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その13

 『機械の軍勢』は滅びるだろう。生産施設を破壊された時点で勝負は決していたのだ。数が増えることの無くなったあれらはいずれ獣人たちによって最後の一機に至るまで破壊される。それがいつになるかはわからないが、おそらくはそう遠くないのだろう。

 本拠地を陥落させた獣人たちは彼らの興した町へ戻り祝杯を挙げる。軍のリーダーが皆に担ぎ上げられ町中を練り歩き、リオが集落からずっと共に過ごして来た知己と共に喜び合う。イチョウも勝利に沸く人々を微笑みを浮かべながら歩いていた。そしてその隣にもう一人。

「……再びこのような日が来るとは思いませんでした」

 彼女は『機械の軍勢』の本拠地に捕らえられていた一般人、と言うことになっている。しかし彼女こそが『機械の軍勢』を作り上げ獣人たちを滅ぼそうとした張本人、レイシアその人だ。彼女は懐かしそうに喜びに沸き立つ人々を眺めている。

「人の何倍もある巨体の獣を仕留めた時もこんな風に喜んでいました。こういうものは年月を経ても変わらないものですね」

「余計なこと喋るなよ。お前が誰かばれたら面倒だろ」

 自らの死を望んでいたレイシアは、今、その身分を隠し獣人たちと共に在る。

 彼女は固い決意をしていたはずだ、では何が彼女を変えたのだろうか?


「お前を殺す理由は俺には無いんだよな」

 イチョウは『機械の軍勢』の本拠地最奥にてはっきりとそう言った。

「……生産設備さえ破壊できれば私を殺す必要は無いと? 時間があれば再び作り上げることは可能だと言うのに?」

 レイシアの言葉は当然事実だ。彼女の記録媒体の中には当然生産設備の製造方法など記録されている。次に作る時は幾つかの問題点を改善しより強力な『機械の軍勢』を作り上げることは難しくない。

 ここで終わることを望んでいるのは彼女自身であるが、ここを生き延びたのならば再びこの世界の敵として君臨するであろうことは想像に難くないはずだ。

 なぜなら彼女には使命があるのだから。

「別に使命とかさあ、どうでもいいだろ?」

 その心を読んだかのようにイチョウが言った。レイシアは驚きの余り固まっている。

「日記読んだけどさ、色々と不思議だったことに合点が言った部分があってさあ」

 イチョウは異世界へと来る際に、或いは来て以降に幾つもの疑問点があった。その内の幾つかはレイシアの日記を読み解く内に解決されてしまった。

 例えば言語や文字がなぜ自分にも通じていたのか。それは非常に単純でこの世界のそれは元の世界からここへ渡って来た者によって形作られたのだ。幸いにもイチョウは文字の方にも精通していたので基本的に全て読めてしまう。

 例えば機械の構造。見覚えのある構造が多かったのは単純に元の世界で培われた技術によって作り出されたものばかりだからだ。

 その他にも幾つもの事柄が元の世界から来た者によって作られたからという理由だったと判明している。

 そう、イチョウとレイシアは同じ世界の出身だ。

「俺が読んだ本によるとあんたが異世界に旅立ったのはたぶん二百年前とかなんだよ。随分と昔だな」

「二百年……、そうか随分と経っているな」

「そうだな……。それでさ、幸か不幸か、まあ、その……。異世界への資源略奪って基本的にもう研究が打ち切られてるんだよな」

「……何?」

 レイシアは研究所の期待を、人類の期待を一身に背負い異世界へとその身を投じた。多くの資源を持ち帰り再び人類が豊かな生活を送る為に。しかしイチョウはその手の文献を読むまでそんな研究があったことすら知らなかった。

 異世界に人を送り込むことに成功したにも関わらずなぜ研究が打ち切られたのか?

「いやほら、成果が出てなかったからさ」

 レイシアを送り込むことは研究の成功を意味しない。その後に資源を持ち帰るまで完了して研究が成功したことを意味する。しかしそれが行われる前に既に二百年の時が過ぎ去ってしまった。異世界を覗き見る方法すら確立できず何が起こっているのかわからない。

 そんなことをやっている内に他の成果の出た研究へ皆が移って行ったのである。

「馬鹿な! 皆の為に私は体を機械へと変えてここまでやって来たんだ! 皆が私を待っている! そうだろう!?」

 当然だが、他の研究で十分な成果が出たのなら成果の出ない研究に期待する者など誰もいない。イチョウの表情を見てレイシアはレイシアは愕然とする。

「……俺が来る前だけど人は都市を空に飛ばせてそこに住んでるんだ。何でもその都市で作られる物だけで自給自足できるんだと」

 イチョウは意図的に地上に住む人々の事は話さなかった。自らが生まれ育ってきた故郷とも言えるが、今の彼がそこに対して思うことはあまり無い。

 如何に空中都市が素晴らしく、人類がそこでの生活を謳歌しているのか、イチョウは想像を交えながらではあるが細かく説明していく。それを聞いたレイシアは明らかに動揺していた。

「あ、あれほど困窮していたのに……。空中都市? 都市が空を? そんなの聞いたことが……」

「まああんたがいた時から二百年だ。空中都市自体は何年前だったかな? 俺が生まれるよりはずっと前だったはずだけど」

「そ、それでも! 私が持ち帰る資源が無駄になることは無いでしょう? 私がやってきたことは……」

 そこで彼女の言葉が止まる。なぜイチョウがやってきた時に死を望んだのかを思い出したからだ。

「やってきたことは無駄じゃなかったとでも? お前の使命はもう果たせないだろ。まだやる気なら……、まあその時は俺がぶっ壊すしかないか」

「……わからない。私は……、わからないんだ」

 レイシアは突如湧いて出た元の世界の情報を前に混乱していた。機械の身体であってもその思考能力は元の人に由来しているらしい、どれだけ頭が良くとも感情を持つ彼女は混乱と同様のあまりもはや考えるという行為そのものができなくなっている。

「レイシア。お前に提案がある」

 そこにイチョウは一筋の光を差した。

「この世界に骨を埋めないか?」

 機械の身体なのだから骨組みの方が良かっただろうか、イチョウは心の中でそう呟いた。


 勝利に酔いしれお祭り騒ぎの町の中をイチョウとレイシアが歩く。

「良いものですね。こうやって彼らと共に在れるというのは」

 そう呟くレイシアに対してイチョウは不満げな表情だ。

「お前は堅苦しいんだよ。もっとはしゃげ! 飲め! 騒げ!」

「機械の身体じゃ何を飲んでも味はしませんよ」

 レイシアは自らの人工皮膚の下にある骨組みを露出する。見た目こそ彼女はただの人であったがその身体は相変わらず機械のままである。

「あほらし、そうやって自分は周りと違うとでも思いたいのか?」

「ええ勿論」

 イチョウは軽い頭痛を覚えていた。彼はレイシアにどうにかこの世界で皆と共に生きることを了承させたのだが、心の底からそれを認めさせるにはまだまだ先が長そうだと感じる。

「……俺はさあ、この世界、好きなんだよ。元の世界が嫌いだったわけじゃないけど、特別な思い入れがあるわけでも無くてな。気が合うやつらと一緒に生きてくってのは中々楽しい。お前ももう少し人の輪に入ろうとするべきだ」

「そうは言っても私のやってきたことを考えれば軽々にそんな選択肢を取ることは出来ません」

「『機械の軍勢』の本拠地にわざわざ自分の思い出の部屋なんて作ってたやつがそんなこと言うなよ」

 レイシアは思わず視線を逸らす。どうやら痛い所を突かれたらしい。

「俺とお前が黙ってればそんな事知ってる奴はいないだろ。それに以前はあいつらの為に頑張ってたんだからそれで相殺だ。これからの分でプラスになってくだけってこと」

「そんな単純にはなれませんよ」

 近くで騒いでいた者があまりに大きな溜息の音を聞いて耳を疑う。

 二人が祭りの喧騒の中を取り留めも無い話をしながら歩いていると、リオが駆け寄って来るのが見えた。

「よかった、やっと見つけましたよ」

「何かあったのか?」

「あちらで残っていた食料を贅沢に使って鍋をしていましてね。ぜひお二人も舌鼓を打たれては、と」

「そりゃいいね。行こう」

 イチョウは早速とばかりに走り出そうとしたがレイシアはその場で立ち止まり動かない。リオが不思議そうに彼女を見つめる。

「どうかしましたか?」

 偽りのない彼の瞳からその言葉には何らの裏も含まれていない事がわかるだろう。しかしレイシアは目を閉じ、自らの腕をぎゅっと掴む。

「私なんかが、食べても良いのでしょうか」

 その言葉をリオがどう思ったのかはわからない。しかし彼は穏やかな口調で、しかし当然のことのように。

「何を仰いますか。誰が食べようとかまいませんよ。我々は共に生きる友でしょう?」

 そう言って彼はレイシアの腕を掴み走り出す。突然のことに驚いた表情を見せた彼女を見てイチョウはおかしそうに笑っていた。



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