第102話 料理の神の使い
「それはそうと、昨日孤児院の方でやたらと香ばしく、食欲をそそる匂いが漂っていた、という報告があったのですが、何かご存じありませんか?」
護衛依頼を受けた後、イトゥーさんの目が細くなった。
これはもしや……。
「あぁ、もしかして生姜焼きのことですかね?」
「ショガヤキ?」
イトゥーさんが首を傾げる。
そっか、こっちじゃ名前が違うし、私が使ったのもジンガっていう名前の生薬だもんね。イトゥーさんが分からないのも仕方ない。
「えっと、昨日孤児院でグレートボアのお肉を皆で食べたんですよ」
「グレートボア!?」
「ショウの実を使って私の故郷の料理を作ったら、皆が喜んでくれたんです」
「ショウの実? ちょっと待ってください。情報が多くて……」
イトゥーさんが頭を抱えて私を手で制する。
そういえば、グレートボアも強いモンスターなんだよね。忘れてた。
「うーん、そうですね。それなら、実際に作ってみましょうか?」
「え? いいんですか?」
「はい」
百聞は一見に如かず。私はイトゥーさんに実際に食べてもらうことにした。
「食材はこれだけあれば足りますか?」
「はい、問題ないと思います」
私が泊まっているホテルの厨房を借り、ボア肉のジンガ焼きを作る。
「えっと……その方々は?」
いつの間にか増えた人に困惑を隠せない。全員シェフっぽい白い服を着ている。どう考えてもプロの料理人だよね?
「試食したいらしいのですが、よろしいでしょうか?」
「試食!? 大した料理を作るわけではないのですが……」
大ごとになっている気がするけど、気のせいかな……。
「知らない料理をぜひ食べてみたいとのことです。もちろんレシピを商業ギルドに登録していただかない限りは、盗用などいたしません」
「……分かりました」
薬学の知識を駆使して作ったジンガ焼きダレに肉を潜らせて、油を引いて熱した平鍋に用意されていたボア肉を投入。
「これは……たまらん!!」
「なんという香しい匂い……!!」
「これほどまでに食欲をそそる匂いがあったのか!?」
孤児院の時と同じように皆がジンガ焼きダレが焦げる匂いに顔を綻ばせる。
千切りのキャベツもどきと合わせて完成。
試食の人たちの分も用意した。
「今の見たか? 包丁の動きが見えなかったぞ?」
「見ていた。全てが効率化された動き。あれは熟練の技だ。いったい何者なんだ?」
「全ての肉の厚さが均等。そしてキャベツの千切りも同じ。信じられん……」
料理人たちが唸っている。
薬の調合と同じようにやったけど、どうかしたのかな?
「ボア肉のジンガ焼きです」
「おおっ、これは……確かに我慢できそうにない匂いですね……!!」
テーブルにジンガ焼きを置くと、イトゥーさんが思い切り匂いを吸い込み、いますぐにでも飛び掛かりそうなヤバい顔つきになる。
「どうぞ」
「それでは、いただきますね……」
私が勧めると、イトゥーさんはフォークとナイフを器用に使って口に運ぶ。
「うまい!! うますぎる!! なんですか、これは!!」
そして、口に入れた瞬間、細い目をカッと見開いた。
糸目キャラにもちゃんと目があるんだ。
「なんという美味さだ……この世にこんな料理が存在していいのか……」
「神よ、この料理に出会わせてくれたことに感謝を……」
「素晴らしい……」
ズレたことを考えていると、料理人たちが突然涙を流し始める。
「えっと……大丈夫ですか?」
「アイリス殿!!」
何事かと思い、恐る恐る話しかけると、イトゥーさんが勢いよく立ち上がった。
「は、はい!!」
「ぜひ、このレシピを商業ギルドに登録していただきたく!! そして、我が商会に使用許可を!!」
そのまま私に詰め寄ってくる。
常軌をいっした様子のイトゥーさんにタジタジになってしまった。
「別にそのまま教えても構いませんが……」
「ダメです。どんなレシピも宝と同じ。発案者には相応の権利があるんです」
「分かりました……」
私は指示に従い、すぐに商業ギルドでジンガ焼きのレシピを登録。
レシピを登録することで著作権みたいなものが発生し、特許料的なものがもらえるようになるらしい。
生姜焼きなんて私が発明した料理じゃないので、もらうのは気が引ける。
そこまで大金にはならないと思うけど、このお金も孤児院や医療関係の施設に回るようにしておくことにした。
でも、私が莫大な金額が口座に入っているのを見て、驚愕するのは少し先の話。
◆ ◆ ◆
「ダメだ……いくら作っても何かが足りねぇ……」
「レシピ通りに作っているはずなのに、なんでなんだ……」
「いったいどこが駄目なんだ……分からねぇ……」
厨房で料理人たちが頭を抱えていた。
なぜなら、アイリスがレシピ登録したジンガ焼きのレシピ通りに作っているのに、同じ味にならないからだ。
「確かに美味しいんですし、目玉商品にはなると思いますが……やはりアイリスさんのジンガ焼きには遠く及びませんね……」
同席していたイトゥーも表情を曇らせる。
「そういえば、嬢ちゃんはあの時、あらかじめ準備したタレを使ってなかったか?」
「確かに」
「分かりました。私が頼んでみましょう」
イトゥーはアイリスにタレを譲ってもらえないかと交渉した。
『少しだけですよ?』
そう言って渡されたタレを使ったジンガ焼きは、確かにアイリスの料理に迫る美味しさになった。
その後、ジンガ焼きダレもレシピ登録されることに。
しかし、その上で料理人たちがいくら研究しても、それでもなお、アイリスが作ったジンガ焼きには遠く及ばなかった。
そして、ジンガ焼きの他にも新しい料理が次々と生まれていく。
「あの嬢ちゃんは料理の神の使いなんだ!!」
「そうだ、そうに違いねぇ!!」
「俺、アイリスちゃんを推しにするんだ……」
いつしか、ミノスに料理の神の使いが現れたという噂が広まっていった。
―――
ちょっと展開が早すぎたような気がするので、101話と102話を入れ替えるかもしれません。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
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