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その3

 この一か月、イチョウは食料を切り詰めひもじい思いをしながらもずっとある場所を目指して進み続けた。時折道中にあった燃料になりそうなものを運搬用機械に積んでは再び前へ前へ。草も生えない渇いた大地を超え、僅かな湧き水を求めて争う生き物の横をこそこそと息を潜めて進み、誰かが地下資源を求めて掘ったらしい大穴を無視し、彼はひたすら前へ進む。

 そして手持ちの食料がとうとう尽きそうになった頃、彼は目的の場所に辿り着く。

「……こんな近くで見るのは初めてだ」

 彼の目に映るのは天高く空を突き刺さんばかりに聳え立つ大火山。その巨大さに圧倒され思わず見入ってしまいそうになるが、用があるのはその頂上ではなく地下だ。

 ぐぅるるるぅ。

 盛大に腹の音が鳴った。食料は残り三日分ほどだろう。彼は固い干し肉を口に入れると唾液で湿らせてくちゃくちゃと嚙み始める。

 思いを馳せるのは過去か未来か。この旅の途中、まるで緩やかな自殺のようだと思ったことがある。確実に減って行く食料、次に空中都市が近くに来るまでどのぐらいかかるか考えると恐怖が込み上げる。そしてもしもその時まで生き残ったとしても今の自分に交換できる物などない。旅を止めて引き返しがてら資源を集める手もまだ残っていた。そうすれば運次第ではあるがぎりぎり命を繋いで再び元の暮らしに戻れるかもしれない。

 元の暮らしに、だ。

「元の暮らしが嫌で俺はここまで来たんだよ」

 彼はそう呟いて運搬用機械に積んでいた超高性能ドリルを取り出す。空中都市の触れ込みによれば目的地まで一直線に掘り進め、硬い岩盤も豆腐のように掘れる最強のドリルだとか。

「豆腐って何だっけ」

 彼は自身が読んだ本の中で豆腐について書かれていたのを覚えていなかったらしい。残念ながらこの大地の上ではそんな手の込んだものを食べる機会は訪れないだろう。

「ま、何だっていいか」

 ドリルに取り付けられた端末に向かうべき座標を打ち込む。その座標は異世界について研究していた研究所の位置だ。様々な本の情報から彼が割り出した座標であり、当然それが正しいという保証はない。或いは、正しかったとしても今も研究所が機能している保証はない。

「人生は旅だぜ」

 それは彼の読み漁った本の中から拾ったフレーズ。それを合図にドリルのスイッチを入れる。

 ドリルの性能は彼の想像よりも遥かに高い。凄まじい速度で地下への道を掘り進め強固な岩盤もまるで固まった泥と変わらないように掘り進める。

「こりゃすげえな。空中都市の科学ってのはここまで進んでるのか」

 様々な本を読み自ら所有する運搬用機械のメンテナンスをするうちに彼自身も機械工学に関して多少の知識は身に付けている、が、空中都市のそれは想像よりも遥かに進んでいるようだ。彼には目の前のドリルの中にどんな秘密が詰まっているのかは想像も出来ない。そもそも本など空中都市が出来る前の知識なのだ、都市が浮いてどれだけの月日が経っているか考えれば彼の持っている知識が古い化石のようなものだと言うことは自明の利だろう。

 経過は良好、予定よりも早く地下へと掘り進んでいたのだがとある地点でドリルが急に停止した。

「おいおい、そろそろ到着って時に停まるなよ」

 そう言いながら彼がドリルに付いた端末を見るとこの先に巨大な空洞があるとの表示がされている。どうやら空洞内へ進むかどうかを確認しているようだ。

「安全装置みたいなもんか。……しかし空洞ねえ」

 端末を操作していると空洞内部についての情報が流れて来る。どうやらそこは人が生存できる環境であり入ったが最後マグマやガスで死亡、ということは無いらしい。

「とりあえず行ってみるか」

 彼が前進の指示を与えるとドリルが再び周り始め行く道を隔てる壁をいとも容易く砕き空洞内部へと侵入した。

 空洞と表記されていたがそこは明らかに人工的な空間だった。壁や天井は明らかに人為的に作られたものであり、手元のドリルは簡単にぶち抜いて見せたがその強度はそれまで掘り進んで来た岩壁の比では無い。

 そしてそこにあるのは空間の中央にある台座の上にただ鎮座している扉だけだ。

「何だあの扉?」

 明らかな不自然さに思わずそんなことを呟いた。扉と言うのは壁で仕切った空間を繋ぐものであるはずだ。しかしそこには壁などないし、壁があった形跡も無い。扉の展示室という可能性もあると言えばあるがその扉に目立って特別な所は無いように思えた。

「……扉、そう言えばここから出る扉の方が無いな」

 この奇妙な空間を見渡してもここから出る為の扉が見当たらない。外からここに来るには今のように壁を破壊して入るしかないのだ。

「何の為に作られたんだここ」

 外から入ることの出来ない部屋にどんな価値があると言うのか。単に使われた資源が無駄になっただけでは無いか。

「……いや、違う」

 そんなことは無い。一つ、ある。

「ここに隔離していたんだ」

 そう、ここはとあるものを外界から隔離する目的で作られた空間なのだ。そしてそれが何かと問われたなら、ここには一つの物しかないという事実を伝えるだろう。

「この扉を」

 そう、扉だ。

「……何か秘密があるのか?」

 そう呟きながら彼は扉を調べようと近付く。例えばどこかに書かれている落書きのような模様が宝の地図になっているのだろうか? 或いは扉の素材が特殊な物で世界中の人が欲しがっていたとか、それとも歴史的に高い価値があった扉だとか。

 そんな風に幾つかの考えを彼は頭に浮かべていたが、どうも肝心なことを忘れていた。つまり、ここがどこで、彼が何をしに来たのかと言うことだ。

 イチョウは何気なく扉を開く。それがこの機械を作動させる合図などと言うことは知る由もない。


 瞬間、彼の目の前を様々な色の光が通り過ぎた。それは次々と扉の中から溢れ出し目に見えるのは自身の身体ぐらいのものだ。毒々しい赤色や瑞々しい緑の色にやせ細った様な青色がかわるがわる目に飛び込んでくるので段々と頭痛を覚え彼は目を閉じる。

 風が吹く、唐突に風。屋内、それも地下に位置するこんな場所にそんなものがあるはずないと彼は薄目を開けて周囲を視ようとしたが、そこで目にしたのは全く見覚えのない景色。

 そこは山の上だ。目下には青々とした植物が生い茂り、見たことが無いほど背が高く育っている。イチョウはこんな状況じゃなければ泣いて喜びあの草木に向けて飛び込んでいただろう。

 他にも気になることは幾つもあったのだが、まず彼は一言呟く。

「どこだ? ここ」

 そんな彼に一つ、言葉を贈ろう。

 

 ようこそ異世界へ。




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