第21話 救われたのは――
「もう、とっくの昔に全員命の危険はない所まで回復していたんだ」
「えっと……それじゃあ、どうして止めてくれなかったんですか?」
知らなかった……私、とんでもない赤っ恥をかいてしまったよ……穴があったら入りたい……。
「いや、声は掛けたぞ? 嬢ちゃん、周りが見えないくらい集中してたんだよ」
「うそ……」
声が聞こえたような気がしたけど、まさか私に言っていたなんて思わなかった。
ちょっと必死になりすぎちゃってたみたい。
『人間風情が我の声も無視しおって』
『ごめんね』
『ふんっ』
アークも念話してくれてたんだ。
反省しなきゃ……もっと周りを見ないと。
そして、ふとお爺さんが珍しくその強面を大きく歪ませて言った。
「それにしても、嬢ちゃん、とんでもない技術だな? ビックリしたぞ」
「え、なんのことですか?」
私はただ回復ポーションを作っていただけなんだけど。
「嬢ちゃんの技術はここにいる全員を遥かに凌いでいた。嬢ちゃんがいなければ、間違いなく死者が出ておっただろう。そうだな?」
お爺さんが他の人たちに視線を向けると、私に突っかかってきた二人が前に出て、深々と頭を下げた。
「あぁっ、嬢ちゃん、さっきは偉そうなこと言ってすまん。足手まといは俺の方だった!! なんでもするから許してくれ!!」
「俺もピリピリしていたとはいえ、あんなこと言ってすまん!!」
「や、やめてください!! お二人の反応は当然だったんですから。私は何とも思ってませんよ!!」
流石にバツが悪くなってすぐに皆の頭を上げさせる。
一体どういうこと? 私の技術がここの人たちよりも上? そんなはずないよね?
ちょっと思考が追い付かない。
「素晴らしい技術をお持ちの上に若くて謙虚とは……年上だというのに恥ずかしい」
「いやはや、本当だな」
でも、二人の表情を見る限り、嘘を言っているようには見えない。
「その歳であれ程の調合技術をお持ちとは……未だに信じられん」
「まさに神業と呼ぶにふさわしい御業だった」
「まるで妖精が舞っているかのような調薬でした」
他の人たちも口を揃えて私を褒めたたえる。
私の調合技術ってそんなに凄かったの?
元家族にずっと罵られ続けてきたから分からない。でも、皆が私を認めてくれたのは本当に嬉しい。
心の奥から温かい気持ちが溢れてくる。
ただ、突然、私は薬師たちに取り囲まれてしまった。
「それで、嬢ちゃんは一体どこ出身なんだ?」
「誰の教えを受けたんだ?」
「どうやったら、あんなに短時間で魔法薬を作れるんだ?」
「え、えっと……」
こんなに一度に話しかけられても答えられない。
「グルルルルッ」
『ひっ』
アークが威嚇したら、皆、凄い勢いで私から離れていった。
流石、私の可愛い従魔だ。
お爺さんも呆れ顔で肩を竦めた。
「お前たち、落ち着け。嬢ちゃんが困ってるだろ。いい大人が寄ってたかってみっともない」
皆はバツが悪そうに顔を明後日の方向に向けている。
私はホッと一息ついた。
「すみません、助かりました」
「いいや、ワシは何もしておらんよ。そこのナイトが嬢ちゃんをしっかり守ってるからな。それはそうと、後は片付けだけだから、嬢ちゃんはもう帰って休んでくれ」
「いやいや、手伝いますよ?」
超健康のおかげで全く疲労はない。
皆がするのに、私だけ帰るのは申し訳ない。
「お前さんは俺たちの何倍、何十倍も薬を作ったんだ。片付けまでさせたら、俺たちの立つ瀬がねぇよ。本当に残ってるのは片付けだけなんだ。遠慮しないでくれ」
「そうですか……分かりました」
そこまで言われてしまうと、私も帰らざるを得ない。
「皆さん、今日はありがとうございました。それじゃあ、申し訳ありませんが、後片づけお願いしますね」
「嬢ちゃん、またな!!」
「今度、薬の事を教えてくれよ!!」
「俺にも頼む!!」
薬師たちに見送られて調薬室を後にする。
その途端、外にいた人たちの視線が私に集まった。
え? 何? なんなの?
「おおっ、あの子がさっき職員が言ってた今回の立役者じゃないか?」
「本当だ!! さっき怪我人を搬送してた兄ちゃんが言ってたぜ。あの子がいなきゃ何人も死んでたってな」
状況が理解できない。
困惑していると、一組の親子がおずおずと言った様子で私の前に歩いてきた。
「あなたが今回薬を沢山作って大勢の怪我人を助けてくれた薬師の女の子ですか?」
「えっと……」
薬師には女性もいたけど、私と同じくらいの年齢の人は一人もいない。みんな年上ばかりだった。
それを考えれば、私しかいないとは思うんだけど、そんな大それたことをした覚えはない。
「ありがとうございます、あなたのおかげで夫が助かりました。あなたがいなかったら、子供と一緒に路頭に迷うところでした」
「お姉ちゃん、ありがとう!! これ……」
答えられずにいるうちに、勝手に話が進んでいく。
そして、子供から小さな紙切れを差し出された。
それは手紙。
文字は拙いけど、「おとうさんをたすけてくれてありがとう」と書かれていた。
父親が大怪我から回復したのは私の薬のおかげだという。
「えっと……どういたしまして」
私は戸惑いながらも少年に笑みを返した。
「ありがとう!! 君のおかげで足を切断せずに済んだよ!!」
「私も後遺症が残らずにすんだわ!!」
「俺もちゃんと骨折が治って驚いたわ。ありがとな!!」
その直後、皆が周りを取り囲んで、私に対して口々に感謝の言葉を掛けてくる。
お爺さんや薬師の人たちが凄いと言ってくれたけど、どこか半信半疑だった。
でも、彼らの顔には心からの笑みが浮かんでいる。
その姿を見て、少しだけ私の薬が役に立てたんだと実感できた。
思えば、こんな風に感謝されることなんて今まで一度もなかった……。
薬を作っても、怒鳴られ、罵られる日々。
前世でもただ死を待つだけで迷惑ばかりかけていた。
そんな私に、ありがとうと、君のおかげだと、何度も声をかけてくれる。それだけで、胸がきゅっと苦しくなって、でも同時に温かくて……。
むしろ、元気になってくれて、笑顔になってくれて、温かい言葉をくれて――
私は自然と頭を下げていた。
「こ、こちらこそ……あ、ありがとうございます……ぐすっ」
救われたのは――私の方だ。
◆ ◆ ◆
一方そのころ、グランドリア家では少しずつ事態が進行していた。
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