第13話 手料理の温かさ
すっかり日が暮れてしまったので、今日の冒険者登録は断念。
アークと別れて宿に戻ると、店主のおじさんから声を掛けられた。
「あ、おかえり。夕飯が出来てるよ。空いてる席に座って待ってな」
「あっ、ありがとうございます」
夕飯時になったので、ガランとしていた食堂が宿泊客たちで賑わっている。
皆、赤ら顔でジョッキをぶつけ合ったり、肩を組んで笑い合っている。これだよ、これ、私が求めていた光景は。
私もその空間にお邪魔して席に座る。
「はい、お待ち。日替わり定食だよ!!」
「ありがとうございます」
しばらく待っていると、目の前にお盆に乗った料理が運ばれてきた。
夕食は全部で四品。
メインは分厚いステーキ。こんなに大きなステーキは見たことない。前世で見たことのあるお店のステーキなんて目じゃない。
副菜に色とりどりな野菜が入ったサラダ。キャベツやレタスみたいな見た目の食材がなくて味が想像できない。
それに、細かく刻まれた野菜が入ったポトフと黒いパンがついている。
「おやっ、あんた、今日から泊りの客だね?」
料理に目を奪われていると、配膳してくれた人が声を掛けてきた。いかにも勝気そうな三十代半ばくらいの女の人で、頭を三角巾で覆っている。
「はい、お世話になります」
「私は女将のアンナってんだ。よろしくね」
「アイリスです。よろしくお願いします」
私は自己紹介して頭を下げた。
「礼儀正しい子だねぇ。うちは味は当然だけど、量が売りなんだ。しっかり食べて大きくなりな!!」
「あ、ありがとうございます」
アンナさんは嬉しそうに笑いながら、私の背中をバンバンと叩く。痛くないはずなのに、背中がジンジンする気がする。
見た目通りに物凄く豪快な人だ。でも、多分これくらい気が強くないといろんな人が泊る宿の女将さんなんてやってられないんだろうね。
「あの、もしできたらで構わないんですが、少し聞いても良いですか?」
「なんだい?」
「このサラダと野菜のポトフに使っている。野菜をおしえてもらいたくて……」
少しでもこの世界の食材の知識を得るため、アンナさんにダメ元で聞いてみる。
「なんだ、そんなことかい。構いやしないよ」
「いいんですか?」
異世界と言えば、レシピは門外不出というか、簡単に教えないのが常識。まさかオッケーされるとは思わなかった。
「この辺でよく食べられている料理だからね」
アンナさんは野菜の種類とそれぞれの特徴を簡単に教えてくれた。
これで一応今日の野菜は大体把握。試行錯誤は必要だけど、何度か食べていれば、少しずつ料理もできるようになるんじゃないかな。
「ありがとうございます」
「いんや、この程度気にしなさんな。それじゃあ、忙しくなってきたからまたね」
「はい。ありがとうございました」
アンナさんの背中を見送った私は料理に視線を戻す。
早速実食しなきゃ。やっぱり、まずはメインからでしょ。ナイフとフォークでステーキを分厚く切って口に運ぶ。
「んんーーーーーーー!!」
口に入れて噛んだ瞬間、肉肉しさがガツンとくる。どちらかという脂身が少ない赤身肉みたいにしっかりと肉そのものの味が強い。
しっかりと味わってから飲み込み、次を口に運ぶ。手が止まらない。
あっさりしていていくらでも食べられそう。
「冷めたら勿体ないよね」
次は野菜たっぷりのポトフ。
「ふー、ふー」
ちゃんと冷ましてから啜る。
あぁ~、優しい味。野菜の旨みがいっぱい溶けだしていて、塩が味を整えているあっさりとしたスープだ。
強烈なステーキの後にちょうどいい。
次はサラダを頬張る。
シャキシャキとした食感が小気味よく、掛けられているたれとあまり主張しすぎない素材の味がマッチして物凄く美味しい。
キャベツやレタスとは違うのが不思議。
「んー、これは結構歯ごたえがあるなぁ」
最後に黒いパンを口に入れる。
ガリガリとまるで少し硬めのクッキーでも食べているような歯ごたえだ。小麦の香りが鼻を抜け、これはこれで美味しかった。
「ごちそうさまでした」
私は手を合わせて頭を軽く下げる。
食べる前は絶対食べきれないと思っていたけど、簡単に食べきってしまった。それくらいこの宿の料理は美味しかった。
人間らしい料理を食べたのは五歳の鑑定式の前までだと思う。その後の生活が酷すぎたせいか、何が入ってたなんてほとんど覚えてない。
本当に久しぶりにこんなに気持ちのこもった料理を食べた気がする。前世でもほとんど病院食だったからなぁ。
そのせいもあってか本当に美味しく感じた。
「そういや、明日から外壁の増築作業が始まるんだと」
「雑用でも結構な額もらえるらしいぜ」
「最低ランクから依頼を受けられるんだってな」
ぼんやりしていると、近くの冒険者たちの話が聞こえてきた。
この依頼なら私も受けられそうだし、アークもご飯を食べられてちょうどいいかもね。
「いやぁ、そんなに細っこいのに良い食べっぷりだねぇ!!」
少し食休みしていると、アンナさんがやってくる。
「ごちそうさまでした。とても美味しくて気づいたら無くなってました!!」
この熱い思いを伝えずにはいられない。それくらいここの料理は美味しかった。
「そうかい、お世辞でもそこまで言ってくれるなんて嬉しいねぇ」
「お世辞じゃありませんよ!! 本当に美味しかったんです!!」
良い物はいい。ちゃんと言葉にして伝えたい。私もそうして欲しいから。薬屋のお爺さんがそうしてくれたように。
「あはははっ、そんなに喜んでくれるなら冥利に尽きるよ」
「明日も楽しみにしてます!! あっ、従魔に同じ料理を食べさせることってできますか?」
料理を失敗したのに、自分だけこんなに美味しい料理を食べるのは申し訳ない。
「できなくはないけど、別途料金がかかるよ?」
「勿論です。十人前お願いできますか?」
「あいよ、任せときな」
アンナさんと言葉を交わした後、部屋に戻る。
「めまぐるしい一日だったな……」
街にやってきて、買い物して、料理して、失敗して、冒険者になって――
体は元気だけど、色々あり過ぎて少し疲れたような気がする。
明日こそは冒険者登録するぞ!! どんな依頼があるのか本当に楽しみだなぁ。
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