第135話 い、息が……
「この辺だったよね」
「うむ」
私たちはクラーケンが海から飛び出して姿を見せた海域まで走ってきた。止まると沈んじゃうので、クルクルと付近を走り回る。
今のところクラーケンの姿形はどこにもない。
「どうやって呼び寄せるの?」
「こうすればいいであろう。ウォオオオオオオンッ!!」
アークが飛び上がって水面に向かって咆哮を放った。
――ドンッ!!
水中で何かが爆発したように水柱が上がる。クラーケンの時よりもはるかに高い。
「ちょっと!!」
私とエアはすぐにその場から離れた。
「ピピッ」
「エア、ありがと」
水面が大きく揺れ、水飛沫が降り注ぐ。
エアが風で吹き飛ばしてくれた。
しばらく走り回って様子を見るけど、クラーケンが近づいてくる気配はない。
「この程度ではやってこぬか」
アークが私とエアのそばに戻ってきた。
「もうっ、やるなら言ってよ!!」
何も言わずにあんな攻撃するなんて文句の一つも言わなきゃ気が済まない。
「この程度でどうにかなるようなタマではあるまい」
「そういう問題じゃないの!! 水面が不安定になるし、濡れるの!!」
「ふんっ、ピーピーうるさいやつだ」
「殴るよ?」
私は手を握り込んで顔のあたりまで持ち上げる。
「や、やめるのだ!! わ、分かった。やる前に言うから」
「ふんっ、分かればいいよ」
アークが私から逃げるように離れていった。
でも、どうしよう。派手に暴れるのは悪くないとは思うけど……。
「ピヨピヨ」
「ん? エアもやりたいの?」
「ピィ!!」
エアが私の目の前にやりたいと鳴く。
「それじゃあ、お願いね」
「ピッ!!」
自信がありそうなので任せてみる。
「ピィイイイイイイ……」
エアは少し高く舞い上がり、水面を向いて小さな翼を広げると、エアの周りに風が集まり始めた。
これはヤバそう。
私は被害を避けるために側からすぐに離れる。
「ピィッ!!」
エアが「行け」と言わんばかりに翼を振り下ろした。
目に見えるくらい極大の風の刃が水面に吸い込まれた。
――ズバァ!!
まるでモーセのお話のように数百メートルくらいに渡って海が割れる。
エアの攻撃力ヤバすぎ。私はとんでもない幻獣のママになってしまったみたい。
割れた隙間を埋めるように波が入り込んで、大きくうねる。巻き込まれないようにさらに距離をとった。
それでも水面が大きくうねって津波のように周りに襲い掛かる。
うーん、あんまりやり過ぎると、津波になって街に大きな被害が出ちゃうかも。魔導銃なんて撃ったら大惨事になるよね。どうしよっかな。
あっ、そうだ。一番シンプルなやつを忘れてた。私はマジックバッグに入っていたファングボアの肉をボトボトと辺りに落として回る。
「な、何をしているのだ!? それは我の肉ではないか!!」
アークがすぐ側にやって来て、目ざとく文句を言った。
「別にアークのじゃないでしょ。肉が減ったら獲ってきたらいいじゃん」
「それはそうだが……」
「クラーケンを食べるためなんだから我慢して」
「……仕方あるまい」
アークを黙らせて、私はファングボアの肉を落として回る。
「来るぞ」
「ピィ!!」
その効果は覿面で、クラーケンが迫ってくるのが振動で分かった。
水面に白い影が見えてくる。私は速度を上げてその場から離れた。
――ドパァアアアアンッ!!
クラーケンが水面から飛び出してくる。
巨大な触手みたいな足がウネウネしていて少し気持ち悪い。
「やっと出てきたね。いくよ!!」
水面を思い切り蹴ってクラーケンに迫る。
イカとおんなじ体の構造なら、目と胴体の付け根か、目の目の間が急所っていう説明を動画見た覚えがある。もちろん私が狙うのは、やりやすい目と目の間。
襲い来る足を避けながら、思い切り振りかぶって突き出すと同時に飛んだ。
「やぁっ!!」
足が私を阻もうと壁になって現れる。
――バァンッ、パァンッ、パァンッ!!
全ての足が私の拳の前に破裂していった。あっ、ちょっと勿体無いかも……ちゃんと一撃で締められれば、全部食材にできたのに……。
「わわっ!?」
でも、予想外に足が再生して、その一つが私を絡め取った。
よかった。食材が減らなくて済んだ。
「ウォオオオオオオン!!」
アークの遠吠えと共に極大の雷が落ちる。
「ピギョギョギョォオオオオッ!!」
雷に飲まれたクラーケンは耳が痛くなりそうなほどの鋭い悲鳴をあげた。
私も一緒に巻き込まれる。クラーケンが力を失い、その場に横たわった。私は足に捕まれたまま水に浸かる。
「ちょっと!! 私が捕まってたんだけど!?」
いくら効かないからって私ごと攻撃するなんてやりすぎだと思う。
「お前は人間を辞めたのだから、この程度どうってことあるまい」
「私は断じて人間を辞めてないから!!!」
「どこがだ。我の雷を喰らってピンピンしておるではないか」
「痛いなぁ?」
全然痛くもかゆくもないけど、痛がってるふりをする。
「白々しい真似はよせ。ほらっ、サッサとバッグに詰めて戻るぞ」
「はいはい──きゃああああっ!?」
クラーケンの足を解こうとしたその時、足に力がこもり、私は一瞬で水の中に引きずり込まれていた。
クラーケンがどんどん海の底の方に逃げていく。
このままじゃ、息が……。
いくら体が頑丈でも呼吸だけはどうしようもない。窒息して死んでしまう……。
それから一分、二分、三分、五分、十分。
あれ? 苦しく……ない?
どれだけ呼吸を我慢し続けても苦しくない。もしかして、私って呼吸しなくても生きていけるってこと?
私、ガチで人間辞めたかも!?
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