第31話 出発(実家視点あり)
「すぐに出発したいところだが、まだやることがある」
「なんですか?」
「装備の点検だ。怠るのは死に直結するよ」
「なるほど」
それは大事なことだよね。
剣が刃こぼれしていたとか、弓が歪んでいたとか、目も当てられない。
「アイリスの得物はなんだい?」
「ありませんよ? 強いて上げれば、"コレ"ですかね? 後はアークがいるので」
「あぁ、そういうことか」
私が拳を握って掲げると、マリンダさんは納得してくれた。
リュックを持ち上げた時のことを思い出したんだろうね。
あれだけの力があれば、モンスターを倒せるって。まだ一度も試したことないけど。
「それなら防具をしっかり確認しておくことだね。今回はそれほど危険がある依頼ではないけど、装備の状態一つで生存率が変わる。きちんと武具屋できちんと診てもらった方がいい……そういえば、防具をつけて来なかったね? どこにあるんだい?」
マリンダさんが話している途中で部屋の中をキョロキョロと見回す。
でも、どこにも防具なんてない。
「ありませんよ」
当然だよね。そもそも買ってないんだから。
「ん? 聞き間違えかい? なんだって?」
マリンダさんがまるで耳が遠い老人のように耳に手を当てた。
「だから、防具もありません」
「はぁ!? そんなんで村まで行くつもりだったのかい!?」
驚くのも無理はないか。普通の冒険者なら買わないなんてありえないもんね。
「私には防具が必要ないので」
「どういうことだい?」
「体が物凄く頑丈なんです!!」
でも、私の体には今のところどんな攻撃も効かない。だから、防具はいらない。
勿論、お金に余裕があれば、体裁を整えるために買おうと思っていたけど、マジックバッグが欲しいので、少なくとも今は買うつもりはない。
「何言ってんだい、この子は!! そんな強がり言ってないで、さっさと防具屋に行くよ!!」
「え、えぇ~!?」
でも、思惑なんてお構いなしに、マリンダさんは私の手を掴んで外に連れ出した。
「全く……世話が焼けるねぇ」
「すみません、ありがとうございます……ううっ」
その結果、各部位に着ける防具を買わされてしまった。
多分、私の言葉が嘘とかやせ我慢だと勘違いされたみたい。
本当に防具なんていらないのに……。
でも、私のスキルを知らないんだから仕方ないか……私のことを心配してくれたんだもんね。感謝しなきゃ。これがいい機会だったと思おう。
ただ、おかげで所持金が大分目減りしてしまったから、遠征のついでに薬草を集めて薬を作らなきゃ。そして、お爺さんのお店に持っていってお金を稼ぐんだ。
私はそう決意した。
防具を選んでいる間に、旅に出る前の準備についてもっと教えてもらった。
まとめると六つ。
一、荷物はできるだけ少なくする
二、装備の点検は怠らない
三、保存食と水だけは予定日数より少し多めに
四、緊急時の備えをしておく(薬や包帯、など)
五、地図と方位確認のできる道具や知識を持つ
六、情報収集を怠らない(最近目的地の方で異変が起こっていないか、など)
という感じ。
「基本的に、旅に出る前の準備が成否の八割から九割を左右すると言ってもいい。面倒だが、きちんとやっておくようにしな」
「分かりました」
大変勉強になった。
やっぱり先人の知識って凄いね。先輩冒険者をつけてもらってよかった。
「遅くなっちまったから、急いで出発するよ」
「分かりました」
宿を出て支援物資が積み込まれた馬車の許に向かう。
『遅いぞ。我は腹が減った』
『ごめんごめん、外に出たら、自由にしていいから。もう少し待ってて』
『ふんっ』
今日はまだ食事をできてないので、アークがちょっとご機嫌ナナメだ。
私の指導で遅れてしまったから、今度埋め合わせしよう。宿の料理をまた沢山出してもらおうかな。
そして、立派な幌馬車と馬が佇んでいるのが目に入った。
「これが幌馬車……」
幌馬車と言えば、ファンタジーの移動手段の代名詞。
近くで見ただけで感動してしまう。今からこれに乗れると思うとワクワクが止まらない。
それに馬なんて間近で見たことがなかった。目がクリッとして可愛い。
「今日からしばらくよろしくね」
「ヒ、ヒヒヒヒンッ」
馬さんに挨拶したら、任せてとけと言わんばかりに鳴いた。
でも、少し声に怯えが混じっている気がしたのは気のせいかな?
「今回はこの馬車で行く。基本的に私が御者をする。でも、操れるようになって損はない。依頼中に教えるから少しずつ覚えておきな」
御者席に昇ったマリンダさんが下にいる私に手を差し出した。
「分かりました。ありがとうございます」
「気にすんな。それじゃあ、乗り込みな」
私はその手を取って、マリンダさんの隣に腰かける。
「いくよ。はっ」
マリンダさんが手綱を操ると馬車がカタカタと動き出した。
あぁ、これこれ。これぞ、ザ・ファンタジーって感じでいいよねぇ。
――パカパカパカパカ
お尻にダイレクトに伝わってくる衝撃も、ゆったりと歩くようなペースで進むこのスピードも、馬と車輪が齎すその音も、その全てが私がずっと思い描いていた世界を感じさせてくれる。
感無量って感じ。
城門を馬車で潜り抜けると、いつも見ているはずの草原が視界を埋め尽くす。
「わぁああああああっ……」
でも、馬車の上から見える景色は、いつもとまた違って見えた。
「外でもビシバシ指導するから覚悟しな」
「はい!!」
◆ ◆ ◆
一方でグランドリア家では――
「ノーマン殿、毎日しっかり納品してくれて助かっているよ」
「い、いえ、ノルマを守るのは当然ですよ、あははは……」
「それで、一つ相談があるのだが、いいかね?」
「な、なんでしょう?」
「……納品数をもっと増やしてもらえないかね?」
「それは……」
「君の調薬速度なら問題ないだろう? 勿論、報酬も上乗せさせてもらうよ?」
「あはははっ、そ、そうですね。わかりました」
「君ならそう言ってくれると思っていた。それじゃあ、任せたぞ」
「も、勿論です。任せてください」
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