第129話 目的?なにそれ美味しいの?(追手視点)
時は遡る。
アイリスがミノスにいる頃、一人の男がモスマンに到着していた。
「ここがモスマンか。やはりダンジョンがあるだけあって冒険者が多い。ただ、見たところ、駆け出しのようなランクの低い冒険者はいないようだ。そのおかげか治安も良さそうだな。本当にこんなところに件の薬師がいるんだろうか。まぁ、いい。早速聞き込みを始めよう」
それは凄腕の薬師──アイリスの行方を追うグランドリアからの刺客であった。
血の気が多い人間でもガラの悪い人間でも、特になんの支障もなくできる職業のため、冒険者――特に低ランクの――が多くなると、治安も悪くなることが多い。
しかし、モスマンは行き交う冒険者たちの身形もよく、穏やかな雰囲気が漂っている。それがこの街の治安を物語っていた。
馬を預けた刺客は、行き交う人々を観察しながら、一人の男に声をかける。
「すまない」
「誰だ、あんたは?」
その男は戦士の格好をしていて、警戒心を露わにしながら刺客をジッと見つめた。
「この辺りで美味い店を知らないか?」
そう。刺客は腹が減っていた。
アイテムバッグなどの便利な道具を与えられていなかったため、野営中は碌な食事をとることもできないまま、国境を越えてここまでやってきていたのだ。
腹が減っては戦はできぬ。目的を果たすためにも腹ごしらえは必要だ。
「……それなら二本先の十字路を右に曲がった先にあるボローロが美味いぜ」
戦士は警戒心を緩めて返事をした。
刺客は明らかに堅気ではなさそうな格好をしている。戦士はまさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。
「そうか、助かった」
「いや、気にすんな。じゃあな」
刺客の礼に戦士は手をひらひらとさせて去っていった。刺客は早速教えてもらった店へと赴く。
「いらっしゃいませぇ!!」
店内に入ると、元気な声で出迎えられた。昼や夕方ではないため、客はまばら。ちょうどいいタイミングでお店に入ることができて良かったと喜ぶ。
空いてる席に腰を下ろした。
さて何を頼もうか。
「ご注文はお決まりですか?」
悩んでいたら、店員が席へとやってきてしまった。
しかたがない。まだ決まっていないが、こんな時は最終手段だ。
「おまかせで頼めるか?」
「承知しました。確認しておすすめを出していただきますね」
「頼む」
こういう時はおまかせと言っておけば、大抵どうにかなる。案の定、店員は注文に文句を言うわけでもなく、店の奥側に消えていった。
「お待たせしました。こちらおまかせ料理です」
「ありがとう」
しばらく経ち、二品が運ばれてくる。
つけものと野菜炒めだ。
「濃い味付けだが、美味い」
教えてもらった通り、料理が美味しかった。
ただ、味が濃いだけに飲み物が欲しくなる。
「すまん、飲み物を」
刺客は店員を呼んで飲み物を頼んだ。
「お待たせしました」
運ばれてきたのは、シュワシュワと音を立て、上部に泡のある黄金色に輝く飲み物。料理を食べた後、飲み物で流し込む。
「ぷはー、これは最高だな!!」
さらに、メインの肉料理や煮込み料理が運ばれてきた。
ジュージューと鉄板の上で音を立てる肉は食欲をそそる。一口食べると、噛むたびに肉汁が溢れ出し、口いっぱいに広がっていった。
そして、また黄金色の飲み物で流し込む。煮込み料理はガツンとくるパンチの効いた味付けで、飲み物が進む進む。手が止まらない。
刺客は店を教えてくれた男に感謝をしながら食事を堪能した。
そろそろ本来の目的を果たそう。
「お勘定を」
「かしこまりました」
「それと、少々聞きたいのだが」
料金を支払う際に店員に尋ねる。
「この辺りで安くて良い宿はないか?」
そう。街に着いたら宿屋の確保だ。
ここで働いているのなら詳しいはずだろう。
「そうですね。それでしたら、ブラッドスライムの棲み処って宿屋が結構穴場でサービスが良いと思いますよ」
「それは助かる」
非常に有力な情報を手に入れた刺客は、早速店員に教わった通りに街を歩き、くだんの宿にたどり着いた。
「いらっしゃい」
「部屋は空いているだろうか」
「あいよ」
刺客は一泊の宿を取り、荷物を置いて冒険者ギルドへ向かう。
そうだ、ここなら目的の情報も手に入るだろう。
酒を飲んでいる連中に酒を奢り、話を聞く。
「やめとけやめとけ。一階はブラッドスライムの巣窟で酸耐性の武具がないと稼げないし、二階以降も似たようなもんだ。しっかりと準備しないと死ぬぞ」
目的の情報とはここのダンジョンの情報だ。
どの冒険者たちも同じようなことを言っていた。
ここでダンジョンに挑戦するのはよした方が良さそうだ。
有力な情報を手に入れた刺客は宿に戻って、お湯を貰って体を拭いてから着替え、ベッドに横になる。
今日は大変充実した一日だった。
この街は良い街だ。ちょうどいい。料理も美味かったし、馬を休ませるために二、三日滞在しよう、そうしよう。
明日はあまり興味もないけど、薬師の行方だけでも聞いてみよう。
そんなことを思いながら、刺客は目を閉じた。
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