第四の壁
『もののけ』の指揮を執っていたはずの"孤高"は、今の戦況を信じられなかった。
歌を止めた瞬間、全てが崩れた。
「"監視"、……今無事な者は……?」
「"再生"と、"凍結"、"轟音"、"欺瞞"ですが……時間の問題かと。盲目の女から三日月が……」
「撤退だッ!! もう勝てない……。そう、俺は退けない無能とは違う……即刻拠点に戻るんだ」
「……! 何か……映像が出ているようです……」
「映像だと?」
「通信機の『言霊』を使っているようです。戦場に映し出されているみたいですが……」
「どういう内容だ?」
ーーー
「やあ、久しぶりだね。"孤高"」
司令室で、頬杖をつきながら笑う望月美名が映し出される。
「君はさ……人間を舐めすぎなんだよ。だから負けた」
「まさか私が、ここまで『語り部』に協力的だとは思わなかったでしょ?」
「私は君を分かっているけど、君は私を理解できない」
「でも、理解しているつもりだったよね? 愚かだね。私の言葉に踊らされていただけなのに」
「少し……昔話をしようか」
少しだけ姿勢を正す。頬杖を止める。
「一条徹が私たちの拠点を訪れたとき、私は彼を危険だと思った」
「そして、一条徹もまた、私を危険だと思った」
「彼は、『もののけ』を利用して何か望みを叶えようとしている。君らのことなんて微塵も考えていないよ」
「そう、ちょうど私のようにね。私は、どうでもよかった。君らには失望していたから。くだらない存在だ」
「だから、私はどうでもいい君らを見捨てて、彼に『もののけ』をあげた。君らは私が負けたと思っているだろうけど、ここに勝ち負けはない」
「君は、ずっと私の座を狙っていたね。支配者としての立場を。でもさ、なぜ私が、"支配"の『もののけ』がここまで強力なのか知らないでしょ」
「そもそも努力の仕方が、とか、いろいろあるね。まあ、理解できない君にとっては才能と呼ぶべきなんだろうけど」
「でも、才能の差も確かにある。でも、それが何かすら君は知らない。"支配"という言語学の用語を知ってる?」
「人間から生まれた『もののけ』なら、人間のことは知っておくべきだよ。支配は、言語学においてどんな言語にもある普遍的な概念においても用いられる。普遍文法の、併合という操作は……いや、詳しいことはいいね」
「とにかく、知らなすぎる。そして何より、知らないことを知らない。つまらないプライドだけ持っている。それが君だよ、"孤高"」
「ほら、躊躇わずに伝えてあげなよ、"監視"。君が見ているんだろ?」
「ああ、そうそう、ついでに、あのときどうして一条徹に私たちの拠点の位置がバレたのか教えてあげるよ」
「15年前の事件で、君らが"満月"に便乗して暴れたでしょ。そして街中から撤退するときに、道を辿られたんだよ。つまり……撤退するときは気を付けた方がいい」
ーーー
「こんな風に、捕まっちゃうからさ」
"孤高"の背後に立つ"支配"。
「馬鹿な……今話しているのは……」
「録画……です……」
恐怖で身体が動かない"孤高"。
嫌でも理解させられる。
"支配"が、圧倒的に格上であると。
「じゃあ、さようなら」
「待てッ!! 降伏するッ!! 戦いはしない」
「まだ分かっていないね。目障りなんだよ。それだけ」
「……は……?」
「……消えろ」
力無く崩れ行く"孤高"、そして、消えた。
ーーー
歌が聴こえなくなってもなお、この戦場に限っては、『語り部』の反撃は始まらなかった。
「まだ友達だと思ってるのか? 僕は"欺瞞"。君たちと過ごした時間は全てが偽り」
「……情けねえ……でも、オレん中にある気持ちは偽りじゃねえ……」
阿久津博文と、"欺瞞"との間には、因縁がある。
「稔はさ、殺すならオレをって言ってたんだよ。直接そうは言わなかったけど、一番殺されやすい立ち回りをしてたんだ。それに、未来なら狙う意味もある」
「……何……?」
「博文に託したんだよ。きっと。しかし、相手を間違えたよね。親友だからこそ、博文は戦えないよ」
「……」
「う~ん、そろそろ退いた方がいいかな。ちょっと戦況危うそうだし」
「……待てよ」
「なんだよ、博文。もう戦えないだろ?」
「オレの後輩たちは上手くやったようだ……。本当にすげぇ奴らさ。それに比べて、オレは情けねえな。こんなんじゃ、稔に顔向けできねえ」
「何を今更……だから何だ」
「なあ、最近はネットで小説を読むこともできるんだよ。若者の間じゃ人気らしい」
「……は……?」
"欺瞞"には、その言葉の意図が分からなかった。だからこそ、分かった。そして、身体を駆け巡る感覚。これは、恐怖だ。
この戦いで、阿久津博文が既に戦意を喪失していたことは明らかだった。それどころか、何もかもに無気力だった。
ただ、言われたことに答えるだけ。力無く返事をするだけ。予想通りのつまらない言葉が紡がれるだけ。
しかし、今は違った。こちらの意図も、事情も、何もかもを汲まず、ただ自分の言葉を口にする。
それが、場を支配して流れを作る。その雰囲気に誰もが呑まれてしまう。
それこそ正に、"遊戯"の戦い方の肝である。
既に、"欺瞞"は走り出していた。気づけば、考えるより先に動いていた。
彼は"色彩"ではないがしかし、そのとき確かに、阿久津博文の色が見えた気がした。
絶対の自信と、それを実行するだけの本気。
「やばいッ!! 逃げられないッ!!」
「このままじゃ追い付かれる……!!」
「小説には声がないから、どっちが話しているか分からないよな」
"欺瞞"は、一言も発さずに逃げている。
「勘違いだとしても、それも正しくなりうる。そうだろ?」
"欺瞞"は、叫びながら逃げるが、追い付かれてしまう。
「クソッ!! 出たな逆成」
逆成、それは言語学における用語である。本来の語源通りの解釈ではないある種の"間違った"解釈から、新しい言葉が生まれることを意味する。
例えば、「たそがれる」という言葉は、「たそがれ」を動詞の連用形だと語源とは異なる分析をした結果、生まれた言葉である。
「ネットの小説ってのは、気軽に読めるのが良いところらしいぞ」
「相変わらずの無茶苦茶さだなッ……」
「ああ、そろそろ文字数が厳しいな。長くなりすぎると困る」
「受けてみよ、我が必殺。最強無比の一撃を」
「ここから回想シーンに入る……」
ーーー
「『もののけ』だからって悪い奴ってわけじゃないんだな」
「例え『もののけ』だって俺らは友達だろ?」
「アイツを疑うようなことを言うなよ。友達なんだから信じてやらなきゃ」
「どうして……俺らは……」
「全てが嘘だったって言うのか……?」
「それでも……アイツは友達だから……」
ーーー
「じゃあな、"誠実"」
「最後まで訳の分からん奴だ……」
崩れ行く身体で、最期の言葉を紡ぐ。
「そんな思い出はなかっただろ……」
かつて親友だった者へ、言葉を贈る。
「評価やコメントをいただけると励みになりますので、是非お願いします!!」