第114話 嵐の前の静けさ
「うーん、何も起きないね」
「そうですわね」
森に入ってしばらく経つけど、今の所なにも起こっていない。
ただ、依然として虫の声一つしないし、モンスターも全然見かけないという、異常な状態が続いている。
「こういうことは今までなかったの?」
エリアは商会の娘。
自分で行商を率いるのは初めてだと言ってたけど、今まで家族と一緒に見てきたはずだ。
「モンスターが大量発生した、ということはあったのですが、こんな風に静まり返ることはありませんでしたわね」
「私も昔からお嬢様についていますが、このような状況は初めてです」
「そっかぁ」
似たような現象が起こっていたらと思ったけど、二人も知らないという。
アークに怯えてるのかなと思ったけど、これまでの道中の雰囲気とはまるで違うからまた別の要因だろうし。
自分だけで考えでわからないので念話する。
『アーク、何か分からない?』
『小癪にもこの森には我の鼻を誤魔化す強い匂いが充満していて判断できん』
『エアは?』
『ピピー……』
二人も何も分からないみたい。
『考えられるとすれば、強力なモンスターが生まれた可能性はある』
『どういうこと?』
『本来、モンスターは別の種族と共に行動することはないが、強力なモンスターが生まれた場合、そのモンスターの下で統率されることがある』
『なるほど。それにしても静かすぎない?』
『まぁな』
割とファンタジーでありがちな設定だ。
オーガみたいな強力なモンスターが、ゴブリンやオーク、コボルトのような雑魚モンスターを率いて人間の街を襲う、みたいな。
でも、それにしても虫一匹いないのに説明がつかないし、アークの鼻を誤魔化すような匂いが充満している、というのが気になる。
「すんすん」
匂いを嗅ぐと、確かにミント系の匂いが漂っている。今まで森の中で特定の匂いが充満している、ということはなかった。この辺りに原因が隠されていそうな気がする。
「ただ、いつもと同じ道を通ってるはずなのに、なんだかいつもと違って見えるような気がしますわ。私の気のせいかもしれませんが」
エリアが考え込むような仕草をしてから、自信なさげに口を開く。
「どういうこと?」
「なんとなくいつも見ていた木々とは位置も雰囲気も違うような気がしますの」
エリアが私の方の木々を見ながら呟いた。
「でも、そんなに早く木が生え変わるわけないよね?」
「だから、気のせいだと思いますわ」
木が育つのには十年単位の年月が必要になる。商談についていっていると聞いているので、長い間この森を通らなかったわけじゃないはず。
でも、一応気にしておいた方がよさそう。
それからも、モンスターが一度も襲ってくることもないまま、私たちは順調に森の中を進んでいった。
それはいいことなんだけど、何も起こらないと、少しずつ冒険者たちの緊張の糸が切れてくる。ずっと警戒し続けることは難しい。
「あぁ~、アイリスたん、女神すぎないか?」
「昨日は、顔が整ってるな、くらいの印象だったのに、今日ヤバない?」
「あれはお化粧してるね。今まで全くしてなかったんじゃないかい?」
「だから、あんなに化けたのか」
冒険者たちが話し始める。先ほどまでの緊張感が消えてしまっていた。
「そろそろ休憩にしよう」
そこで、ヒイロの提案によって休憩を挟むことに。
少し開けた場所に馬車を停止させ、少し馬の体を休める。森の中ということもあって、テーブルを出したり、軽食を取ったりはしない。
冒険者たちは交代で地べたに腰を下ろし、休憩を取る。いつも以上に警戒していたからか、冒険者たちには疲労の色が見えた。
「いったい何が原因なんだろうね」
「皆目見当もつきませんわ」
「私も冒険者歴が長いわけじゃないから分からないなぁ」
「ヒイロさんも分からないと言っておりましたので、珍しい現象なのでしょうね」
その様子を見ながらエリアと話をする。
冒険者たちも何かの話をして盛り上がり始めた。
「おまえたち、警戒は怠らないでくれよ?」
「大丈夫ですって。任せてくださいよ」
釘を刺すヒイロの言葉もあまり他の冒険者たちに届いていない。光輝の剣のメンバーたちだけが、終始ずっと緊迫した様子で辺りに気を配っている。
これがBランク冒険者の実力なのかな。
「うわぁああああ!?」
「きゃあああああ!?」
でも、和やかなムードは冒険者たちの悲鳴によって壊されてしまった。
声がした方を見ると、数名の冒険者が宙に舞っているが見える。体の足には木の根っこが絡みついていた。
『ちっ、そういうことか。気を付けろ!!』
突然アークが焦った様子で念話を送ってくる。
『どうしたの!?』
『すでに囲まれている!! いや、最初から囲まれていたのだ!!』
『なんだって!?』
アークは何かに気づいたみたい。
私はすぐに声を挙げようとした。
『ギギギギギギ!!』
でも、声を上げる前に地面から木々の根が突き出し、《《周囲の木々が立ち上がって》》私たちに襲い掛かった。
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