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第01話 処刑

「これより、大罪人アイリス・グランドリアの処刑を執り行う!!」

『殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!』


 私は、底の見えない崖の先に立たされていた。背中には、民衆の黒い憎悪に満ちた声が浴びせられている。


 この国での死刑は、奈落と呼ばれる谷へと突き落とされることになっている。底が見えない程の深さと、充満している毒の霧が確実に命を奪うらしい。


 私は、今まさにその運命を迎えようとしていた。


「何か言い残すことはあるか?」

「……」


 執行官が問いかける。けれど、私はもう何も言う気力がない。


 言いたいことはすべて言った、訴えた、叫んだ。でも誰にも届かなかった。これ以上何かを口にしたところで無意味だ。


『殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!』

「何もないようだな。これより処刑を執行する!」


 民衆の怒号が響く中、執行官の声だけが妙に鮮明に耳に届く。


 ――トンッ


 そして、執行官の手が私の背を押した。浮遊感とともに闇へと吸い込まれていく。


 なんで私が処刑されることになったのか――それは王族暗殺未遂の罪を着せられたから。


 ただ、私には身に覚えがなかった。


 そもそも王族と面識なんてない。それに、家に軟禁状態だった私には王族の暗殺などできるはずもない。


 にも関わらず罪に問われたのは、暗殺に使われた毒薬を作ったのが私だったから。


 私は小さい頃からずっとポーションなどの調合をさせられていて、その中に事件で使われた毒薬があったらしい。


 多分、家族の誰かがその暗殺に加担していたんだと思う。それが露見して私を犯人として生贄にしたんだろうね。


 それもこれも、全ての原因は私のスキルにあると思う。


 スキルとは、生まれながらに神様から授けられる特殊な技能のこと。五歳の鑑定式で、スキルを知るのがこの国の習わしだ。


 私が授かったのは、「超健康」という史上初のスキル。でも、健康になるだけの外れスキルだと断定された。


 一方で、一年後に妹であるバーバラが授かったのは、誰もが知る「聖女」という有能なスキル。


 その日を境に、私は"必要のない子供"になった。

 

 父は「出来損ないのお前はあっちに行け」と言ってバーバラだけを溺愛し、母は「ここはもうお前の家ではないわ」と、私を家の外にある調合小屋へと追いやった。


 それから食事の時間になっても呼ばれることはなく、自分の部屋もない。


 あまりの変化に最初の内は戸惑い、ただ泣いて過ごす日々。けれど、いくら泣いたところで誰一人として手を差し伸べてはくれなかった。


 バーバラが、ニコニコとした笑みを浮かべて私に言ったことがある。


「役立たずを敷地内に置いてあげてるなんて、お父様もお母様も優しいよね」


 その言葉には、悪意が詰まっていた。


 こうして、私は小さい頃から家の道具として扱われ、投獄されるまでずっと、魔法薬の調合を繰り返す日々を送ることになった。


 休むことなく、ただ働かされ続けた人生。しかも、その果てに待っていたのは冤罪による処刑だなんて、なんて空虚な人生なんだろう。


 でも、なぜか、胸の奥が妙にざわつく。まるで、何か大切なものを思い出さなきゃいけない気がして……。


 やがて、地面が見え始める。私に死の瞬間を直視する勇気はない。


 目を閉じ、ただその時を待った。


 ――ガンッ!!


 衝撃が走り、地面をゴロゴロと転がった。


 その瞬間、頭の奥で何かが弾ける。


 真っ白な病室。窓の外の灰色の空。点滴の音と、母の涙ぐんだ笑顔。


 そうだ、私……前にも死んだんだ。


 前世では幼い頃から病弱で、病院のベッドで過ごしていた。ずっと家族に迷惑をかけて、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。それでも両親は、最後まで私を愛してくれた。


 死ぬその瞬間まで、心配そうに私の顔を見つめる両親の顔が忘れられない。


 だから、女神さまから転生を許された時、私は願った、「どんな病気にもならない健康な身体」を。


 その結果として与えられたのが、この「超健康」というスキルだった。


「私……生きてる?」


 あれほどの高さから落ちたはずなのに、私は無傷だった。


 手足も動くし、体に痛みすらない。それに、呼吸も苦しくない――いや、待って。さっきから鼻をつくこの匂い……これって奈落に充満している毒の霧だよね?


 思わず口元を押さえる。でも、すでに霧を吸い込んでいるので、今更塞いでも意味がないことに気づいた。


 この毒は吸いこむと、数十秒で死に至るほどに強力。


 もし普通の人間なら、今頃生きてないはず。でも、私はなんともない。


「もしかして……毒も効かない……?」


 信じられない出来事ばかりで、思わず自分の頬をつねった。


「痛い……」


 どうやら夢ではないみたい。


 じゃあ、なんで私は崖から落ちても傷一つつかず、毒さえ寄せ付けないのか。


 思い当たるのはただ一つ――超健康のスキルの効果だ。ただ健康になるだけだと思われていたこのスキルに、まさかこんな力が秘められていたなんて……。


 何はともあれ、生きていたのは幸運だ。せっかく転生させてもらったこの人生、始まる前に終わってしまうところだった。


 前世の記憶が戻った今、今世の家族に未練はない。それに、私は処刑された。犯罪者アイリスは、もうこの世にはいない。その事実は、別の場所で生きるには都合がいい。


「健康になるだけ」と笑われたスキルが、まさかこれほどの効果があるなんて皮肉もいいところ。家族たちは、その答えに辿りつけもしないだろうね。


 前世も今世もろくに外の世界を見ることができなかった。だから、自分の体をいっぱい動かして、広い世界を自分の目で見てみたい。


 今度こそ、私の人生は私が選ぶ。


 私は自分を冤罪で処刑したこの国を捨てて、異世界を旅することに決めた。


「そのためには……」


 まずは、ここから脱出しなきゃ。


 崖の上に登る手がかりを探るため、私は足元に続く細い道を歩き出した。

お読みいただき、誠にありがとうございます。


「面白い」

「続きが気になる」


と思っていただけたら、ブクマや★評価をつけていただけますと作者が泣いて喜びます。


よろしければご協力いただければ幸いです。


引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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超健康!この先の展開が楽しみです
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