第23話 伝説の始まり
宿に着き、自室でベッドに横になった。
目まぐるしい一日だった。
建築現場に行って、魔法薬が普通の薬とは違うことが分かって、崩落事件に巻き込まれた人たちを助けるために薬を作って……。
今日の出来事がグルグルと頭の中を回る。超健康の効果で寝つきもよくなるはずなのに、全然眠れそうにない。
「そうだ!!」
どうせ眠れないなら調合しよう。
今日は皆頑張っていたから疲れているはず。スタミナポーション用に採ってきた薬草の乾燥が終わってるし、ちょうどいい。
私は気を紛らわすためにもひたすらに調合し続けた。
夜が明け、建築現場に行く前に冒険者ギルドに訪れる。
もういつも通りの様子を取り戻していた。
大丈夫そうでホッとする。
「こんにちは」
「あっ、アイリスさん、ちょうどよかった」
声をかけると、受付嬢さんが私の顔を見てハッとした表情になった。
「どうかしましたか?」
「ギルドマスターが今回の件でお話があるそうなので一緒に来ていただけますか?」
なんだろう。何かした覚えはないんだけど……。
「分かりました。あっ、これをどうぞ」
「これは?」
「差し入れです。皆さんお疲れのようなので、少しでも元気になればと思いまして、栄養ドリンクを作ってきました」
受付嬢さんのみならず、職員さんたちの目の下のクマが凄いので、先に栄養ドリンクを渡しておく。
「ありがとうございます!! 皆で飲ませてもらいますね!!」
「瓶が分けられてなくて申し訳ないですが……」
「いえいえ、気にしないでください。そのくらい私たちでやりますから。それでは行きましょうか」
「分かりました」
皆の顔色が明るくなったので喜んでくれたと思う。少しは役に立てたかな。
受付嬢さんの後についていくと、私はギルドマスター室へと通された。
「ようっ、嬢ちゃん、昨日は助かったぜ。俺がここの冒険者ギルドのギルドマスターだ。よろしくな」
「アイリスです。よろしくお願いします」
部屋に入るなり、お互いに改めて自己紹介を交わす。
改めて見ると、熊みたいに大きくて存在感のあるおじさんだ。
「それじゃあ、そこのソファに座ってくれ」
「分かりました」
応接室のように対面になっているソファにお互いに腰を下ろす。
「呼び出して悪かったな」
「いえ、何かありましたか?」
「いや、昨日の報酬の件とランクの昇格の話をしておこうと思ってな」
「昇格……ですか?」
ギルドマスターから思いがけない言葉が――
「あぁ、崩落事件での対応と建築現場での評価を鑑みて、特例でEランクに昇格だ」
「昨日は依頼とか受けてないんですが……」
「無視できない成果を出してるからな。正直C、いや、Bランクには上げたいくらいなんだが、制度上Eランクが限界だ。まぁ、お前さんならすぐに昇格するだろうからこれで我慢してくれ」
「我慢なんてとんでもない。こんなに評価していただいて嬉しいです!!」
晴天の霹靂というか、寝耳に水というか、昇格なんてすると思っていなかったからただただびっくりしてる。
沢山の人に感謝してもらえたのは間違いないけど、こんなに簡単に昇格してもいいのかな。
「これで感謝されたら、こっちの面目がないんだがな。まぁ、いい。お前さんの功績なんだが、すまん、昨日の今日でまだ査定が済んでいない。ちょっと前例がなくてな。ひとまず、昨日の緊急対応の報酬として先に金貨百枚を入金した。後で確認してくれ。正式な報酬は査定が終わり次第、支払う予定だ。かなり大きな額になるだろうから覚えておいてくれ」
「え? いえいえ、とんでもない。そんなの受け取れませんよ」
誰も死なせたくなくて私の判断で勝手にやったことだ。報酬なんて恐れ多い。
金貨百枚もそうだが、それ以上の大金なんて尚更だ。
「何を言ってるんだ? いいか、成果には正当な対価が必要なんだ。それを受け取らないというのは他の人の成果も無下にする行為だ。迷惑がかかるからやっちゃいかんぞ。それと、お前さんの力は相当稀有なものだ。安売りしないように気を付けろ」
「そう、ですね……申し訳ありません」
「いや、自分の力の価値を分かってくれればそれでいいさ」
そっか、こういうのはきちんと受け取らないとダメなんだ。
薬師の時間も技術もタダじゃない。それなのに、無料で良いと言ってしまったら、この仕事を生業にしている人たちに迷惑がかかるんだ。
それにもし、私が誰かを無料で治療したら、それだけ薬師の技術が軽く見られてしまうことにも繋がる。それはやっちゃいけないことだ。
勿論、例外はあるだろうけどね。
ちゃんと私の駄目なところを教えてくれるギルドマスターさんは優しい。
「教えてくださってありがとうございます」
「いや、これも大人の務めだ。お前さん、世間知らずっぽいからな」
「うっ」
確かにギルドマスターさんの指摘は正しいだけに何も言えない。前世は病院だけの生活、今世もほとんど家の中だ。常識なんてほとんど分からない。
『そこの人間の言う通りだぞ?』
『そうだね。気を付けるよ』
『殊勝な心掛けだ』
アークが鼻を鳴らす。
アークがいなければ、もっと問題が起こったに違いない。
「あっ、それじゃあ、もしかしてあれもダメだったかな……」
そこでふと先ほどの受付嬢さんとのやり取りを思い出した。
「どうした?」
「ここに来る前に、昨日の対応で皆さんお疲れだと思って、栄養ドリンクを差し入れしたんですけど……」
「はぁ……そうだな。タダで貰うにはお前さんの作ったものは高すぎる。後で報酬に追加しておく」
話を聞いたギルドマスターさんは、眉間を押さえるようにして困った顔をする。
あれもあんまりよくなかったみたいだね。次からポーションを作って誰かに渡す時は、人を選ぶように気を付けよう。
「すみません……」
「気にするな。気を遣ってくれて感謝する」
「いえいえ」
話が終わり、私は冒険者ギルドを後にする。
『これからどこに行くんだ?』
『建築現場だよ。あの依頼は五日間あるからね。ちゃんと最後まで行かないと』
『律儀なやつだ。我も腹が減ったからちょうどいい。さっさと行くぞ』
『あ、待ってよ』
そして、今日も今日とて建築現場へと向かうのだった。
◆ ◆ ◆
冒険者ギルド、職員スペース。
「あぁ~、疲れた。流石に徹夜は応えるわね」
「ホントね。肌がカサカサだわ」
「皆、お疲れ様。これ、アイリスさんから差し入れよ。栄養ドリンクだそうよ」
アイリスから薬を受け取った受付嬢がコップに分けて職員に渡していく。
「ありがとう。早速飲ませてもらうわ」
「私もぉ」
「良い匂いね」
職員たちは次々とアイリスの特製のスタミナポーション、もとい栄養ドリンクをゴクゴクと飲み始めた。
『ぷはぁ~、美味ぁああああいっ!!』
コップを置いた職員がタイミングを揃えて一言。
「なんなの、この栄養ドリンク。今まで飲んだどんな飲み物よりも美味しかったわ」
「本当ね。何杯でもいけちゃう」
「お酒よりも好きかもぉ」
そして、口々にその味を絶賛する。
アイリスの薬は効果だけでなく、味も超一流だった。
「あれ?」
職員の一人が自分の体の異変に気づく。
「どうしたの?」
「なんか、疲れがなくなったような……」
「ホントだ!! 力が湧き上がってくるわぁ!!」
「じっとしてられない!!」
彼女たちの肌に潤いとハリが戻り、隈がきれいさっぱり消えている。
「なんだか仕事がしたくなってきたわ!!」
「私も!!」
「私もよ!!」
「皆、やるわよ!!」
それどころか、背後に炎を幻視するほどに凄まじいパワーが放たれていた。
『おおぉおおおおおおおおっ!!』
やる気を漲らせた職員たちは鬼のように仕事をし始める。
「いらっしゃいませぇえええええっ!!」
「お、おお……」
その日、職員から凄まじい覇気が放たれていた、という噂が街中に広がった。
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