愛の形
俺は、為すべきことを為す覚悟を決めた。
一条徹は、俺と同じだ。
愛の探究者である。
だからこそ、もし過つならば、俺がそれを止めるのが使命というものだろう。
戦いが始まって、一条徹が俺を探しに司令室まで出向いた後、どこかに姿を消した。
一見、俺を見つけようと戦場を駆けたり、あるいは何らかの痕跡をさぐったりなんかしていそうだが、そうではない。
彼のしたことはシンプルで、俺を呼んだのだ。
彼には俺の居場所は分からないが、俺には彼の居場所が分かる。
そしてその場所は、俺にしか分からない。
実際に言われたわけじゃない。だが、「来い」と言っている。
俺は、呼び出しに応じて、ある建物の屋上に来ていた。
そこには、空を眺める男が佇んでいる。俺に気付くと、こっちを見て微笑む。それから身体の向きを変えて、こちらに歩いてくる。
「よくここが分かったね」
「ここは、ことのは大学とあんたの同窓会の会場の丁度中間だからな」
「流石だね。答え合わせを聞いてもいいかな」
「そもそも、夏の1回目の戦いで、あんたの狙いは"死"と"記憶"の『言霊』を知ることだった」
「そうだね。"死"は戦いの前にある程度把握できたけど、"記憶"はそうもいかなくてね。実際に見ることが一番の目的だったよ」
「記憶を見る『言霊』と、自分の観測が真実になる『言霊』。この2つは、あまりにも魅力的だ。組み合わせれば、自由に他人の記憶を書き換えられる」
「"死"の『言霊』は衝撃的だったよ。他にも色んな使い方ができてしまいそうだ。状況を整える必要はあるだろうけどね」
「人々の記憶とは、すなわち歴史であり、過去の真実だ。皆の記憶によって、事実が決まる。つまり……」
「そうだよ。過去を変えられる。変えられない、覆せない事実を、逃れようのない現実を変えられる」
「大勢の記憶を書き換えるためには、できるだけ人を同じ場所に集めた方がいい」
「同窓会に来る皆の記憶は、私の子供の頃の真実だ。ことのは大学にいる人々の記憶で、更にそれを確実にする」
「やはりそうか……」
「ああ。素晴らしいね。それじゃあ……そろそろ本題に入ろうか」
「そうだな。俺は知らなくちゃいけない。教えてくれ、お前がそうまでして手にしたいものとは何だ」
2人で、肩を並べて街を見下ろす。夕焼けがいつもより悲しく見えた。
「……人には、生まれつき定められた運命というものがある」
「裕福な家庭に生まれる、貧しい国に生まれる、紛争中の地域に生まれる、平和な時代に生まれる……。どうしようもできない理不尽な現実がある」
「そう、俺は……一条家の長男として生まれた」
「これが、俺の絶望の理由だった」
「俺はずっと探し求めているんだ……」
「弟のことが大好きすぎて常識とか倫理とかがぶっ飛んじゃってる逆レ◯プしてくるような実の姉を!!」
ああ、そうか。
この瞬間、全てを理解した。
俺には、まだ希望があった。
まだ見ぬ誰かが、俺の理想を叶えてくれるんじゃないかという希望が。
でも、彼はそうじゃなかった。
実の姉だ。
どうやったって不可能じゃないか。
その先には、絶望しかない。
「一応、訊いてもいいかな。この計画には君の協力が必要なんだ。手伝ってくれるかい?」
その答えは、もう決まってる。
「断る」
「やはりそうか。まあ、私でもそうする」
事実の改変、それによって生み出された本来は居ないはずの姉。その姉を作るのは、彼の作った記憶だ。そんな姉は、もはや洗脳された存在と言っても良い。
俺が理想の相手を召喚によって生まなかったのと同じ話だ。
愛とは、全ての人に与えられるものであるはずだが、実際にはそうではない。人は、誰もを愛することなどできない。人には、愛はまだ早すぎた。
でも、誰かを愛することはできる。その愛は、その誰かとだけの愛であって、それが人の愛の形なのだろう。
つまり、人の愛とは、普通は受け入れられないようなものでも、特別に受け入れてくれるような、奇跡みたいな出会いの上に成り立つものなんだ。
だから、受け入れてくれることを前提とした存在と愛を育めるはずがない。それは愛ではない。
……でも、それしかもう彼に手段はなかったんだ。
これは、俺への誘いでありながら、懺悔だ。
愛とは、何も恋愛だけではない。友情だって、愛だ。だから、俺が赦そう。俺は、実の姉ではないけれど、それくらいならできるから。
「思い出話をしようか。私の原点とも言える昔の記憶さ」
「私は幼い頃、将来有望な『語り部』としてそれなりに有名だった。『語り部』としてだけじゃない。勉学や運動も、神童と呼ばれたこともあった」
「しかし、私の心には自信がなかった。私は独りだった。誰もが私の能力を褒め称え、点数や順位といった称号で評価する」
「誰も私自身のことは見ていない。そう感じていたんだ。私のことを好きだと言う人はみな、能力のある人間として、称号を持つ人間として好きなんだ」
「もちろん、能力や称号も私という人間を構成する立派な要素の1つだ。何も間違っちゃいない。でも、考えてしまうんだ。もし、出来損ないの自分だったら、好かれるだろうか? と」
「それでも好いてくれるような人は、多くは思い付かなかった。両親くらいなものだ。そして、その両親も、ある意味では自らの子供であるというステータスを見ているだけなのではないかと怖くなった」
「両親は、両親だから好いているだけ。普通はそういうものだ。それは、義務のようなもので、なにか幸せなものがない」
「まあ、当時はまだ幼くて、色んな家庭があることも知らなかったんだ。思うところはあるだろうが、ひとまず聴いてくれ」
「身分違いの恋というものがある。周りの反対を押しきって、2人だけで駆け落ちなんてこともあるそうな。そんな熱狂的な思いをぶつけられたら、嫌でもお前には価値がある、お前を好きだと伝わる」
「そんな恋になんとなくの憧れを抱いていたことに気付いたのは、あの何の変哲もない普通の日だった」
「姉弟なんだからそんなの気にしないって」
「友達が言った。俺はこう考えずにはいられなかった。もし、気にしていたら?」
「近親相姦は犯罪だ。だが、そんなことでは止められない思いがあったら?」
「それは、きっと、何よりも尊い愛なんじゃないか」
「そして、同時に気付いたんだ。俺は、血の繋がった姉というステータスを重視している。どんな立場をも乗り越える愛を欲するあまり、立場を越えた愛しか分からなくなってしまった」
「……人間というものは、罪深いな。」
「ああ。そうだな。だが、お前の罪は俺が赦す。俺が、お前の分まで進み続ける」
「頼んだよ。最期に話せて良かった。もう、お前の
は俺の親友だ」
「……それじゃあ、そろそろお別れの時間だ」
「そうみたいだね。歌が聴こえなくなった」
俺は、この屋上からの景色を、忘れることはないのだろう。
「黄昏」
愛への冒涜、その罪は重い。
いつもなら、消すのだが、今回は違う。
幼女たちを大人に戻すとき、バックアップを用いる方法を選んだが、もう1つの没になった方法がある。
肉体と魂を別のものとして考える『言霊』の仕組みを解明すること。
結局、時間がかかりすぎるのと、恐らく黄昏の本気が必須なために、当時はお蔵入りになった。
「じゃあな。来世ではどうか、望んだ人生を」
肉体の情報だけを破壊する。するとどうなるのか。
願わくば、転生の輪廻へ。
「ああ。またな」
希望に満ちてはいないがしかし、どこか満足そうな顔をして、アイツは逝った。
ーーー
結局、この決戦は、『もののけ』の拠点を破壊し、かつ『もののけ』を全滅させるという、『語り部』の完全勝利に終わった。
おしまい。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。拙い部分は多々あったかと思いますが、少しでも面白いと思える瞬間があったなら嬉しいです。
続きや新作のアイデアはなくはないですが、まだ先でしょうか。