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その10

 レイシアの日記。




 私はこの世界に何の為に来たのだろう。


 こんな文章から始まってしまったのは非常に心苦しいことだ。しかし異世界への移動に際し不幸なことに私は高高度へと転移しそのまま地上へと落下。この機械の身体は幸いにもその程度で破壊されるような造りでは無かったが、中身はそうもいかなかったらしい。記録媒体の異常なのか一部のデータが読み取れないようだ。


 この世界に来た目的は何だったのだろうか。それがわからないのは非常にもどかしい。




 残念なことにデータの復旧は上手く行っていない。或いは異世界故の環境要因でもあるのだろうか? 差しあたって復旧の見込みが立ちそうも無い以上ひとまずそちらについては諦めることにしよう。元の世界へ戻ることも考えたが、転移ゲートのエネルギー残量が足りないはずだ。またゲートの座標を特定する必要もありどう考えても時間がかかってしまう。別の作業と並行しつつ元の世界へ戻る為の準備を整えるとしよう。


 この状況で何をすべきか、それは私の中では既に明確になっている。目的がわからずともそれを果たす為の努力を行うことは出来るからだ。何が目的であれ、まず必要なのは事前の調査だ。この世界の事を知ることから始めなくてはならない。


 環境、生物、文明、物理法則等等々。それらを一から調べ記録することはいずれ私の目的が判明した時に必ずや助けとなるだろう。




 長い年月をかけてこの世界について調べてきたが、ここはまるで原始的な世界だ。人類に類する生物が存在していたのは幸運だが、彼らは私のいた世界から何千年単位で遅れた文明の水準だ。彼らの文明から学べることなど何も無く、このような世界にどんな目的で送られてきたのかは疑問に思わざるを得ない。


 ここでの人類は獣と人が合わさったような見た目をしており便宜的に獣人と呼称させてもらっている。彼らは獣の種類によって大きさや力が異なるが、平均的には元の世界の人類を大きく超える身体能力を有していると考えてもらってよい。特に大型生物の見た目を持つ者は100キロを超える重量物を軽々と運べるのだから大したものだ。尤も、元の世界に皆が親しんでいた機械はその比ではない重量を運ぶことが出来たが。


 獣人たちはそれぞれ集落を作って暮らし狩猟を主とした生活を送っている。しかし植物を育てる畑らしきものも一部存在し農作が始まってもいるらしい。畑から採れる作物はその多くが痩せておりあまり上手く行ってはいないようだが。


 ここからは少々主観的な感想となってしまうが、彼らの事は非常に原始的な生活をしている未開人と思っている一方で、その姿に私は好感を抱いてしまっている。調査対象にそのような感想を抱くのは少々不適切と言わざるを得ないが、人の思考を機械に転写した存在である私にはどうも感情が残っているようだ、元の世界に戻ったらこの点も報告しようと思う。


 話を戻そう、たかが未開人の彼らにそんな感想を抱くには当然わけがある。端的に言えば彼らが必死に生きているからだ。必死に生きようとしているからだ。


 私のいた世界でも当然必死な人類は大勢いたはずだ。しかし彼らの殆どは困難を目の前にしても誰かがそれを解決してくれると高を括って何もしようとはしていなかった。ただ漠然と毎日を過ごしていたはずだ。しかし彼らは違う。


 困難な環境にあっても彼らは生きることを決して諦めようとしなかった。巨大な獣が彼らを襲えば皆が協力し戦い、洪水が集落を押し流せば廃材をかき集めて次の家を建て、大地がひび割れる程の日照りがあれば地下水を探し井戸を掘った。いつだって彼らの誰もが生きる為に懸命だった。


 その姿は機械の私の胸を打つほどに美しい。


 この世界の調査は既に終わっている。どのような生物、資源があり、どんな環境なのかを私はほぼ理解している。これからの私の目的は元の世界へ帰ることになるだろう。転移時の座標の計測は既に終わっている。高高度ではあったが地形の変動により近隣に山が出来ていた。調査したところあの山は規模を拡大しておりいずれ元の座標へ歩いて向かうことが出来るようになるだろう。異世界への転移には莫大なエネルギーが必要だ、移動に無駄なエネルギーを使わずに済むようその時を待った方が良い。それまでの年月は獣人たちをより良い暮らしへ導くことに使おうと思う。


 彼らの技術水準を上げることはより効率的なエネルギー収集に役立つだろう。またどのような本来の目的が何であれこちらの世界の人類と友好的な関係を築いておけば速やかな目的達成が行えるはずだ。


 故に、これは決して私が彼らを助けたいと願っての行動ではないことをここに記す。




 初めに獣人たちを導くと決めてからちょうど十年が過ぎた。幸いにも私の想定通り転移座標近くの山は以前より高くなっている。あと五十年もすれば転移座標へ歩いて行けるようになるだろう。


 獣人たちの暮らしは以前に比べて格段に良くなっている。彼らの拙い技術や知識では限界があるものの、私の中にあるデータを用いれば文明の水準を挙げるのは容易だ。より強固で殺傷力のある武器の製造法や獣の習性を利用した罠の数々は彼らの狩りの効率を上げ、土地の改善と農作物それぞれに適した育成法は農耕を現実的な食料供給手段として確立させた。今の彼らの中に飢える者は居らず、現在は食料の備蓄法について教えているところである。


 今では私の事をレイシア様と呼びまるで神のように祀り上げようとさえしていた。実際に豊穣祝いだと神輿に乗せられた際には困ったものだ。


 正直な所、彼らと共に在るのは居心地良く、彼らと共に狩りをして畑を作り家々を築いていると時折私は自分が別の世界から来たということを忘れてしまいそうだ。そのことを忘れない為にも日記の習慣は非常に役に立っている。まさかそんな効果があるとは思いもしなかったが。


 そういえば長い時の中で一度だけであるが、彼らに尋ねたことがある。私の伝える知識を信じ実践する彼らに、私のような得体の知れない者を信じて良いのか、と。それは自分が別の世界から来た存在であることがどこか後ろめたかったのだと思う。ただ、彼らの答えはシンプルだった。


 過去がどうであれ今はこの大地を共に生きる友だ。


 私は彼らの友となれたことを誇りに思う。 




 どれだけの時が過ぎたのだろう。――いや、当然そんなことは覚えている。記憶も記録も存在している。そんなことは分かっている。


 それでもこんな書き出しになったのは、こんな取り留めも無い書き方をしているのは。いや、よそう、記録する価値も無い。




 再び筆を執ったのは書かずにはいられなかったからだ。せめてどこかに吐き出さなければ耐えられなかったからだ。


 私はこんなことを望んでいたわけじゃないのだ。私はあの獣人たちを本当に共に手を取り合う、共に大地を生きる友だと思っていたのだから。


 私は、思い出してしまった。




 新たな土地の開墾の際に偶然、欠けていた記憶媒体が見つかってしまった。いや、それを見つけた時の私は喜んでいた。これで本来の目的を達成できる。この世界の人々と友好関係を築いた今なら如何な目的もすぐに達成できるだろう、と。


 無意識の内に二つの世界の橋渡しこそが目的だったのだと決めつけていることに気が付かなかったのか?


 違う、私はそんな事の為に来たのでは無い。


 橋渡し? 友好関係? 馬鹿馬鹿しい。








 ――私がここに来たのは、この世界を植民地にする為だ。






 私がいた世界では資源の枯渇が問題となっていた。そこでその解決策として研究されていたのが異世界だ。結論から言えばその研究は成功、私はこうして異世界に来ている。そして資源枯渇の解決法はと言えば、ただただ異世界の資源を奪うと言うあまりにもわかりやすい方法。私は先んじてこの世界に来て必要に応じて生命体を支配するなり滅亡させるなりする、その為にここに来たのだ。


 手を取り合い共に生きる仲間? 笑わせる。




 私はこの世界の敵だ。




 目的を思い出してしまった以上、私はその為に殉ずることにする。私は知っている、この研究を行った彼らがどんな思いで私をここに送り出したのか。人々を救う、その一心でどれだけの時間と執念を捧げたのかを。たとえそれによって救われる者達がどんな存在であったとしても、彼らの思いを無には出来ない。


 幸いこの世界の住民は肉体こそ強靭であるがそれだけだ。私のデータにある戦闘用の機械兵団を作り上げよう。砂漠の真ん中に強固な砦を築き上げ、そして世界を滅ぼすのだ。


 獣人たちが滅びるまで、この日記の続きが書かれることは無いだろう。



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