきた存在の正体が現した。
「わふっ」
真っ赤な瞳を持つ、黒い獣。
つまり、アークだった。
口の周りを真っ赤に染め、しっぽを大きく振ってご満悦といった感じ。
アークから濃い血の匂いが漂ってくる。
やっぱり、あの雷も、隆起も、爆発も――原因はアークだったんだ。
「あんな化け物を従魔にしているってあんた、一体何者なんだい?」
「ただのEランク冒険者ですけど?」
「そんなわけあるかい!!」
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