KATSUAGE IN MY HEAD
「おい加藤ゥ、お前、Awazon超お急ぎ便登録してるらしいなァ」
曲がり角から、190cmを超える巨躯が現れた。
加藤利樹の背中がじわりと濡れる。界隈最凶の不良と悪名高い瀬川台太郎が立っていた。そびえ立つリーゼントが、利樹を威嚇する。
周囲を見渡す。学校から街へと繋がる曲がりくねった下り坂は、人の気配が感じられなかった。
「ちょっと欲しいモンがあるんだがよゥ」
瀬川が顔をぐにゃりと歪めた。利樹の全身に粟が立った。カツアゲ。頭にその文字が浮かんだ。いつの間にか、箱を持っていた。
Awazon超お急ぎ便。そう書いてあった。
利樹は駆けた。脱兎の速さで瀬川の横をすり抜け、箱を抱えてまま、下り坂を疾駆した。
——僕は奪われるためにAwazonプライム会員になったわけじゃない!
逃げ足の速さには自信があった。いや、速くならざるを得なかった。いわゆる不良の類に絡まれるのは今回が初めてではない。
利樹は慣性を味方につけた。下り勾配が齎す加速度を利用して、ぐんぐんと加速した。大通りが見えてきた。利樹は更に加速する。そこで、前のめりに転げた。加速度に足が追いついてなかったのだ。体の何箇所かを打ちつけて、利樹はようやく止まる。
やっとの思いで立ち上がったとき、利樹は道路のど真ん中にいた。トラック。目の前に迫っていた。景色が、ゆっくりとコマ送りで動いていた。
徐々にトラックが近づいてくる。足が、思うように動かない。影が、割り込んできた。いや、瀬川だ。瀬川は、拳を前に突き出す。大きな音が響く。トラックが、大きくひしゃげて、止まった。
「大丈夫か?」
瀬川が言う。利樹は腰が抜けていた。
利樹はコーヒーを買って瀬川に渡した。謝礼がこんなもので足りないのは理解しているが、瀬川がそれ以上は拒否すると言った。
「せ、せ、瀬川くん」
「瀬川でいい」
瀬川は短く言った。
「瀬川がこんな本を欲しがるなんて」
先ほど届いたAwazon超お急ぎ便の箱の中には「誰でも簡単!ケーキづくり!」というタイトルの本があった。
「俺がそんな本を店で買うわけに行かないだろ」
瀬川は顔を赤らめた。聞くと、もうすぐ誕生日の妹に作ってあげたいのだそうだ。
「この本はあげるよ。助けてくれたし」
「いや、ケジメは取らせてくれ」
瀬川は千円札を2枚押しつけてきた。利樹はそれを受け取ることにした。
「また何か欲しいものがあったら言ってね」
利樹は笑顔を向けた。
瀬川は顔をぐにゃりと歪めた。
(あ、これ笑ってるんだ……)