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その2

 異世界、というものを知っているだろうか? 耳にぐらいはしたことがあるかもしれない。諸君らも聞いたことがあるはずだ、突如空中に現れた都市の残骸、樹海の中に現れた水生生物、マグマから生まれた青々しい森。それらは全て我々が住む世界とは異なる世界から次元を超えてここに現れたものなのだ。


 イチョウはそんな文章から始まるその本を、『異世界研究録』を一晩中読み耽っていた。運搬用機械の足を止めて、文字を読む為に貴重な枝葉を燃やして火を焚き、わざわざそれを読み切ったのである。それはこの研究録が空中都市に高く売れるからだろうか?

 いや、違う。

「異世界かぁ」

 彼のにやけた表情から想像できるのは期待や興奮、そしてそれはこの本が高値で売れるからでは無く。

「たくさんの資源があるかもしれないなんてマジかよ」

 異世界に存在するかもしれない大量の資源を想像しての事である。


 この世界において異世界の存在は大昔から語られていた。それは先の本の冒頭にあったようになぜそこにあるのか説明できない物体が幾つも存在し、それを説明する道理の一つとして異世界からこの世界に現れたからと主張する者がいたからだ。それが正しいと証明されたのは世代を幾つ跨いだかわからないほど先の話になる。

 そして異世界への扉を開こうと人々が研究を始めたのはもっと先の話。

 この世界は困窮している。めぼしい資源が採り尽くされ、生物にとってただ生きるというそれだけの行為すら難しい。しかし人類はこうした状況になるまで何の対策も取らなかったわけでは無い。

「残された資源が少ないなら消費を減らせばいいだけだ」

「それは根本的な解決にならないだろう!」

「ならばどうする?」

 人々の繁栄を作り上げた賢き者は幾つかの解決策を提示した。

「他の星より資源を獲れば良い」

 すぐさま他の星へ行くロケットが打ち上げられた。

「人が資源を消費しない肉体を有することが出来ればいいのでは?」

 すぐさま肉体を機械の身体へと換える技術の開発が進められた。

「資源の再利用、つまり循環です」

 幾度となく使用可能な資源の使い方が模索された。

 そしてそんな解決策はどれも一定の成果を出したが、最終的には問題を完全に解決するには至らなかった。しかし当面は危機が回避されたと知り人々は再び豊かな暮らしを謳歌する。何せ彼らが死ぬまでに再びその問題が再燃することは無いのだから。

 そんな幾つもの案の中で最も異端とされたもの、それが。

「異世界、というものをご存じでしょう? そこへの扉を開き向こうにある資源を採ってくればいいじゃないですか」

 異世界の研究だ。


 『異世界研究録』によればこの研究が始まったのは今より二百年以上も前の話。都市が空を飛ぶよりも前の話だ。そして彼は本を読み進めて行くうちに興味深い話を見つける。

「実際にあった研究所か」

 異世界へ行く扉を開くには幾つもの条件がある。その中で最も難しいのが莫大なエネルギーをどう賄うかと言う点だ。残念ながら人類の持つ発電機構、天然ガスや石油などでは全く足りないらしい。様々な方法を試した末に彼らは火山のエネルギーを利用することにしたらしい。

 イチョウが顔を上げるといつの間にか日が昇っていた。幾つもの山の向こうにそびえ、まるで世界を分断するかのように巨大な山の上に太陽が燦然と輝く。

「大火山の地下かぁ」

 あの山はあまりの巨大さに特別な名を与えられなかった、故に人は大火山と呼ぶ。地底に溜まるマグマは今も熱を持ち噴火の機を待っているとされ、それが噴火した時には地上の人類は終わりだとかなんだとか。しかし研究所はその麓からトンネルを掘りマグマ溜まりの近くへと進んで行った先に存在する、と本には記されている。

「もし研究所を見つけたら俺も異世界に行けるのか?」

 彼は想像する。異世界に行き今乗っている機械にさえ積み切れないほどの物品を手に入れた時の事を。

「へへへ、どんだけの食料に代わるかな。家とか警備ロボも買えるかも」

 空中都市が売るのは今や食料だけではない。彼らが持ち寄った資源を様々な形に変えて彼らに再び与えるのである。この荒れ果てた大地に家があらば近付いてはいけない。それは空中都市の科学力で作られた恐ろしい防衛機能を兼ね備えていることだろう。

 起きながらに夢を見るのも飽きた頃、彼は本格的にそれを現実にする術を考え始める。噂の研究所にはぜひ行くべきだ。そこにはきっと手掛かりがあるし運が良ければ異世界に行く手段がそのまま残っているかもしれない。その為には研究所の場所をより正確に知る必要がある。

「異世界研究の本が他にもあるといいんだが」

 山のように積まれた本を眺めて彼は溜息をついた。目的地までは二日もあれば着くだろう。それまでに見つかるかどうか。かといって本を売らずに置いておくには手持ちの食料が足りない。いや、それだけじゃない。研究所を探すには地下を探査できるような機械も欲しい所だ。それも考えれば可能な限り多くの本を高値で買ってもらわねばならない。

「……忙しくなるな」

 彼は呟くと同時に本の選別を始める。タイトルで異世界に関係しそうなものを選り集め、それ以外の本もジャンルごとに次々と分けて行く。それが終われば練る間も惜しんで本に書かれた文字を追って行くのだ。ひたすらにひたすらに、ただひたすらに。

 そして二度目の夜明けを迎えた。

「……ふ、ふ、ふふふ。これで異世界は俺の物だ」

 薄ら笑いを浮かべながらそう呟くイチョウの姿がそこにあった。目元は大きな隈ができ恍惚な笑みを浮かべて口の端からは涎を垂れ流すその姿はさながら動く死体の如き様相だったが、彼は間違いなく目的を果たしたのである。

「研究所の場所は完全に掴んだぞ……。待ってろよ、異世界」

 それだけ呟くと彼はパタン、と倒れ込む。運搬用機械の上で彼は体力の限界を迎えたのだ。機械の振動が彼をより深い眠りへと誘って行く。そこで見た夢はその顔から推測するに良いものだった。




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