第118話 膠着
辺りを見まわすと、すぐそばにどこにもなかったはずの大樹が聳え立っていた。
その大きさはトレントとは比べ物にならない。
それに、トレントがほとんど木と見分けがつかないのに対して、この大樹の幹には顔らしきものがあって、「アヒャヒャヒャ」とでも笑っているかのように口を縦に大きく開いていた。
枝葉が空を覆い、辺り一帯に影が落ちる。まるで絶望を包まれてしまったみたい。巨大な根があちこちから突き出してゆらゆらと揺らめいている。
他の馬車は宙に浮いて難を逃れていた。エアが馬車を守ってくれたみたい。こっちに飛んでくる。打ち上げられた冒険者たちもアークが救出して全員無事みたい。
ホッとため息を吐いた。
『クラウンフォレストか。そこそこ大物だな』
戻ってきたアークが大樹を見上げながら呟く。
『強いの?』
『トレントの最上位種だ。樹海などで稀に生まれるモンスターだ。森の領域を広げ、周りにいるものを呑み込んでいく。詳しくは知らぬが、人間の国もいくつか滅んでいるのではないか? なぜこんな森で誕生したのかは知らぬが、我ら以外に倒すのは困難だろう』
『マジ?』
『マジだ』
ただの国境の森に災害みたいなモンスターが出るとか危なすぎる。
「シャイニングセイバー!!」
「ライトニング!!」
「アストラルストライク!!」
ヒイロさんたちが今まで以上の激しい遠距離攻撃を放った。その攻撃は全てクラウンフォレストに飛んでいき、轟音とともに大爆発を引き起こす。
――ドォオオオオオオンッ!!
煙が消えると、より合わさった木の根が攻撃を防いでいる光景が見えた。
ダメージがまるでないと言っても良さそう。
「ありえない……」
「いつもの私より何倍も威力があるはずなのに……」
「ほとんど無傷だなんて……」
アークの言葉を証明するかのように、ヒイロさんたちはクラウンフォレストにほとんどダメージを与えられなかった。
『アークでも勝てない?』
『馬鹿者!! 我にかかれば一瞬に決まっている』
『それなら』
『さっきも言ったであろう。それではトレントがこのまま残るぞ? それでもいいのか? 我は一向に構わんが』
そういえばそうだった。
クラウンフォレストを倒してもトレントが消滅するわけじゃない。大量のトレントを残していったら、駆除するのも、見分けるのが大変だ。
できればトレントごとどうにかしたい。クラウンフォレストだけ倒すのは最後の手段にしておく。
私たちはヒイロさんたちに駆け寄った。
「ヒイロさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。そっちも無事みたいだね。ごめん、任せっきりで。俺たち全然仕事ができてない。これじゃあ、護衛失格だよ」
ヒイロさんが申し訳なさそうに肩を竦める。
「いやいや、仕方ありませんよ。アークが言うには、あのモンスターはクラウンフォレストという災害みたいなものらしいですから」
「クラウンフォレストだって!? 『国喰い』がなんでこんなところに……」
クラウンフォレストは国喰いと呼ばれているらしい。なんでも、発生したらなす術なく国を飲み込まれてしまうんだとか。
「勝算はあるのかい?」
「倒すのは問題ないみたいですが、トレントが後に残ってしまうようで……」
「後で駆除しようにも見分けがつかないってわけか……」
「そうです」
モンスターが居る世界だからある程度危険なのはしょうがないけど、見分けがつかないモンスターが人の行き来のある道にいるのは危険すぎる。
『ギギギギギギッ』
話しているのも束の間、普通のトレントが周囲を囲むように群がって来た。
「俺たちがお嬢様を守るよ。君みたいなお嬢さんにこんなことを頼むのは忍びないんだけど、君たちでクラウンフォレストを相手してくれるかい?」
「任せてください」
ただ、トレントは冒険者たちでどうにかなるとしても、クラウンフォレストの攻撃が来たら防ぎきれないと思う。
任せるには防御面に不安だ。
「ピピィッ!!」
考え込んでいると、エアが「私が残る」と鳴いた。
「え? いいの?」
「ピピッ!!」
「本当に大丈夫?」
「ピピピッ!!」
「分かった。それじゃあ、お願いね。無理せず逃げるんだよ」
「ピピィッ」
エアの意思は固いようなので任せることにする。Bランクモンスターを瞬殺するエアなら、攻撃をしのぐくらいはできるはず。
「アーク、行くよ!!」
『仕方あるまいな』
私は、元の大きさに戻ったアークに跨がってクラウンフォレストに立ち向かう。身の危険を感じたのか、クラウンフォレストの根が次々私たちに襲いかかってきた。
アークが木の根を次々と切り裂いていく。
「えいっ」
撃ち漏らした根には私の強めのデコピン。それだけで根は破裂した。
『相変わらず出鱈目だな』
『気のせいだよ』
間近で見ると、その大きさが実感できる。数百メートルくらいはありそう。
「どうする? 殴ってみる?」
『待て待て。それでは一撃死んでしまうかもしれんだろ。我がやる』
さすがに私のパンチ一発で死ぬことはないと思うけど、まずアークに任せる。
アークは迫り来る根を足場にしてクラウンフォレストの上部へと駆け上がった。
「ふんっ」
根だけでなく、枝葉も襲いかかってくる中、その中を駆け抜ける。
――バサァッ
「ぶふっ!!」
クラウンフォレストの枝葉が全部なくなって、丸坊主にされた人間みたい。なんだか滑稽で思わず吹き出してしまった。
「ギャギャギャギャッ!!」
あれはもしかしてクラウンフォレストの怒りの声かな?
激しい音とともに爆ぜるように新たな枝葉が生え広がった。再生能力もあるとか面倒な。
「ディバインソード!!」
「ブリザード!!」
「アルテミスショット!!」
ヒイロさんたちは次々トレントを倒しているけど、倒した端から誕生している。あれじゃあ、倒しても倒してもキリがなさそう。
今のところ、クラウンフォレストは私たちへの対応で手いっぱいらしく、冒険者たちには攻撃していないみたい。
私たちはトレントごと倒す方法を見つけられないまま、膠着状態に陥ってしまった。
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