第27話 調薬の聖女様
「え? 何?」
「お前、今雷が落ちたんだぞ!? なんともないのか!?」
「え、うん、なんともないね……あっ」
私はアークに言われて初めて、自分に雷が落ちたことを知った。
体のあちこちを触りながら確認してみたけど、どこにも異常はなさそう。超健康の前には雷さえ無効みたい。
でも……。
「どうした!?」
「服がボロボロ……」
「そんなものは買い直せばいいであろう!!」
「せっかく初めて買った服だったのに……」
前世の記憶を取り戻した後、自分の力で初めて手に入れた服。思い入れもあったので、ボロボロになったのがとても残念。
「全く……怪我でもしたかと思えば……」
「なんか言った?」
アークが一人でぶつぶつ何かを喋っている。
「なんでもない!!」
聞き返したら、なぜか不機嫌になってしまった。
とはいえ、今はそれどころじゃない。
すぐに宿に戻って着替えを済ませ、薬の調合の準備を始める。
「あっ、晴れてる……」
窓を開け放つと、さっきまであれだけ雨が降っていたのに、雲が途切れ、その隙間から光が差し込んできていた。
通り雨だったみたい。もうずぶ濡れにならなくて済みそう。
私はすぐに薬の調合を済ませて孤児院へと走る。
急いで戻ったら、エメラさんがソワソワした様子で、建物の前で待っていた。
「あぁ……アイリスさん、やっぱり薬は作れなかったんですね?」
私の顔を見た瞬間、ガックリと肩を落とす。
言葉の意味が分からない。
「え? 作ってきましたよ?」
「え?」
「え?」
話が噛み合わなくて顔を見合わせる。
「えっと……もうお薬ができたんですか?」
「はい。ばっちりと」
私はカバンから薬を取り出して、エメラさんに見せる。
「そんな……薬屋さんでは、かなり手間と時間が掛かるので、すぐにはできないと聞いていたんですが……」
「そうですね。確かに回復ポーションに比べれば、多少手間がかかるかもしれませんが、すぐ作れますよ?」
一分で作れる回復ポーション比べれば、時間も手間も掛かるのは間違いじゃない。
でも、そんなに悲観する程じゃないと思うんだけど。
「そんな……作るのに一週間はかかると聞きました。だからこそ、高価になると……」
「いやいや、そんなにかかりませんって」
思い出したくもないけど、魔力硬化症の特効薬は、実家でも作らされていて、数十分で調合できた。
それ以上時間が掛かると問答無用で叩かれたし、「うすのろ!!」とか、「この役立たず!!」とかまったく罵声を浴びせられていたんだよね。
今なら十分もあれば調合できる。
「あっ!!」
エメラさんが何かを思い出したかのようにハッとした顔になった。
「どうかしましたか?」
「……もしかして、アイリスさんって鉱山の崩落事件の時に何かされましたか?」
「えっと、薬師の一人として参加しましたが……」
「やっぱり!!」
エメラさんが、納得顔で手を叩く。
「それがどうかしたんですか?」
「銀髪の調薬の聖女様が活躍したおかげで、誰一人命を失わずに済んだって、町中その話でもちきりですよ?」
「いやいやいや、なんですか、それ!? 私は聖女なんかじゃありませんし、薬師として皆さんと同じように薬を作っただけですよ!?」
エメラさんがおかしなことを言う。
私だけで皆の命を助けたわけじゃない。薬師が集まり、一丸となって薬を作ったからこそ、誰一人欠けることなく助けることができた。
それなのに、なんで私だけが噂になってるの!? それに、聖女なんて通り名は絶対にやめて欲しい。あの高飛車な妹を思い出すから。
「謙遜はいいですよ。最初から分かってて来てくださったんですよね?」
過去を思い出していたら、なんだか話が変な方向に進んでいく。
「いやいや、違いますって」
「もう、分かってます。ミミのために本当にありがとうございます。でも、お金は必ず払います。だから、治療をしてもらえませんか?」
「はぁ……分かりました……」
誤解を解こうとしたけど、何を言ってもちゃんと聞いてくれない。
今はミミちゃんを救うことが何よりも先決。
諦めてミミちゃんの部屋に向かう。
「……あれ? お母さん……どうしたの……?」
部屋に入ると、ミミちゃんがちょうど目を覚ましていた。
完全に血の気が失せていて、さっきよりも具合が悪そう。早く薬を飲ませないと。
「この人があなたを治してくれるそうよ」
「治さなくっていいよ……ゴホッゴホッ!!」
「ミミッ」
でも、治療の話が出た途端、ミミちゃんはそっぽを向いた。
しかも、無理をしたせいでミミちゃんがせき込んでしまう。エメラさんが背中を擦って落ち着けさせる。でも、なかなか咳が止まらない。
多分、ミミちゃんは知っているんだ、治療費の事を。このままじゃ、ミミちゃんが死んでしまう。
「お金は貰わないから安心していいよ。私が勝手に治したいだけだから」
だから、安心させるように囁く。
「……ほんと?」
落ち着いたところで、ミミちゃんが少しだけ期待の混ざった眼差しで私を見つめた。
「うん。だから、このお薬飲んでね」
「……分かった」
エメラさんがミミちゃんを抱き抱え、私が薬を飲ませる。
――ゴクッ、ゴクッ
ミミちゃんが少しずつ薬を嚥下していく。
「ぷはぁ……」
そして、薬を全て飲み終えた。
「具合はどう?」
「そんなにすぐよくなるわけ……えっ、体が軽い!! お母さん、体が動くよ!!」
私が手を離すと、ミミちゃんはいきなりベッドの上に立ち上がり、体操をしたり、飛び跳ねたりし始めた。
とても嬉しそうにしている。ちゃんと薬が効いたみたいだね。
「ちょっとミミ、そんなにすぐ動いたら!!」
「信じられない!! 体が痛くないの!! 手足も……ちゃんと動くの!! 息をしても……苦しく……ないの。もう怖くな……うわぁあああああんっ!!」
嬉しそうにエメラさんに話している内に、ミミちゃんの声は徐々に泣き声へと変わった。
「あぁ……ミミ……本当に……本当によかったわ……」
エメラさんは、ミミを抱きしめて心の底から安堵している表情をしている。
目の端からは止めどなく涙が溢れていた。
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