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第106話 ガタガタガタ(実家時点)

 ワイズマン商会が抗議に来て三日。


「納品はどうにか間に合いそうです」

「そうか……」


 グランドリア家当主、ハロルド・グランドリアは部下の報告を聞いて安堵の息を吐き、革張りの椅子に深く背を預けた。


 一番の懸念だったワイズマン商会の納品が間に合うのであれば、首の皮一枚繋がったと言える。


 ハロルドの脳裏に役立たずだと切り捨てた、かつて娘だった人間を思い出した。


 あの無能は、一日に二、三百本程度は作れたはずだ。しかし、集めた薬師たちはさらに無能が多くて日に二十本作れればいい方だった。


 相当に高くついてしまったが、背に腹は変えられない。


 あの無能が生きていればこんなことにはならなかったという不満と、あの無能を切り捨てたことでまだ家が存続しているという正しさ。


 二つの相反する気持ちがハロルドの心の中で渦巻いていた。


 しかしながら、各地を回っているバーバラから届いた手紙には、お詫びの甲斐あって取引先も怒りをおさめてくれていると記載されていた。


 このまま上手くいけば、家を建て直すことができるだろう。


 これから重要なのは、一日で何百人もの人間を治したという凄腕の薬師を連れてくることだ。


「噂の薬師の件はどうなっている?」

「それが辺境の街バンドールにいるらしいという手紙が来ました」

「おおっ、そうか」


 希望の光が差したように見えたハロルド。


 建て直した後の未来を思い描きながらほくそ笑んだ。






 しかし、ことはそう思い通りには運ばなかった。


「凄腕の薬師はすでに国外に出てしまったという報告が来ております」

「なんだと!? このままでは破綻してしまうではないか!!」


 幸いワイズマン商会の納品は間に合い、バーバラの活躍によって納期こそ延ばしてもらえたが、多くの商会の回復ポーションの交換と納品に応じなければならない。


 今でさえ限界で造らせている。これ以上無理をさせたところで数は増えないことはすでに分かっている。


 その上、新しい薬師を募っているが、パタリと応募がなくなった。このままでは近々破綻するのは目に見えている。


「そして、凄腕の薬師を連れて帰るためにそのあとを追いかけるとのことです」

「あやつ、逃げたのか!!」


 そこでハロルドが薬師を探しに行った部下の意図に気づく。


 今のグランドリア家は立て直しで精一杯。自国ならまだしも他国に何かするのは難しい。戻って罰を受けるくらいなら、他国に行ったという薬師を追いかけて国を出てしまうのが、現状で一番生存する可能性が高い。


 これ以上ない選択だったと言える。


「おそらくは」

「ちっ、刺客を放て!!」


 ハロルドは激昂して机を激しく叩く。


 激しい音が室内に木霊し、机が軋んだ。


「現状、動かせる人員も資金も足りません。出したとしても、最初に出した人員に追いつくのは困難かと」


 グランドリア家はノーマンの尻拭いに奔走している上に、通常の業務もある。すでに余剰な人員は残っていなかった。


 外部に頼もうにも、薬師の雇用や取引先賠償などで財政的にも逼迫している。安い金で雇ったとしても期待はできないだろう。


「ぐぬぬっ。あやつめ。我が家が拾ってやったというのに恩を仇で返しおって。絶対許さん。必ず報いを受けさせてやる……誰かを遣わせておけ」

「かしこまりました」


 ただし、苛立ちは募る。少しでも溜飲を下げるために、質が悪くとも刺客を放った。これで殺せれば儲けものだ。


 しかし、悪いことは続く。


「だ、だ、だ、旦那様!!」

「今度はなんだ?」

「ワ、ワイズマン商会の方がいらっしゃいました!!」


 今度は魔法薬のポーションを納品したはずだ。わざわざワイズマン商会の人間がやってくる理由が分からない。お礼か何かだろうか。


「すぐに通せ」

「承知いたしました!!」


 深く考えることもなく、ハロルドはすぐに応接室へと客人を通した。


 メイドに通されて入ってきたのは、クワトロと従者が二人。


「おおっ、これはこれはクワトロ殿。本日はいったいどのようなご用件ですかな?」

「おい、本当に分からないのか?」


 クワトロはソファに腰を下ろすこともなく、こめかみに青筋を立てながら問う。


「はて、なんのことやら、さっぱりなのですが……」


 ハロルドはクワトロの剣幕に困惑するしかない。


「おいっ、持ってこさせろ」

「はっ」


 クワトロの指示に従い、扉が開けられ、木箱が運び込まれた。蓋を開けると、ポーションが入った瓶が均等に区切られた仕切りの中に入っている。


「これは確かにお主の家が我が商会に卸したポーションだな?」

「はい。おっしゃる通りです」


 瓶には特殊な印が押されていて、グランドリア家産だという証だ。


「これのどこが以前の品質なんだ?」

「うっ」


 クワトロはあろうことか、ポーションの蓋をあけ放ち、ハロルドの頭から掛ける。


「私は全て最上級品質の魔法薬を卸せと言ったはずだ。これはどう見ても魔法薬でも下の下の品質ではないか。君には魔法薬の品質の区別もつかないのかね?」

「そ、それは……」


 品質の確認は部下に任せていた。


 部下は魔法薬の品質を判断できなかったのである。


「事実。納品されたのは下の下の品質のポーションがほとんどだ。もう我慢ならん。グランドリア家とはもう二度と取引はせん」


 クワトロは埒が明かないとばかりに部屋から出ていく。


 それはワイズマン商会からの地獄への招待状。


「ま、待ってください!!」

「待たん。もうチャンスはやった。せいぜい賠償も覚悟しておくことだ」


 止めようとするが、従者に睨みつけられて追いかけられなった。


 まだまだ悪いことは終わらない。


「失礼します!!」


 開けっ放しになっている扉を潜り、部下が入ってくる。


「今は入ってくるな……」

「しかし、緊急事態でして……」


 あまりの事態に考えがまとまらないハロルドは、部下を追い返そうとするが、緊急事態と言われては聞かないわけにはいかなかった。


「……言ってみろ」

「雇った薬師連中が結託して暴動を起こしました」

「馬鹿な!! すぐに取り押さえろ!!」

「それが、薬師が結託して調薬施設に立てこもり、訳の分からない薬をまき散らしておりまして……」

「なんでこんな時に……」


 薬師たちは契約書とは違う待遇に不満が爆発し、反旗を翻した。


 すでにグランドリア家に目をつけられている以上、もう逃げ場はない。窮鼠猫を噛む。背水の陣での蜂起であった。


 しかも、そこは調合施設。色々な素材があり、言ってみれば薬師のホームグラウンド。いくら屈強な騎士でも搦め手には弱い。


「騎士団を導入して構わん。すぐにやめさせろ」

「ははっ」


 指示を出したハロルドはぐったりとソファに腰を下ろした。その顔は十歳以上老け込んでいるように見えるほど覇気が無くなっている。


 そして、今度はメイドがやってくる。


「失礼します」

「……なんだ」


 ハロルドは力のない声で問いかけた。


「お嬢様からお手紙が来ております。」

「おおっ、バーバラか」


 報告を聞いたハロルドは飛び起きる。


 バーバラのおかげで各地の取引先の印象は大分回復していた。


 ワイズマン商会には切られてしまったが、バーバラさえ上手く立ち回れば、まだチャンスは残っている可能性がある。


 ハロルドは期待しながらすぐに手紙を開いた。


「…………そんなばかな……」


 ハロルドは手紙を途中まで読んだ後、ソファから転げ落ちた。

いつもお読みいただきありがとうございます。

これにて二章は終了となります。

次話より三章となります。

最近更新時間がまちまちになっておりますが、どうにか毎日更新を続けていければと思っております。

引き続きよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
品質がわかるということは、自身で作れるのでは? 自分で作れるなら、1日に何本作れるか想像がつくのでは?
説明も要らないと思いますが、面白いです。 10話も読めば分かります。 蛇足ですが、 軽いです。すぐ終わります。 お約束満載です。気にしてはいけません。 ツッコミどころ一杯です。目をつぶりましょう。 …
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