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その6

 イチョウは物陰に隠れながら慎重に歩を進める。今やこの集落の中には彼と戦う力の無い子供しか残されていない。他の者達は既に『機械の軍勢』が現れたという地点へ向かったようだ。

「どこ行ったんだ?」

 彼は獣人たちと『機械の軍勢』の戦いを見る為に、そして可能ならばその力となる為に出て来たのだが獣人たちのあまりの行動の早さにその姿を見失ってしまった。こんな小さな集落の人々でさえそれほどまでに訓練されている、そのことに感嘆の念も零れるが、それと同時に敵の恐ろしさを如実に表しているとも感じられた。

 ダン、ダダン。

 その音は銃声だ。元の世界でも存在したその音に思わず彼は身構える。銃声は止まず、何発も何発も繰り返される。

 少し悩んだ末に彼は音の方へと走り出した。


 木々に身を隠しながら彼が見たのは獣人たち、そして無数の機械だ。

「あれが『機械の軍勢』か?」

 彼がその目に見たのは円形の胴体から昆虫のように六本の足が生えた機械だ。胴体には上部に銃器が積まれておりあれで人を撃ち殺すのだろう。そしてその機械は見える範囲で二体、獣人たちはそれらから距離を取って物陰に身を潜めている。

 未だ戦闘が始まっていないなら先の銃声はどこからかと周囲を見渡すと既に破壊された一体の機械があった。想像するに先陣を切ったその機械を獣人たちが上手く破壊した際の音だったのだろう。

 数の上でも有利で実際に既に一機破壊しているのなら余計な手出しをすべきでは無さそうだ。イチョウがそう考え物陰に身を潜めていると戦闘に動きがあった。

 ドサァア。

 土砂が崩れるような音と共に獣人たちが動き出す。何が起こったのかと目を凝らすと機械が一機減っており地面に穴が。どうやら事前に仕掛けてあった落とし穴があったようだ。

「撃て撃て撃て!」

 獣人たちは残った一機に向けて手に持った銃で攻撃を仕掛ける。無数の銃声が鳴り響きその銃弾が機械を襲う。遠目からではその効果の程は分からなかったがおそらく、あまり効果は無いらしい。それに獣人たちは皆が銃を撃ちながら機械に向けて突撃している。銃が有効ならば決してそんな戦法は採らないだろう。

 そして予想通り、機械の反撃が始まる。

 ダダダダダダダッ。

 無機質で連続的な銃声、その銃弾に獣人が何人か倒れる。しかしそれらの犠牲を超えて一人の獣人、あれはリオだ、彼が機械の元へ辿り着く。機械は足を上げるとその鋭い先端で頭を貫こうと凄まじい勢いで振り下ろしたが、リオはそれを上手く躱し胴体に組み付く。

「おおおおおおっ!」

 そして咆哮と共に投げ上げた。偶然なのか、或いは狙ってやったのか、機械は空中で孤を描きそのままもう一体が落ちた落とし穴の元へ。

 ガギィッガシャ!

 金属同士がぶつかり派手な音を奏でる。動ける獣人たちは落とし穴を上から覗き込むと歓声を上げる。どうやら二体の機械は沈黙したらしい。相当な重量があるのは想像に難くない、あれが空中から落ちてぶつかったならそれも当然だろう。

 獣人たちはひとまず安堵したように息を吐くと先程銃弾を受けた仲間たちの元へ向かった。その様子に悲壮感のようなものは見られず、察するに倒れた者達も致命傷は避けているのだろう。

 戦勝ムードで安堵する獣人たち。彼らを尻目にイチョウは『機械の軍勢』がどのようなものか調べようと落とし穴の方へ向かっていた。その中身を知ることが出来れば今後の役に立つだろう、そんな目論見があったからだ。いつまでも彼らの世話になっていては元の世界に戻ることなど出来はしない。その為にはこの世界を自由に歩ける知識を身に付けなければならなかった。

 落とし穴の中には衝突によって外装が砕けた機械が二機。彼はそれを確認すると中へと入って行く。

「中身が露出してるな、運が良い」

 触ってみたところ外装は固くとても素手でどうにか出来るものとは思えない。獣人たちの力でも素手で破壊するのは恐らく不可能だろう。高く投げ上げて落下の衝撃で破壊すると言うのは案外よく考えられた戦法なのかもしれない。

「これが基盤で、配線がこっちに繋がってるのか」

 中の構造を探って行くうちにイチョウはあることに気が付く。機械の構造が思いの外わかる、と言うことだ。

「元の世界で使われていた技術に近いぞ」

 彼は空中都市で使われている最新の技術は理解できていないが、数世代型落ちの技術に関しては比較的明るい。半分は本で得た知識、そして残り半分は自身が扱っていた運搬用ロボのメンテナンスで培った知見ではあるが、幸いにも『機械の軍勢』はその運搬用ロボの構造にかなり近いものがある。

「俺の運搬用ロボより古臭いけどこのぐらいならまだわかる範囲だ。頑張れば動かせそうだぞ」

 イチョウは頭の中でこれからの計画を考えて行く。

 『機械の軍勢』は恐ろしい敵だ、生身で対抗するのは難しい。しかし彼にはその構造が既に大まかにではあるが把握できており、少々の改造によってこれを自身の手で動かすことが出来ると確信を得た。ならばもはやあれらは敵では無く未来では自分の手足になる物体に過ぎない。資源をあれらに集めさせて元の世界に戻る手筈を整えよう。

「うむ、正に完璧な計画」

 取らぬ狸の皮算用ではあったがイチョウは明るい未来を想像しほくほくと笑みを浮かべる。それから機械を踏み台にして落とし穴を脱出し集落へ向けて歩き出す。


 集落の近くまで行くと何やら盛り上がっているのか声が聞こえて来る。イチョウは勝利の宴でもしているのだろうかと思い木陰から様子を覗うとどうも違うらしい。彼らは武装をして再び外へ出て行こうとしているのだ。何かあったのかと話を聞きに彼らの前に出ると。

「あー!」

「え?」

 彼の姿を見つけた獣人の一人が指差して叫ぶ。思わずその場に立ち止まってしまうがそれを取り囲むように皆が彼の元へ。

「え、と」

 獣人は平均的にイチョウのような人間よりも巨躯の存在だ。囲まれた際の威圧感に思わず委縮するのも無理はない。しかし彼らはイチョウを怖がらせようなどとは欠片も思っていなかった。

「よかった、心配しましたよ」

 リオが大きな安堵の溜息をつく。その様子にイチョウは困惑の表情を見せた。

「え? 心配?」

「『機械の軍勢』との戦いから戻ったらあなたがいないもので、もしかしてあれらに襲われているのではと」

「あ」

 獣人たち皆一様によかったよかった、と口に出す。何のことは無い、彼らはイチョウが危険な目に遭っているかもしれないと探しに行くつもりだったのだ。

「……いや、その、なんだ。心配で後を追ったんだけど、道に迷っちゃって」

「ったく、道もわかんねえならここで待ってろって」

「よーし、んじゃ勝利の祝いだ。酒でも飲むか」

 ははは、と笑い声と共に皆が宴の準備をし始める。その場に残ったのはイチョウとリオだけだ。

「……悪かった。余計な心配かけさせちゃったな」

「ええ。あなたは何度言っても何を言っても家でじっとはしていてくれないようです」

 呆れたような視線で睨み付けられイチョウはバツが悪そうに視線を逸らす。

「今回は敵方も少なかったですから何とかなりましたが、次もそうとは限りませんよ」

 少なかった。その言葉はイチョウの興味を惹いた。実際、不思議ではあったのだ。多少の犠牲は出たとはいえ三機の『機械の軍勢』を相手に獣人たちは見事に勝利した。ならばなぜ彼らは隠れ潜む必要があるのか?

「こんな辺境にまでそんなに来るもんかね」

 不自然にならない程度の言葉選び、それで狙い通りの答えが得られるかは分からなかったが、結論から言えばイチョウは目的を達した。

 リオは目を細めて、過去を思い出すように、小さな声で言った。

「私の故郷も山奥にありましたが、ある日百を超える『機械の軍勢』に襲われて消えました」

 イチョウはその光景を想像する。六本足の昆虫のような機械の群れが眼前を埋め尽くす、そしてそこに並ぶ無数の銃口を。十機程度なら犠牲を覚悟に突撃する作戦も取れなくはない、しかし百を相手にそんなことをしてもそこから放たれる弾幕の前では誰も辿り着けはしないだろう。

「……よく戦おうと思えるな」

 危ない場所には近付かない、もしも危険な物が目に入ったらさっさと逃げる。それは元の世界でイチョウが培って来た生きる為の知恵だ。資源を求めて猛獣を相手取るぐらいなら他の場所へ探しに行った方が良い。命を危険に晒してまでやるべきことなど無いだろう?

 そんなイチョウの言葉を聞いてリオは集落の皆の方を見た。

「疑問に思うようなことでもありません。ただ私たちはこの大地がどれ程の苦難に満ちていようと歩いて行くと決めているだけなのですから」

「そりゃあ……、頭が下がるね」

「それにレイシア様もそれを期待してどこかにお隠れになったのだと思いますよ」

「レイシア様ねえ」

 それは順序が逆なのではないだろうか、イチョウはそう考える。苦難にも負けず前へ進もうとするその姿に心打たれたからこそ、レイシア様が彼らに手を貸したのではないか、と。

 遠くから聞こえる宴の喧騒、それを聞きながらイチョウはもはやいない存在のレイシアに思いを馳せていた。



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