第02話 超健康の本当の力
辺りには紫がかった毒の霧が立ち込め、無数の小動物の死骸や、処刑されたであろう罪人の骨が散らばっている。この場所が生き物にとって致命的な証拠だ。
こんな強力な毒さえ効果がないなんて、本当に私の体はどうかしてる。
記憶が蘇ると同時に、人格もかなり前世寄りになった。多分、周囲の仕打ちのせいで、今世の自分の心がほとんど死んでたからだと思う。
前世では病室のベッドの上からほとんど動けず、ゲームをするか、YoTTubeで動画を見るくらいしかできなかった。
病院の外から時折聞こえる子供の声や、普通にYoTTubeに出演してる人を見て、とても羨ましかったのを覚えている。
だから、今世では何不自由なく体を動かせるのが、何よりも嬉しい。
ごつごつした地面も全然痛くない。これも「超健康」スキルの恩恵なのかもね。
それに、本来害しかないはずの毒の霧は、私のとっては逆に元気を与えてくれてるみたいで妙に気分が良い。
「体を自由に動かせるって最っ高!!」
私は思わず走り出してしまった。
毒霧が充満する崖下の、おどろおどろしい雰囲気とは裏腹に、私はまるでピクニックにでもやってきたような気分。
起きているだけで感じていた体の怠さや痛みも、少し体を動かしただけでしていた息切れも、何もない。
傍から見たらおかしい光景だろうけど、今の私は全ての苦痛やしがらみから解き放たれて、自由を満喫していた。
「おかしい……」
私は異常を感じて、一度止まって自分の体を改めて確認する。
もう、かれこれ一時間以上は走っているのに、息切れ一つしない。
今世は健康な体を持っていたけど、ほとんど家から出たことがなかった。運動なんてもってのほか。それなのに私は今も一切疲れてない。
もしかして……これも超健康の効果なの?
思い返せば、スキルが判明してから私は、ほとんど休憩も挟まずに魔法薬の錬成を強要されてきた。
それにもかかわらず、体を壊したことはおろか、疲れを感じたことさえない。
ここまでに起こったことだけでも、崖から落ちても無傷、常人なら数十秒で死に至る毒の霧が効かない、いくら走っても疲れない、などなど異常なことばかり。
体がめちゃくちゃ強化されてるのは間違いなさそう。こんな効果は「超健康」という言葉からは逸脱してる。
でも、その強化が「どんな状況でも、どんな攻撃を受けても、常に体が健康な状態を維持する」という効果の一部とするなら納得できるかもしれない。
どんな状況でも常に健康な状態が維持されるってことは、怪我や病気を一切受けつけないってこと。つまり、ほぼ無敵に近い。
それが「超健康」というスキルの正体なんじゃないかな。
ふと脳裏に浮かんだのは、家族の冷たい視線と、妹バーバラの嘲笑。
健康になるだけ、か……今なら笑い返せるのにな……。
「……遺跡?」
自嘲気味に笑いながら歩を進めると、道が広がり、明らかに人工的に作られた石壁や、苔むした階段、崩れかけた柱が見えてきた。
足を踏み入れるたびに落ちた瓦礫が砕け、乾いた音を立てる。
昔はここで、人が暮らしていたのかもしれない。毒ガスの中で、どうやって暮らしていたのかは分からないけど、なんらかの技術があったのかも。
やがて、高さ五メートル程の、扉付きの巨大な門が見えてくる。閂のような板が、いろんな角度で幾重にもはめられていた。
まるで、何かを閉じ込めているように見える。
「うーん、開かないなぁ」
色々試してみたけど、何をしても門を開けられそうにない。
どうしたものか……そうだ、ダメもとで殴ってみようかな。
崖から落ちても無傷の私なら、殴っても痛くないし、試してみて損はない。開かなかったら、次の方法を考えよう。
「えいっ!!」
私は、思い切り扉を殴りつけた。
――ドォオオオオオオオオンッ
奈落の底に轟音が響く。扉は閂と共に弾け飛び、金属片が火花を散らして石畳に転がった。
「へ?」
自分でも信じられない光景に、間抜けな声を漏らす。拳にはかすり傷ひとつない。
門の扉は、まるで最初からそうだったように崩れ落ちていた。
まさか本当に壊れると思わなかった。
一度触って確認したけど、とても頑丈そうだった。私ごときに壊わせるはずない……もしかして、これも超健康の効果とか? まさかそんなはずないよね?
崖の上から落とされても無事だったように、扉を殴った手も無傷。後一つない。明らかに異常だ。
でも、ひとまず開いたから結果オーライ。
私は中に足を踏み入れる。
「なに……あれ……」
闇の中に、巨大なシルエットが鎮座していた。
それは、狼のサイズを五、六倍にしたような漆黒の獣。
鋭い爪、牙、全身を包む黒い毛。そして何より、圧倒的な威圧感が放たれている。
本能が警鐘を鳴らしている……でも、足が止まらない。
私は前世で動物系の動画をよく見ていて、もふもふした動物が大好きだった。好奇心という名の病気は、超健康スキルでも直せないらしい。
音が一切ない。不自然なまでに静かだ。
その存在が、世界から音を吸い取っているようにさえ見えた。
体が上下している。呼吸はしているみたい。生きているのは間違いなさそう。
不思議と怖さは感じない。
そっと手を沈めてみると、毛はふわふわでさらさら。まるで新しい毛布のような手触り。最高。いつまでも触っていたい。
これが動物の感触なんだ。
前世では、病院住まいで触れなかったからめちゃくちゃ嬉しい。
「……何をしている」
手触りに夢中になっていると、低い声に肩が跳ねた。見上げると、真っ赤な目がぎょろりと動いてこっちを睨む。
「……」
あまりの事態に言葉が出ない。
「何をしていると聞いている」
「しゃ、しゃべったぁあああああっ!?」
私は驚きのあまり、その場から一瞬で距離を取った。